【Review】胡波の短編映画について text 佟珊

『コルドバへ』

2022年9月から11月にかけ、シアター・イメージフォーラムでの上映を皮切りに、第36回イメージフォーラム・フェスティバル(IMF)が行われた。「アンダーグラウンドを再想像する」と題され、「“アンダーグラウンド”という言葉の現代性を、映像作品や上映文化のあり方についてのトークなどを通じて提示すること」を試みた本映画祭では、アメリカの60年代アンダーグラウンド映画を牽引していたグレゴリー・マーコポウロスの『イリアック・パッション』や、『熱波』で知られるポルトガルの監督ミゲル・ゴメスの新作『ツガチハ日記』などさまざまな作品が上映され、ミャンマーのZ世代の映像制作にスポットライトを当てたシンポジウムなども開催された。
IMFでは名古屋大学で教鞭をとる映画研究者・馬然氏のキュレーションによる「青年特快:中国インディペンデント映画の新しい声とビジョン」、および馬氏が登壇した「中国インディペンデント映画の今:パンデミックの最中」というシンポジウムも注目を浴びた。今回neoneowebでは、馬氏の門下生たちによるIMFのレポート、および中国のアート映画に関するエッセイを連続で掲載する。第一回は最初で最後の長編作品『象は静かに坐っている』を遺して世を去った、胡波監督の短編映画に関する佟珊氏のエッセイとなる。
(翻訳:羅霄怡、校閲:小島秋良)

今回IMFで上映された5つの短編映画は、2012年から2017年にかけて、胡波(フー・ボー)が北京電影学院の学生時代から亡くなる3ヶ月前までに制作されたものである。これらの短編映画には、不完全で未熟なところもあるかもしれないが、胡波が常に関心を持っていたものを主題とし、さまざまな映像表現を試し、自らのスタイルを探求する過程を示しており、作家性を色濃く感じさせるものである。また、上映作品の選定にあたっては、胡波の大学時代の同級生である範超と施一凡にインタビューを行った。彼らは胡波の長年の友人であり親しい協力者としてこれらの短編映画の製作された背景を知っている。

2011年秋(学部2年生前期)に完成させた『コルドバへ』は、胡波にとって初めての短編映画であり、純粋な個人創作でもある。この映画の準備期間は2週間未満で、撮影は2、3日で撮り終え、演じた俳優は素人でさらに制作費は5千元以下であった。映画タイトルはスペイン詩人ガルシア・ロルカの「騎士の歌」から取っており、『象は静かに座っている』という映画での「遠方」というイメージはこの短編で既に存在している。また『コルドバへ』は大学時代の胡波作品の中で最も満足度の高い作品でもある。

『牛乳を盗む人』は、2012年冬に演出科の授業課題として、3日間で撮影完了し、低コストで制作された。撮影監督範超の回想によると、最初に脚本を読んだあと、学校の周りで使えるロケ地はないと思ったが、胡波が映画に出てくる団地に連れて行ってくれ、ロケの構想なども詳しく説明してくれたという。脚本の中における映像世界に対して胡波は非常に具体的な想像力を持っており、創造的な操作によって現実の空間を映像化することができると範超は述べている。この映画における男性主人公の状況は『象は静かに座っている』の韋布(ブー)と重なるようだ。ポーランドのクシシュトフ・キェシロフスキ監督にヒントを得た部分もあり、胡波自身もこの映画に特別出演している。

『牛乳を盗む人』

『ナイト・ランナー』と『ディスタント・ファザー』は2013年冬から2014年春にかけて胡波が北京電影学院の卒業共同課題として作った作品である。この2本の短編はほぼ同時進行で作成し、いずれも約人民元10万前後の費用がかかっており5つの作品の中で最も高価で最も多くのスタッフが参加した作品となった。卒業共同課題の資格を得て大学からの資金と機材の支援を確保するために、胡波が選んだのはジャンルに基づく物語と映像のスタイルだった——それは、彼が作家性のあるジャンル映画(コーエン兄弟の作品や『殺人の追憶』などの韓国犯罪映画)を好むことにも関わっている。これらの2つの短編映画は上映された後、学校、クラスメート及び業界関係者たちから好評を得た。そのうち『ディスタント・ファザー』はオーストラリアで開催されたゴールデン・コラル国際華語映画祭 で「最優秀短編映画賞」を受賞した。さらに、映画会社から商業映画のプロジェクトを打診されたこともあるが、胡波は断っている。確実に言えることは、胡波自身はこの2つの作品を認めていなかったということである——この2つの作品は、彼の商業的なジャンル映画を作る能力を証明したが、同時に、彼自身がやりたいことはこのような仕事ではないということも明らかにした。とは言え、『象は静かに座っている』に受け継がれた要素がこの両作品に見受けられるのである。

胡波の物語では、登場人物の行動が何らかのドラマチックな出来事をきっかけにすることはあっても、その行動は無目的であることが多い——彼は実在していそうな物語や登場人物の動機が明確な物語、作品世界の中で完結する物語を作る気はないようだ。彼は、「ドラマチックな物語のリズムには明確なビートがあり、今日の読者や観客はそのビートと、リズムをコントロールするもう一つの要素――情報量――の両方を必要としている。ビートと情報量のデザインによって読む楽しみと観る楽しみを生み出すが、私はこのデザインとそれらがもたらす誘導を断ち切る。私にとって最も魅力を感じることは、出来事と出来事の間にある長い隙間、記憶と現実の間にある空白、プロットが起こった後の深く空虚な空間であり、それは単にプロットを語り出すより私にとってはるかに魅力的なのである。連続的にジャンプした方が良い場合もあるが、停滞した方が良い場合もあり、たまにはドラマチックなポイントを単にスキップした方が良いということもある」と語っている。

『ディスタント・ファザー』

胡波の作品は、物語よりも先に映像があることが多い。『ディスタント・ファザー』の準備期間中、胡波と範超は秦皇島から葫蘆島へ、華北の最北端から東北の最南端まで、海岸線に沿って取材した。当時は真冬であり、海岸線は凍りついて、巨大な風車が潮風に吹かれてゆっくりと回転していた。その旅の途中、胡波は何度も車を降り、海辺で長い間、冬枯れの風景にしばし見とれていた。その後、さびれた土地で長い間放置されていたバスを偶然にも発見した。その夜、胡波はこのシーンのために即興で脚本を書き上げた。多くの監督はテキストから映像への転換は撮影監督に頼っているが、それこそが胡波の強みであり、彼は日常を視覚的奇観のように表現することに常に強い関心を抱いていたと範超は考えている。

『象は静かに座っている』が撮影された年(2017年)に完成した『Man in the Well』は、FIRST青年映画祭のタレント・キャンパス(ベラ・タールがこのキャンパスのメンターであった)で胡波が完成させた作品で、ロケハン、撮影、編集から上映までわずか10日間で行っている。今回もまず撮影現場を見つけ、そして脚本を書き上げ、空間と俳優を踏まえて創作した作品である。同時期に書かれた胡波の小説『遠処的拉莫』は、この作品を理解する手がかりになれるかもしれない。

以上のような作品背景を通じて、皆さんにこれらの作品世界に入っていただければ幸いである。しかし、これ以上の解釈と説明は控えよう。おそらく胡波を理解し記憶する最善の方法は、彼が残したこれらの作品を見て、その作品間の微妙なつながりを発見し、自分なりの解釈をして持ち帰ることであるからだ。

この上映にご協力いただいた胡波のご家族、範超、施一凡、瞿瑞、王翀及び高一天に心から感謝いたします。

参考文献:
胡迁(胡波のペンネーム)「インタビュー:文学はとても安全な出口だ」遠処的拉莫(訳林出版社、2018年),296頁。

【執筆者プロフィール】

佟 珊 (Tong Shan)
映画研究者、プログラマー。香港城市大学で博士号を取得。ドキュメンタリーの理論と実践、中国映画、中国のインディペンデント・ドキュメンタリーとアート映画の国境を越えた映画製作の実践、映画祭文化などを研究。北京国際短編映画祭(BISFF)のプログラマーとしても活動。