川上、長島、王、金田、村山、江夏……プロの頂点に立った男たちのドラマを、伝説の野球記者が名調子で描いた〈昭和スポーツ講談〉。
プロ野球ものは、聴くメンタリーの中でも人気ジャンル
廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こす「DIG!聴くメンタリー」。今回も、よろしくどうぞ。
今年もプロ野球シーズンが始まる。子どもの頃と比べたら全く関心が離れている僕でも、この時期になるとオープン戦や開幕投手の話題に、なんとなくソワソワさせられる。球春到来である。
なのに、「無冠の帝王」が逮捕され、「球界の盟主」から野球賭博に関与した選手が続々と。こんなにケチのついた雰囲気のスタートも近年珍しい。「いや、最近の問題はみんな巨人絡み。他の球団は迷惑しているから」と言われると、元ファンとしては弱い。
糺すべきところはしっかり糺してもらう願いを込めて、今回は、『あゝ‼ この一球 近藤唯之がつづるプロ野球近代名勝負』(1977/RCA)を紹介します。
聴くメンタリーを掘ると、プロ野球のものはよく見つかる。多く製作された時期と、国民的スポーツとして不動の人気を誇った時期が重なるからだ。
すでに連載の第6回目で、広島東洋カープの球団史レコード、『ガッツ!! カープ 《25年の歴史》』(1975/東芝EMI)を取り上げている。それに、1985年の優勝ドキュメント、『猛虎阪神タイガース!悲願の優勝‼』(キャニオンレコード)とかね。長島茂雄が引退した1974年に発売された2枚組『ミスターG 栄光の背番号3 ―長島茂雄・その球跡―』(ワーナー・パイオニア)なんか、一時はリサイクル・ショップの定番だった。ジャケットに見覚えのある先輩方は、けっこういると思う。
基本はどれも、ナレーションと実況中継、それにインタビューの音声で構成されている。なので、そのチームや選手に特に思い入れが無い人には、どうだ、ということはない。1枚ずつクローズアップしての吟味はしづらい。
そんな中で、本盤には、他のプロ野球ものとは一味違う面白さがある。
(近藤唯之が関わっているレコードなら、きっとそうだろう……)と思う方、話が早い! まさにそこがミソなレコードなので、後でじっくり書きます。まず、インデックスを。
ちなみにチョーさんは長嶋茂雄か、長島茂雄か。LPのインデックスでは現在と同じ長嶋になっているのだが、現役中は長島だった。本文中では長島に統一させてもらう。
A面
1. 中西太 史上最長の500フィートホームラン
2. 元祖、樋笠一夫 代打サヨナラ逆転満塁ホームラン
3. 実力派金田、エリート派長嶋を開幕4打席4三振
4. 西鉄、巨人に日本シリーズ逆転4連勝
5. 打撃の神様、川上哲治 最後の打席は左飛
6. サムライ長嶋 天覧サヨナラホームラン
7. 涙の御堂筋、南海宿敵巨人にシリーズ4連勝
8. 日米野球史上初 山内一弘 満塁振り逃げ事件
9. スタンカ 涙のフォークボール、南海運命に泣く日本シリーズ
B面
1. 村山実 涙の退場事件
2. 怪童尾崎17才 ストレートだけのデビュー
3. 江夏豊 オールスター戦で皆殺しの連続9三振
4. “仰げば尊し”金田正一 運命の400勝
5. ミスター・ベースボール長嶋引退
6. 次代のヒーロー掛布 開幕第1打席満塁ホームラン
7. 今ここに日本プロ野球の夢ひらく、王貞治1本足1号から756号
栄光や大記録ではなく、“この一球”のドラマを描く
はーッ。書き出してみて、つくづく思った。むせかえるほどに昭和だ……。プロ野球好きなら大体のイメージはつくだろう、と前提して書き進めるのが、急に不安になってきた。今はもう、野茂とイチロー以前になると、神話で言う大過去に近いから。
若いスポーツ・ファンの方、今回は昭和のレジェンドばなし、とあらかじめご理解ください。
こうした歴史の積み立ての上にですね、〈新庄、敬遠球をサヨナラヒット〉や〈斉藤和己プレーオフ無念の涙〉、〈西口、計3度の幻のノーヒットノーラン〉、そして〈大谷翔平、衝撃の二刀流デビュー〉などなどの、平成の新伝説が生まれているわけです。
本盤の内容は、戦後から発売された1977年までの有名どころをちゃんと押さえている。文藝春秋のスポーツ専門誌『Number 237』(1989年2月20日号)を久し振りに本棚から引っ張り出し、アンケート特集「甦れ!日本プロ野球ベストゲーム50」を眺めてみたら、ほぼ、重なっていた。
ただ、その取り上げ方に、独特のクセがある。
例えば1958年の、西鉄が巨人に3連敗4連勝した日本シリーズは、なんといっても「神さま仏さま稲尾さま」、エース稲尾の鬼神の活躍がオールタイム・ベストに常に挙げられるが、本盤は伏兵・小渕の二塁打にスポットを当てている。
巨人が3勝1敗の王手で迎えた第5戦の9回裏。スコアは3対2。1点ビハインドの西鉄の先頭打者は、仰木からセカンドを交代していた小渕。この小渕が、三塁線上の微妙なゴロを打った。判定は、巨人・水原監督の猛抗議を退けてヒット。
この瞬間こそが、関口の同点タイムリー、そして延長10回裏の稲尾の劇的なサヨナラ本塁打の呼び水となった……という視点。
翌59年の、今度は南海が巨人に挑んだ日本シリーズにしても、本盤が主役に選んだのは、4連投4連勝を果たしたスーパー投手・杉浦忠ではなく、センターの大沢だ。
第3戦の9回裏、ワンアウト二・三塁と一打逆転のチャンスを迎えた巨人。代打の森が杉浦から、ショートの頭上を越える強烈なライナーを放った。これで巨人が逆転……と誰もが思った瞬間、いつのまにか前進守備していた大沢が浅い中飛に捕り、ホームに好返球。三塁ランナー広岡はアウトに。巨人に傾きかけた短期決戦の流れを一気に食い止めた、ディフェンス好プレーの古典。
これに関しては、大沢自身の述懐がインタビュー収録されている。
「外野のね、定位置ではまあ、センターフライが来ても、広岡選手のですね、足を考えて、定位置ではこれはもう絶対にホームインされると。ということで、杉浦の調子、森のバッティングというものを計算にいれてね、これはもう、左中間しかないと。
左中間以外にだね、センター方向に飛んできた場合は、もうこれは南海の負けだと。一か八か、勝負ってのはもう、勝つか負けるか。どっちかだからね」
その場で打球のヤマを張った勝負師のカンと、落下地点を読み切って守備位置を移動する(当時はまだ無い発想)頭脳プレーの同時駆動。しびれる。
この大沢選手とは、大沢啓二のこと。晩年はTBS系『サンデーモーニング』での解説がおなじみだったが、当代のスター達に「喝!」を入れられるだけの名選手だったのだ。僕自身、印象に残っているのは日本ハム監督時代の、ベンチにあぐらを組んで煙草を吸いながら「勝った時は選手の手柄。負けた時は監督がヘボってことよ」と飄々と答える姿ばかりだったから。大沢親分、改めてリスペクト。
▼page2 野球の本といえば近藤唯之、の時代があった につづく