【自作を語る】『タケヤネの里』の道程 text 青原さとし 

『タケヤネの里』より ©青原さとし

かつて東京都新宿区に民族文化映像研究所(通称・民映研)というドキュメンタリーの製作会社があった。(現在は中央区日本橋馬喰町)。民映研は、主に日本列島に暮らす農山漁村の庶民文化を映像で記録してきた研究所で、活動は1961年に始まり、1976年に民族文化映像研究所として設立し、民俗学者・宮本常一を師事する姫田忠義を所長にカメラマンの伊藤碩男、事務局長の小泉修吉を中心にして51年におよぶ活動を続けてきた。

私は1988年から2002年まで足掛け14年、民映研に在籍していた。列島各地に脈々と伝わる伝統的な祭事や神事、焼畑農耕、伝統工芸、古民家建築、伝統漁法や若者宿などの生活習慣…。海山川、大自然に依拠する人々の暮らしや文化を目の当たりにし、じっくり見据えることのできる貴重な14年間だった。それは衣食住を得るために生まれた人類共通の営みといってもいい。

その後、私は民映研を退所して以来、独立し故郷・広島に籍を置き、広島や中国地方の、主に民俗的な映像記録を続けてきた。このたび東京で公開が始まる、新作『タケヤネの里』は、民映研での貴重な14年なくしては、成し得なかった映画である。

本作は、福岡県八女市の山間地域・星野村、黒木町、うきは市にだけ生育するカシロダケという全国でも稀有な種の竹の育成とその皮を利用した数々の工芸品の歴史と技術を追った作品である。映画の主人公であり、企画者でもある群馬県高崎市の前島美江さんは、民映研でも新潟県奥三面や山梨県奈良田などの調査活動をされてきた方で、私が民映研へ入所する前、アチックフォーラム(民映研作品の定期上映会)に通っている頃からの旧知の先輩にもあたる。2008年、私は久しぶりに前島さんと再会した。彼女は高崎に伝わる竹皮編(たけかわあみ・ルビ)という工芸で技を磨き、群馬県の伝統工芸師にまでなっていた。前島さんは言った。「今、竹皮編の材料となるカシロダケの竹林が荒廃の途に進んでおり、ボランティアを募って、八女まではせ参じ、現地の人と竹林整備作業を進めている、できれば青ちゃんに撮影をして欲しい」と。それがこの映画の始まりとなった。

それから足掛け三年、カシロダケをめぐる取材を蓄積した。一つの竹の皮が九州山地の山奥でコツコツと育まれ、それを採取する竹林農家がおり、流通販路に乗せられ、高級雪駄、こっぽり、日光下駄、本ばれん、羽箒と見事な工芸品へと変貌していく。その竹皮の変化と移動を追う過程で、竹皮商という江戸時代以来の確固とした流通システムがあったり、あるいはいわれなき身分差別のあり様までかいま見えたりと、思いもよらぬ、「竹と人間」をめぐる壮大な文化の営みが浮き彫りにされてきたのである。本当にスリリングな三年間だった。私は未知なる「竹」文化への探究心をかきたてられた。

それは、私が民映研時代、映画『竹の焼畑』(2001年/民族文化映像研究所/鹿児島県歴史資料センター黎明館委嘱)制作時にお世話になった当時、黎明館学芸主任の川野和昭氏からの影響なくしてはありえない。川野氏が提唱する「ひとつでない日本論」は、大和朝廷による国家が成立する以前の「多民族国家」の姿を、列島各地、いや東南アジア、中国とアジア全域に広がる多様な庶民文化の中から比較検討し読み取ろうとするものだ。その一つに「竹」があるというわけだ。

『タケヤネの里』より ©青原さとし

この『タケヤネの里』を制作しながら思ったことがある。それはこれまで民俗記録映画は、おおむね一つの現場、一つの技術を定点観測的に記録する姿勢がほとんどだったと思う。村落社会の民俗誌がそれだけ奥が深いからに他ならないからであるが、しかしそのために「移動する文化」の記録が残されてこなかったのも必然といえる。私は数年前に広島の茅葺民家と茅屋根葺き職人を追った記録映画『藝州かやぶき紀行』をまとめた。藝州屋根屋の特色は、山陰地方のそれと違って、出稼ぎに多く行っていることだった。西は山口県、北九州。東は滋賀県の近江地方まで予想外に広範に移動していた。ここ50年ぐらい前まで広島の屋根屋さんはそのような苦労を重ねてきた。私はその出稼ぎ先各地も訪ねてみたが、広島の屋根屋さんを受け入れた戸主の方を探すのに相当な困難を極めたのである。何せそんなもの文書記録にも何も残っていない。しかし犬も歩けば棒に当るもので、かろうじてその記憶のある方を北九州と近江で訪ねることができた。

文字に残されなかった庶民文化は、何十、何百、何千年もの歳月をかけて移動、伝播、定着を繰り返し、今の列島各地にその痕跡を伝えてくれる。広範な奥の深い列島庶民文化は、まだまだ無尽蔵に眠っているようだ。しかし、それとは裏腹に、その無尽蔵にある痕跡を有する伝承者たち、あるいは歴史的立地環境は、高齢化や逝去、乱開発や過疎化により、今や風前の灯火でもあるのだ。ことは急務を要する。

映画『タケヤネの里』に登場する諸職の匠たち、本ばれんの後藤英彦さん、日光下駄の山本政史さん、羽箒の佐藤鳳秋さん、そして竹皮編の前島美江さん。彼らは、すべて生まれた家がその職業や関係していたから受け継いできたのではない。全てゼロからスタートして技を磨き上げてきた人たちだ。ただしみんな伝統的な技を継承してきた古老たちから聞き取りをしながら、自分の身に体得してきた人たちだ。志さえあれば、何かが伝世していく証である。

 ※この原稿は「民映研通信VOL.31 No.117(2012.4.1発行)」を加筆・修正したものです。

『タケヤネの里』より ©青原さとし

【作品情報】

『タケヤネの里』

2011年/日本/112分/HDV&DVCAM/カラー
撮影:小原信之 松田博之 青原さとしアドバイザー:飯塚俊男
音楽:石塚俊明(頭脳警察)
ナレーター:水本まゆみ
企画:カシロダケの生活文化を保存伝承する会
製作:株式会社 新日放
配給:民族文化映像研究所
監督・構成・演出・語り:青原さとし

公式サイト:http://www31.ocn.ne.jp/~minneiken/takeyane/


【上映情報】

10/27(土)〜11/9(金)渋谷・アップリンクにて上映
連日 ①10:30〜 ②14:30〜
但し、下記の3日間は夜の回も上映。
10/29(月)、30(火)③20:30 11/1(木)③20:00

好評につき上映延長!11/10(土)〜16(金)※11/12(月)は休映     
11月10日(土)20:30~ 11月11日(日)20:30~
11月13日(火)14:50~ 11月14日(水)14:50~     
11月15日(木)20:30~ 11月16日(金)15:00~

詳細&問い合せ:アップリンク tel 03-6825-5503

【監督プロフィール】

青原さとし(あおはら・さとし)
ドキュメンタリー映像作家。1961 年広島生まれ。実家は広島市内のお寺。
1988 年 イメージフォーラム付属映像研究所卒(第10 期生)。卒業後、姫田忠義率いる民族文化映像研究所(通称・民映研)に入所。2003 年まで在籍し、『赤山渋』『桧原村の式三番』『山の獅子舞』 『七島正月とヒチゲ』『上岡観音の絵馬市』『畔吉の万作踊り』『ガジュマルの樹』などを演出する。
2004 年 、広島に居を移す。同年『土徳-焼跡地に生かされて』を自主制作し、劇場公開。監督作に 『望郷~広瀬小学校原爆犠牲者をさがして(2006)』『藝州かやぶき紀行(2007)』『三百七十五年目の春風(2010)』など。

監督HP『土徳の世界』:http://dotoku.net/