【Interview】劇映画だけでは撮れない人の魅力に気付く——『中国・日本 わたしの国』ちと瀬千比呂監督インタビュー

編集で「映画」になる瞬間を発見する 


——編集で「これで行ける」と感じた、具体的な瞬間はありましたか?

ちと瀬 編集は1年ぐらいかけてやりました。中国編のラッシュは、見ていて本当に面白い、と思ったんですね。東京で話している時は、静さんはパワフルですから、自分の弱さを見せない人、というイメージでこちらも接していたんですけど、上海で先夫の両親と接している時に、ふと童心に帰って、自分の弱さというか、そういうのを出す瞬間があったんです。それがすごくチャーミングでね。彼女はおじいちゃんおばあちゃんが好きなんですね。僕もおばあちゃん子だったものですから、そこで気持ち的に一体になれたというか。ガチガチになっているのを解き放つことができたら、彼女の魅力が出てくる。そこに気付けたのは大きかったですかねえ。

ですから、中国編の編集は割とすんなりいったんですけど、今度はそれを中国の旅行記としておさめていいのか、という問題がありました。そこからどういうふうに話を筋立てて、静さんという人間の全体像を描いていくのか。中国で撮ったものを見てから日本で撮ったものを比べてみると、映像としての力の差が歴然とある。それが何なのかはよく分からないですけど、両者のバランスにすごく悩みました。

とにかく編集をしながら、自身の考えを構成していくというよりかは、素材の声をきこうという思いが強かったですね。私の思いで無理矢理編集するんじゃなくて、ラッシュを見ながら、ラッシュから聞こえてくる声を大切にしようと。彫像じゃないですけど、物体の中に本来かたちになるべきものがあって、それをちょっとずつ彫って見つけていくというね、そんなイメージです。とにかく僕が操作するんじゃなくて、撮れたもので何ができるかということを考える。その思いが強かったですね。

——製作にはどのぐらいの期間がかかりましたか?

ちと瀬 結局、編集を含めて4年ほどかかりました。実は、静さんに最初にお会いしたときに、僕は「すみません、これ映画になるかどうか分かりません」なんて言ってしまったんですよ。それぐらい自信がありませんでした。自分が見つけた取材対象ではないですし、中国に興味があったわけでもないですからね。仮にプロデューサーではなくて、僕が静さんの運転するタクシーに乗っていたとしても、彼女を撮ろうとは思わなかったと思います。プロデューサーからいただいた企画を自分のものにする、そこに時間を要した、ということなんでしょうね。

静さんからは、今でもしょっちゅう電話がかかってきます。はじめは僕も仕事だと思って電話に出ていたんですけど、今は話を聞くこと自体が面白くなっているんでね。友達と言ったら失礼ですが、そういう関係になっちゃいましたね。彼女はこの映画を観て、「自分はもっと明るい人間かと思っていたけど、映画を見ていると暗い人間に見える」と言っていました。この主人公は自分ではないみたいだ、という違和感があったみたいですよ。

——1本ドキュメンタリーを撮り終えて、いかがですか。

ちと瀬 もちろん劇映画もやりたいですけど、この映画を撮ったことで、ドキュメンタリーもやっていきたいと思いました。劇映画だけでは撮れないものが絶対にあるので。もっと言えば、山形国際ドキュメンタリー映画祭にまた行きたい、という思いがいちばん強いんですけど。

——監督の考える、劇映画だけでは撮れないものとはなんですか。

ちと瀬 自分が想像する以上のものが現実にはある、ということじゃないですかね。演出の限界というか、自分がいくら考えても及ばないようなことが実際の世界にはあって、その想像を超えられるものに出会いたい、それを表現してみたい、という思いがあるんです。

劇映画の現場では、僕はフレームとか背景とか、そういうことばかりに関心がいきがちなんです。一面ではそれはとても重要なことなのですけれども、この作品では、そうではないところの映画の面白さに気付けた。

「人の魅力を活かす」ということなんでしょうね。劇映画をやると他の要素をもっと考えていかなければいけないけど、この映画は人間の面白さで貫いていける部分があった。純粋にその人のもつ魅力で映画が撮れるような経験をしたいと思います。そういう志向の作品を、今後も作れたらいいなと思いますね。

映画『中国・日本 わたしの国』より

【映画情報】


『中国・日本
 たしの国』

(2013年/HD撮影/DCP原版/カラービスタサイズ/108分)

監督:ちと瀬千比呂 製作:鈴木ワタル プロデューサー:沢田 慶
撮影:塩生哲也、ちと瀬千比呂 応援:ヤマモトケンジ 通訳:劉 暁麗、沈 伟斌
下訳:孫 璐 翻訳:仲 偉江、仁多裕子、南 量子
整音:石寺健一 編集:ちと瀬千比呂 撮影協力:NIKKO TAXI、刘 玉华
協力:フォーカスピクチャーズ
助成:文化芸術振興費補助金
製作・配給:パル企画

映画写真©2013 パル企画

渋谷・ユーロスペースにて公開中 〜7/11 連日10:00
(7/19より名古屋シネマスコーレにて公開)

公式サイト:http://china-japan-mycountry.com

【監督プロフィール】

ちと瀬 千比呂(ちとせ・ちひろ)

1973年長野県生まれ。大学卒業後、原一男監督の主宰する「cinema塾」に参加。97 年、学生時代に自主制作した『暮れなずむ場所』(8mm/31分)が第一回水戸短編映像祭グランプリ。当時、審査員だった篠原哲雄監督作品への参加をきっかけに助監督 を始める。以後、篠原哲雄監督をはじめ黒木和雄監督、犬童一心監督、三原光尋監督、 本広克行監督、大谷健太郎監督などにつき劇映画への道を模索していたが、ワン・ビ ン監督の『鉄西区』に衝撃を受け、デビュー作はドキュメンタリーへ回帰することとなった。