【ワールドワイドNOW ★ラテンアメリカ特別編②】アルゼンチンの映画祭事情 〜ドキュメンタリーを中心に〜  text 濱 治佳

BAFICI (ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭)の様子 ©FestivalesGCBA

 春頃、アルゼンチン、メキシコ、キューバでの文化庁の海外研修を終えて帰国した。編集部より滞在した1年間を総合的に振り返ってレポートしてほしいという依頼を受けたのだが、総合的に語ることの困難さを否めず、今回はアルゼンチンのドキュメンタリー(を上映する)映画祭にフォーカスをあてて綴ってみたい。実際のところ滞在中に痛感したのは、ラテンアメリカの国々はそれぞれ“異なる”ということだった。それは、アジアが一括りで語りきれないように。

日本の約7.5倍という広い国土に約4000万人の人口を抱えるアルゼンチン。その内、約1200万が大ブエノスアイレス都市圏に集中居住しており、文化イベントも必然的にブエノスアイレスに集中している。日本と比べて国際の冠を被った映画祭の数が多い。イベロアメリカ映画(ほぼ字幕製作の必要のない)が必然的にプログラムに加えることができるという強みがあることも一因だろう。

2013年4月頭、到着後まもないブエノスアイレスでゲリラ豪雨に見舞われた。当初はあまり土地の事情が掴めてなかったのだが、隣接するウルグアイとアルゼンチンの間にある広大なラ・プラタ河が増水し、ブエノスアイレス州にあるラ・プラタ市は大洪水。ちょうどセマナサンタ(聖週間)中だったので、家に帰ってみて家が浸水していたという人々も少なかったそうだ。ブエノスアイレス市内も部分的に連日の停電や死者がでるほどの大惨事だった。南米のパリと称されるブエノスアイレスは、表面的には世界都市の様相を成していても、生活インフラの面では日本にある都市的利便さとはそうとう事情が異なる。逆に、物事が合理的でないからこそ、映画祭の開催までの実行力や即効力と柔軟性は長けているのやもと、腑に落ちる。

BAFICI (ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭)の様子 ©FestivalesGCBA

程なくして、15回目を迎えたブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭(BAFICI)が4月10日から始まった。10日間の期間中、公式発表で37万人参加、473作品上映されたイベロアメリカ圏で最も重要視される映画祭のひとつで、巨大かつ野心的なプログラミングで定評のあるインディペンデント映画祭だ。会場も市内の文化センター、シネコン、ミニシアター、野外劇場、各種美術館内のシネマテーク、大学内の劇場と所々様々で、朝から深夜までの上映と同時多発のパーティの数々と眠らない街ブエノスアイレスに相応しい、活気に溢れ情熱的な雰囲気に沸いていた。ラテンアメリカは元より世界中の映画関係者から地元住民まで幅広い層の参加者が集うが、日本からはほぼ丸一日の飛行時間。アジアからは本当に遠いこともあり、作家映画祭関係者含めて、それらしき顔をほぼ見かけない。

他の国際映画祭同様、アルゼンチン・コンペティション、イベロアメリカ・コンペティション、特集上映などにはほぼ英語字幕が皆無なため、プレス・スクリーニングを逃すと字幕付き上映はビデオライブラリーなどでフォローせざるを得ないのが残念なところだが、国際ゲストに対するホスピタリティは手厚く、またこの後出会ったどこの映画関係者からもBAFICIの評判はすこぶる高く、さらにブエノスアイレスには、他のラテンアメリカ都市と比べて魅了されるものがあるようで(私自身はまだブエノスアイレスの魅力を感じられない時期だったこともあり、観光で来るのはいいが、住むのは大変だとか対照的に色々苦労話をしていたものだったが)みんな目を輝かせてその魅力を語ってくれる。

アルゼンチン作品では、昨年の恵比寿映像祭でも上映のあったマティアス・ピニェイロの新作『ヴィオラ(Viola)』やハスミン・ロペスの『ライオンたち(Leones)』などが話題になっていた。どちらも若手の監督作品で、その後劇場公開もされていた。ドキュメンタリーでは、アルゼンチンの典型的な文化のひとつで、ガウチョの伝説的な英雄、アントニオ・ヒルを奉る民間信仰“ガウチート・ヒル”の祭壇に集う人々を長年に渡って撮影し完成させた『アントニオ・ヒル(Antonio Gil)』(リア・ダンスケル監督)が異彩を放っていた。2008年から、毎年同じ時期に、同じように執り行われる儀式の行程と祭壇に集まる何万にも及ぶ人々の姿を淡々と、しかしどこかその人々の情熱に監督自身も驚かされながら、冷静に且つ取り憑かれたように映像に収めた祈りをしたためたような営み。民俗学的でも観光的でもないその視線が生み出す作風にいつの間にか感動を覚える。

リア・ダンスケル監督『アントニオ・ヒル』©Antonio Gil

BAFICIの特長のひとつとして、ラテンアメリカの映画祭では最初に始まったブエノスアイレス・ラブ(BAL)という共同製作マーケットを挙げておく。アルゼンチンには国立映画視聴覚研究所(INCAA)主導のヴェンタナ・スール(Ventana Sur)というラテンアメリカ最大とも言える国際マーケットがあることや、他の国内外映画祭での企画マーケットが多数生まれていることを省みてか、2013年よりBALはこれまでと形を変えていくことが発表されていた。2014年中に開催される製作サポートワークショップと連携していくことや選出されたワーク・イン・プログレス作品のカンヌ国際映画祭カンヌ・マーケット上映などである。他にも数作品がコペンハーゲン・ドキュメンタリー映画祭(CPH:DOX)とマルセイユ国際映画祭(FID)への企画参加権が与えられるなどより製作支援と作品の海外展開へ映画祭が主体的に手厚く関わっていく方針だ。

ワーク・イン・プログレス作品上映とプレゼン(各10分程度)は上映会場のひとつであるシネコンの劇場で無料の公開イベントという形で行われ、誰でも参加できて英語通訳付き。プレゼンをする製作関係者と映画祭関係者だけでなく若手の制作者たちで熱気に満ちていた。

*BAFICIの出版物は以下からみられる
http://festivales.buenosaires.gob.ar/prensa

*第15回(2013年)のプログラムページ
http://festivalesanteriores.buenosaires.gob.ar/bafici/home13/web/en/index.html

BAFICI (ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭)の様子 ©FestivalesGCBA

アルゼンチンでの文化事情に注目していくとすぐに気づくことだが、旧宗主国スペインだけでなく、フランスを筆頭にヨーロッパとの連携は文化・政治・経済とあらゆる面で強く、各国大使館や文化センターの支援も映画祭開催には欠かせない要素となっている。これは、ほかの映画祭にも言えることで、ドキュメンタリー映画祭「DOC Buenos Aires」と「ドキュメンタリー・マーケット&国際共同製作フォーラム」は、国立映画視聴覚研究所(INCAA)らと共催であるものの、現地のフランス大使館も大きなスポンサーであって、フランスからの支援が大きな後ろ盾である感は否めない。日本を含めたアジアからの上映作品の選定も、主にヨーロッパの映画祭やマーケットを通じて入ってくる。背景には、19世紀半ば以降の大量のヨーロッパ移民政策がとられたことにより、国民の多数はヨーロッパ系だという事情がある。移民はヨーロッパからだけでなく、ロシア、中国、シリア・レバノンからのアラブ人、ブラジルなどから再移住した日本人、そして現在はコリアン系と幅広い。一方で物理的距離もあるメキシコやグアテマラといった中米的な顔は実はあまり見かけない。
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BAFICI (ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭)の様子 ©FestivalesGCBA