【Interview】現代中国に渦巻く矛盾、人間の内なる暴力を問う――『罪の手ざわり』ジャ・ジャンクー監督 text 萩野亮

© 2013 BANDAI VISUAL, BITTERS END, OFFICE KITANO

|俳優たち:チァン・ウーとルオ・ランシャン

――俳優にチァン・ウーさんを起用されたのはどういったところからでしょうか。

JZ 彼と仕事をするのはこれが初めてだったのですが、北京電影学院に入ったころ、彼は3年で出て行ったから、ほんのすこしだけすれちがっているんですね。だから彼のことを知ってはいたし、この人は作りこんで「化ける」ことのできる役者だということを思っていました。

今回この映画の話をもちかけたときに、『水滸伝』に魯智深という有名な人物がいて、ああいうイメージだと伝えたら、「じゃあ髭がいいよね」という話になりました。次に会ったときに、伸びた彼の髭は白髭まじりだったんですね。それがいいなと思ったのは、彼の演じるダーハイという人物が、考え方も行動も時代から取り残されてしまったひとだったからです。もうひとつ撮影中に発見したのは、彼のユーモア、滑稽な感じ。ロシアの戯曲の人物を思い起こしたりもしましたね。

――キャリアの長いチァン・ウーさんを起用するいっぽう、最後に登場する青年役のルオ・ランシャンさんは演劇学校で見つけられたそうですね。

JZ 彼を選ぶまでに時間がかかりました。広東に働いている人には湖南省から出てきている人が多いのですが、いろんなところから探したのですが見つからず、助監督に湖南省の長砂へ行ってくるように頼みました。そこにある演劇学校で撮って帰ってきた100人近い俳優の写真やビデオを見て彼に決めました。理由はうまくいえないけれど、彼だと思ったんです(笑)。

経験のない人だから、演技の方法というのはたしかにもっていなかった。それは当然だと思うし、いくつか基礎的なことを彼にアドバイスしました。ひじょうに頭のいい俳優でしたね。

|SNS時代の映画に向けて

――中国では微博(ウェイボー。中国版Twitter)の影響力が日増しに大きくなり、13億の人口のうち、じつに5億人が登録していると読んだことがあります。ところがそうした先進の技術を使えば使うほど、内向きになってゆくという矛盾するような傾向が一部にあると思います。テクノロジーによって中国はいま外に開かれているのでしょうか、それとも内に閉じているのでしょうか。

JZ 両方あると思いますね。一言では云えませんが、微博によって人がつながりやすくなったのは間違いありません。ひとつのことを、より多くの人により速く伝えられる。場所も、あるいは国境さえ超えてつながることができるという意味では外に広がっていると思います。

けれどもそこで忘れられてしまっているのは、現実に人と向き合う、つながる、ということです。家族が食卓で向き合っていながら、うつむいて全員がスマートフォンで会話している、そうしたことを描いた4コママンガが話題になったこともありました。旅行に行ってたとえば大自然にふれても、それを写真に撮ってSNSに載せることが大事になり、そこで感じるものが二の次になってしまっていたりする。人間と世界との関係は明らかに変わってきていますね。

――監督はかつて、文学も絵画も音楽も、あらゆるメディアをとりこめるのが映画なのだと書かれていました。今回の映画でも、まさに微博という新しいメディアを脚本に取りこまれたわけですが、いまのメディアの状況のなかで、映画が占める位置をどのようにお考えですか。

JZ Twitteなどの新しいメディアが流通させるのはすべて情報で、それがどれだけ増えても創造や芸術には変えられません。ぼくはより映画の特性が特化されてくると考えています。(了)

(2014年4月3日、ビターズエンド事務所にて。なお本記事は、Huffington Post紙 日本版、およびReal Tokyo誌との合同取材によるものですが、文責は筆者にあることをお断りしておきます

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|公開情報

『罪の手ざわり』 A Touch of Sin
監督・脚本:ジャ・ジャンクー
出演:チャオ・タオ、チァン・ウー
2013/中国=日本/129分
配給:ビターズ・エンド、オフィス北野
第66回カンヌ国際映画祭脚本賞 受賞

★Bunkamura ル・シネマにて公開中! 他全国順次。

|プロフィール

ジャ・ジャンクー  賈樟柯
1970年、中国山西省・汾陽(フェンヤン)に生まれる。18歳の時に山西省の省都・太原(タイユェン)の芸術大学に入り、 油絵を専攻。93年に北京電影学院文学系(文学部)に入学。その卒業制作として 16mmの長編劇映画『一瞬の夢』を監督。

2000年、35mmで撮影した長編第2作『プラットホーム』は2000年ヴェネチア映画祭コンペティションに選ばれ最優秀アジア映画賞にあたる NETPAC賞を受賞。

02年には大同を舞台に、監督第3作『青の稲妻』を発表。 2004年、北京郊外に実在するテーマパークを舞台に若者たちの孤独を描いた長編第4作『世界』を発表、 ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に出品され、トロント、ロッテルダム、バンクーバーなど世界中の映画祭で上映され好評を博した。

2006年にはダムの建設により伝統や文化、記憶や時間も水没してゆく運命にある古都・奉節(フォンジェ)を舞台に2人の男女の物語が綴られる 劇映画『長江哀歌』と、三峡地区でロケされたドキュメンタリー映画「東」を発表。両作品ともヴェネチア国際映画祭に選ばれ、『長江哀歌』は 最高賞にあたる金獅子賞(グランプリ)を獲得。日本でもロングランヒットを記録し、キネマ旬報ベスト・テン外国語映画第1位、 毎日映画コンクール外国映画ベストワン賞を受賞するなど高い評価を受けた。

2008年の『四川のうた』では、巨大国営工場「420工場」を舞台に、 ここで実際に働いていた労働者とプロの俳優を起用して420工場の思い出を語らせるというセミドキュメンタリーに挑戦。 個人の生活史に中国の激動の半世紀の歴史を重ねるという一大叙事詩を作り上げ、カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された。

『青の稲妻』『四川のうた』(08)に続く、3度目のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品となった本作『罪の手ざわり』で脚本賞を受賞。

萩野亮 Hagino Ryo (取材・文)
1982年生れ。映画批評、本誌編集委員。編著に『ソーシャル・ドキュメンタリー』(フィルムアート社)、共著に『アジア映画で〈世界〉を見る』(作品社)など。当サイトにて「documentary(s)」を連載中。