【Report】行為と演技、虐殺の〈アクト〉をめぐって――世紀の問題作『アクト・オブ・キリング』 text 植山英美

――撮影に参加した出演者が法的に罰せられたということはありましたか?

JO インドネシアでは1965年の事件に関して、虐殺や拷問も含めて、実行犯が罪に問われることはありません。スハルトによる新体制が確立した後の1973年に、この一連の虐殺に対しては法的制裁が課されないことが、検事総長によって正式に決定してしまいました。国際法で裁かれた、ユーゴスラビアやカンボジアの場合は、(国連の)安全保障理事会が罪に問う役割を担ったわけですが、それには安全保障理事会に参加している国、例えば米国や英国などがアクションを起こさなくてはいけないのです。

アカデミー賞でノミネートされたという今の機会に、この作品を上映した上、米国国会で議論に持ち込みたいと思っているのです。50年経ったのでそろそろこの問題に答えを出す時ではないでしょうか? スハルト政権は西側諸国の支持を受けていました。支持している国も同罪だと考えています。私は日本の政治のエキスパートではないですが、日本はスハルト政権も、現政権をも支持しているという点では同罪だと思うのです。

――この作品はどのように演出をしているのですか? また劇中劇の部分では、セットがどんどん大掛かりになっていきます。このドラマ作品も、もともと単体の映画として撮影したのですか。

JO ドラマ部分では単体の映画として撮影したというのではありません。彼らは演じた部分も含めての作品として説明しています。この作品では特別に演出したりはしていないですが、演技をしている最中に質問をしたり、互いに話し合ってもらって、それを撮影したり、ということはしています。

劇中劇の部分では、アンワルがどう撮影したいかを尊重し、彼が主導権を取って演出を決めました。例えばヤクザ映画風の部分では、詳細にどう撮影したいかを詳細に説明してもらい、できるだけ実現させるようにしました。アンワルは、この作品に力を注いできましたし、当事者意識が強くあるので、アカデミー賞にノミネートされた際に、それを取ってほしいとさえ思っていました。虚栄心ではなく、自分達がやったこと、今までどう生きてきたなどをみなに観てほしいという思いがあったからだと思います。

作品を撮影して、アンワルがチェックして、また撮影して、というプロセスを繰り返しました。その中で、衣装はこう変えよう、こういうシーンを撮りたい、と要求がどんどん大きくなってきて、結果的にセットが大掛かりになってしまった。それはアンワルが抱える苦しみや痛みを消し去って行く作業でもあったのだと思います。

――9月30日事件の真相は未だに解明されていない部分が多いのですが、原因のひとつとして、米国が共産党員の力が大きくなることを危惧して、この事件に加担したということがあげられています。米国人である監督はそのあたりのことをどう思われますか?

JO この作品を撮る前、パーム油原料である、ベルギー資本の椰子のプランテーションのドキュメンタリーを撮っていたのですが、そこの農園の労働者である女性らは、無防備なまま除草剤を散布させられていました。結果病気になったり、亡くなったりしたのです。組合を組織しようすれば、パンチャシラ青年団に攻撃されてしまいました。60年代、70年代に、彼女らの親や親戚が同じような理由で殺された過去があったので、より一層恐怖に思ったのでしょう。パーム油を使用したクリームなどの製品を見る度に、命を失ったかつての仲間たちを思います。

その経験があって、この作品を撮ろうと思いついたわけです。また証拠はないにせよ、米国政府は深く関与していたと思います。ジャーナリストや新体制に反対する人々、共産党員が含まれるデス・リストを米国が渡したのは事実ですし、軍に武器や資金援助をしました。米国のそういった行為は映画制作へのモチベーションのひとつとなりました。

――出演者たちは作品を観た時、どんな反応を示したのでしょうか。

JO アンワルにこの作品を観てほしくて、何度も何度も試みたのですが、怖じ気づいてしまってうまくいかなかった。トロント国際映画祭でプレミア上映することが決まった時に、その前に観てほしいと頼んだのですが、「どうせ観るならトロントに行く、映画祭に出席したい」と言い出しました。映画にはどんなシーンがあって、アンワルが映画祭に出席したところで誰も歓迎しない、と苦労して説明したのですが、わかってもらえない。彼はラストシーンを含め、どんなシーンを撮影したのか、多くの記憶を消してしまっているようでした。トロントでの評判がインドネシアに伝わるとともに、より一層観るのを恐れてしまった。

そう言ったやり取りが続いた後、「やはり映画を観なくてはいけない」と言い出した。そのタイミングで、インドネシアで試写ができれば良かったのですが、私はインドネシアに入国することができませんので、アルジャジーラのジャーナリストに協力してもらって、WIFI コネクションの良いホテルにアンワルを招き入れてもらって、スカイプで上映しました。観賞後かなり感情的になり、大きなショックを受けていて、20分ほど言葉を失っていました。

少し気を取り直した後、「間違いなくこれは私自身で、私がやったこと、私の痛み、そしてなぜそれらの行為を行ったかの意味をも描かれていて、ほっとした」と言ったのです。彼には辛い経験だったようですが、何かを感じてくれたのではないでしょうか。映画の中で、暗闇で釣りをしているシーンがあったと思いますが、そのシーンのように、彼の闇を傍らで見たような思いに駆られました。その闇は私を含め、皆も見ているものではないでしょうか? 誰もが心に暗闇を持っていて、その闇を自分自身で知っているのではないでしょうか。(了)

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|作品情報

『アクト・オブ・キリング』 
 The Act of Killing

製作総指揮:エロース・モリス『フォッグ・オブ・ウオー』/ヴェルナー・ヘルツォーク『フィツカラルド』/アンドレ・シンガー
製作・監督:ジョシュア・オッペンハイマー 共同監督:クリスティーヌ・シン/匿名希望
スペシャルサンクス:ドゥシャン・マカヴェイエフ
2012年/デンマーク・ノルウェー・イギリス合作/121分/ビスタ/カラー/DCP/5.1ch
配給:トランスフォーマー 宣伝協力:ムヴィオラ 
公式サイト:http://www.aok-movie.com/
★4月12日(土)よりシアターイメージフォーラムにて公開! 他全国順次

|プロフィール

ジョシュア・オッペンハイマー 
Joshua Oppenheimer

1974年、アメリカ、テキサス生まれ。ハーバード大学とロンドン芸術大学に学ぶ。政治的な暴力と想像力との関係を研究するため、民兵や暗殺部隊、そしてその犠牲者たちを10年以上取材してきた。これまでの作品に、『The Grorbalization Tapes』(03/クリスティーヌ・シンとの共同監督)『The Louisiana Purchase』(98/シカゴ映画祭ゴールド・ヒューゴ受賞)『These Places We’ve Leaved to Call Home』(96/サンフランシスコ映画祭ゴールド・スパイア受賞)など受賞歴のある映画のほか、多数の短編がある。イギリス芸術・人権研究評議会のジェノサイド・アンド・ジャンル・プロジェクトの上級研究員で、これらのテーマに関する書籍を広く出版している。

植山英美(採録・構成) Emi Ueyama
兵庫県出身。20年以上を米国ニューヨーク市で過ごし、映画ライターとして多数の国際映画祭にて取材。映画監督、プロデューサー、俳優などにインタビュー記事を発表するかたわら、カナダ・トロント新世代映画祭・ディレクターを務める。2012年日本帰国後は、映画プロ デューサーとして活動中。英語、スペイン語に堪能。