【Interview】 生誕100年★トーベ・ヤンソンの映画3部作/ムーミンからフィンランドの映画事情まで――リーッカ・タンネル監督

|トーベ・ヤンソンと旅

――これは森下さんにも伺いたいのですが、『世界旅行』と『欧州旅行』では、トーベさんもトゥーリッキさんも、観光名所というより、お店のささいな看板や小さくかわいいものに目が向けられていますね。これはトーベさんの作品世界に通じるものがあるのでしょうか。

 RT 世界旅行を始めてから、トーベはずっと文章を書いていました。そこから生まれた短編小説はいくつもあるのです。例えば、『太陽の街』(1974年)は自分たちが同じ環境に置かれたことがもとになっている。小説の中で自分たちが気ままに旅している様子がよく出ています。トゥーリッキにとってもインスピレーションを得る旅でした。

森下 『ムーミン』に関して言えば、トーベは第二次世界大戦前に、当時としては珍しいことですが、女一人でヨーロッパを旅して、遊学したのですが、イタリアではよく火山が見えるところに住んで絵を描いていました。その光景が『ムーミン谷の彗星』で描かれていますね。

――1938年にトーベさんはパリやイタリアに出かけていますが、フィンランドという国では芸術を学んだり、活動を行うためにはパリやベルリンなど海外に出る必要があったのでしょうか。

RT フィルランドでは美術はフランスの影響を強く受けていて、文学は聖書を通してドイツの影響を強く受けています。そこまで行って勉強することが求められました。トーベの両親もパリで知り合っています。それは典型的な芸術家の出会いではありましたね。ただし、典型的なフィンランド人ではありません。母親はスウェーデン人で、父親はスウェーデン語系のフィンランド人で、パリの影響を受けていた。スウェーデン系フィンランド人は、今は割合が減ってきているのですが、文化的には大切な存在です。スウェーデンと文化的にはあまり変わらないものの、大きな違いとしては言語があります。それもいずれフィンランド語に吸収されるのかもしれません。

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 |フィンランドの映画状況

――フィンランドの映画、とくにドキュメンタリーの状況について伺います。おとなりのスウェーデンでは公共放送が多くのドキュメンタリーを制作し、放送後は福祉政策の一環としてウェブで無料で見られると聞きました。

RT スウェーデンと同じように、フィンランドでも公共放送が(外部の)ドキュメンタリー制作にお金を出しています。そして、放映された作品はネット上でも公開され、14日間、無料で見ることができます。とはいえ、その予算は小さくなっているのですが、映画財団が(フィクションだけではなく)ドキュメンタリーに対して今までよりも資金を出してくれるようになっています。

――日本ではインディペンデントで、自分でお金を工面して、その分何の制約も受けずに作るという人がかなりいますが、フィンランドではいかがですか。

RT フィンランドの映画制作は基本的にはすべて国が関わっています。映画財団とフィンランド放送の2つが必ず入る形で、映画の制作が行われています。それはフィクションでもドキュメンタリーでも同じで、そこにみんな資金を求めます。どうしてそうなるかと言えば、言語的にフィンランドはマーケットが小さく、外に出ていくことができないからです。せいぜい自分たちで調達するのは2割ぐらいが限度で、あとは助成金に頼って作品を完成させなければならない。それが現状です。自費でやっている人もいますが、それは例外的であって、助成金をもらえなかったから自費でやっているというのが実状です。それは問題と言えるかもしれないですが。

――フィンランドの映画祭としては白夜映画祭が有名ですが、運営なども含めて映画祭の状況はいかがでしょうか。

RT フィンランドの主要な映画祭は4つあります。ソダンキュラで行われる白夜映画祭(Midnight Sun Film Festival)はペーター・フォン・バーグと、ミカとアキのカウリスマキ兄弟が創設したインディペンデント系の映画祭です。ここには大きな助成金が下りています。それ以外にはタンペレで行われる短編映画を専門にしたタンペレ映画祭、ドキュメンタリーを扱うドック・ポイント(Doc Point)、そして、ラブ&アナーキー映画祭とも呼ばれる国際映画祭(いずれもヘルシンキで行われる)があります。どの映画祭も政府からの助成金で運営され、トーキョーノーザンライツフェスティバルみたいにボランティアが集まって活動しています。ただ、政府はお金を出しても口を出しません。

――今年のノーザンライツフェスティバルでは初日から大雪の中、多くの観客がトーベさんの映画を見に来ました。なかには泊まりがけの方までいらして、かなりの熱狂ぶりだったと聞いています。

RT これまで何十回と映画を上映してきましたが、こんなに素晴らしい観客に恵まれたのは初めてです。とても嬉しいことでした。ジャンルにとらわれないで、いろいろな映画を見てほしいですね。そうすれば、トーベとトゥーリッキが開いた世界のように、私のこれだというものが見つかるように思います。(了)

 (2014年2月7日 ユーロスペース事務所にて)

|作品情報

『トーベ・ヤンソンの世界旅行』

原題:Matkalla Toven kanssa/英題:Travels with Tove
監督:カネルヴァ・セーデルストロム
1993年/フィンランド/フィンランド語・スウェーデン語/58min
※DVD未発売

『ハル、孤島の島』

原題:Haru, yksinäisten saari
英題:Haru, the Island of the Solitary
監督:カネルヴァ・セーデルストロム、リーッカ・タンネル
1998年/フィンランド/フィンランド語/44min

 

『トーベとトゥーティの欧州旅行』

原題:Tove ja Tooti Euroopassa
英題:Tove and Tooti in Europe
監督:カネルヴァ・セーデルストロム、リーッカ・タンネル
2004年/フィンランド/フィンランド語/58min

|プロフィール

リーッカ・タンネル  Riikka Tanner
1949年生まれのジャーナリスト、ノンフィクションライター、映画作家。
カネルヴァとは『ハル、孤独の島』をはじめ何本かの映像作品を共同監督や脚本担当の形で一緒に製作する。

森下圭子(通訳)  Keiko Morishita
1969年生まれ。ムーミン研究のため94年渡芬。メディアの現地コーディネートや通訳・翻訳、記事の執筆なども行っている。現在、トーベ・ヤンソンの評伝を翻訳中。