『女っ気なし』や『やさしい人』で知られるフランスのギヨーム・ブラック監督による短編ドキュメンタリー『勇者たちの休息』と、彼がフランス国立高等演劇学校の学生たちとのワークショップをもとに作り上げた『7月の物語』が公開中だ。『7月の物語』は、2016年7月のパリとその郊外のそれぞれの1日を描いた2本の短篇で構成されており、その1つの舞台であるレジャーセンターは、監督自身の思い出深い場所であり、最新作となる長編ドキュメンタリー『宝島』の舞台にもなっている。ドキュメンタリーとフィクションを行き来して、彼が描こうとしたものは何か。公開に合わせて来日したギヨーム・ブラック監督に話を聞いた。(取材・構成 小林英治)
自分がここを撮っていいという正当性を感じること
――『勇者たちの休息』(2016年)は、あなたにとって初めてのドキュメンタリー作品ですが、どのような経緯で制作されたのでしょうか?
ギヨーム・ブラック(以下GB):2016年から2018年にかけて、『勇者たちの休息』(2016年)、『7月の物語』(2017年)、『宝島』(2018年)と3本の映画を、いずれも夏に撮影して作りました。この時期、もともと私は別のある長編映画を撮りたいと考えていました。ただその作品に有名な俳優を起用したいと思っていたので、資金繰りの面でその映画を撮ることができない状態になってしまい、そのかわりという形でこの3本の企画を進めていったんです。
――まず『勇者たちの休息』について伺いますが、自転車はこれまでの監督の作品にもよく出てくるモチーフです。初のドキュメンタリー作品の対象として選ばれたのも、監督がもともと関心があることだったからでしょうか。
GB:そうです。私は子供のころから自転車にとても興味を持っていました。実際に乗るようになったのは大人になってからですが、この映画に出てくる「大アルプスルート」(レマン湖の南のトノン=レ=パンから地中海に面したニースまで全長約720kmにわたりアルプス山脈を縦断するルート)を走破するグループツアーに、撮影の前の年に自分自身でも参加してみたんです。そのとき自分が経験するなかで、これは単なるスポーツを兼ねた旅というよりも、もっとメタフィジックなものがあると感じました。例えばグループの中で一番年配の人が山岳コースに挑む姿、それは一つの闘いであり、もうスポーツを超えた何か、人生そのものであるように感じました。私が映画を撮るときには、フィクションであれドキュメンタリーであれ、自分がここを撮っていいと正当性を感じないと撮ることができないのですが、『勇者たちの休息』の場合には、自分がそのツーリングを経験しているので、私も去年は彼らの中の一人だったという意味で、正当性を感じることができました。
――取り上げられているのは、仕事を引退した年配のサイクリストたちですが、実際には若い人もたくさん走っているんですよね?
GB:おっしゃるように、実際にはツアーには若い人も参加しています。ただ彼らには私は惹かれませんでした。中には自転車が好きな人もいましたけど、若い人の大半が、ただ単に運動が好きだからとかいう理由で参加しています。しかもすべての行程が企画されているので、彼らにとってこのルートというのはそんなに難しいルートではないんですね。でも年配の方は、先ほど言ったメタフィジックな面があるというか、彼らはできるだけ自分たちの限界を先へ先へと遅らせようとしてるんですね。みな年を取っているわけですから、いつかは動けなくなって、家の中でソファに座っているしかない状況に陥ってしまうかもしれません。そのときを先へ先へ延ばそうとしている人たちに惹かれました。撮影当時私は39歳だったんですが、ちょうど目の前に40歳の壁があって、自分自身も老いや年を取るということに関心を持ちはじめた時期でもありました。ですから、そういった年配の人の姿を見て感動もしましたし、あれが将来の自分かもしれないと考えたりしました。
――彼らがなぜ走るのか、自らの半生を振り返りながら語るモノローグはどれも印象的です。
GB:彼らは人生の中の終わりの時期の始めの段階にいるわけです。長距離トラックの元運転手がルートを走り終えて地中海までたどり着き、ベンチに横になって休息をしながら自らの人生を語っている一方で、そのカットの後ろでは、同じように年を取ったおそらくヴァカンスに来ただけの男性が、思うようにベンチやパラソルを動かせない姿が映っているパラドキシカルなシーンが私は好きです。また、元教師だったサイクリストが語るモノローグは、山岳のツーリング中の映像に重ねることによって、彼が使う言葉のユーモアのセンスが際立ち、画面にメリハリが出るのではないかと考えました。
――彼らの一人が海水浴をするところで、子供が2人寄ってきて「どのルートを走ってきたんですか?」と尋ねるシーンがありますね。ちょっと唐突な感じもしますが、あれは演出をされてるシーンですか?
GB:私はあのシーンは面白く、感動的なシーンだと思います。おっしゃるように演出ではありますけど、私はドキュメンタリーにおけるそういった演出を悪いことだとは思っていません。あの場面で子供たちが話している言葉やサイクリストの言葉は彼ら自身の言葉なので,私がしたのはあくまで子供たちを彼に近づけたということであって、現実はそこにあります。長編ドキュメンタリーの『宝島』にはもっとそういう演出が使われています。
『勇者たちの休息』© bathysphere productions – 2016
▼Page2ドキュメンタリー的なアプローチで撮った『7月の物語』に続く