【Interview】母娘の物語からみえてくる、革命・人生・そして愛ーー『革命の子どもたち』シェーン・オサリバン監督インタビュー

公開中の映画『革命の子どもたち』(シェーン・オサリバン監督)は、日本赤軍の最高指導者・重信房子とバーダー・マインホフ・グループ(後のドイツ赤軍)の創設者のひとり、ウルリケ・マインホフというふたりの女性革命家を、重信メイとベティーナ・ロール、それぞれの娘の視点で捉えたドキュメンタリーだ。映画は2人のインタビューを中心に、支援者たちの証言や膨大な資料映像を用いながら、女性革命家として、そしてその娘として生きることの特殊性を緊密に見せていく。

当時、活動の中心を担った若者の年齢は現在60代からやがて70代にさしかかろうとしているが、日本赤軍や「68年革命」の問題を、ドキュメンタリー映画で真正面から扱った例はあまりなく、そういう意味でも本作は貴重である。1969年生まれのシェーン・オサリバン監督は、一般にはテロリストと見なされている彼らの活動のどういう側面に興味を持ったのか。重信房子と聞いても、2001年の逮捕時、手錠の掛かった手を高く振り上げた映像のイメージしか知らないであろう、日本の若い世代に何を伝えようとしたのか。
(取材・構成 佐藤寛朗 通訳=若井真木子)



――日本赤軍とドイツ赤軍、ふたつの運動に興味を持ったきっかけを教えてください。

 シェーン・オサリバン(以下S・O)そもそもの映画の出発点には、いかに暴力を使わずに社会変革ができるか、ということに対する私自身の興味がありました。今でも資本主義は貧富の差を拡大させていますし、アメリカは世界中で戦争を起こしています。それに反対する動きや、社会変革の機運が世界的にいちばん高まったのが、1968年に起きた一連の革命運動なんですね。日本であれドイツであれ、当時は第二次世界大戦の戦犯のような人間が政権の中枢にいて、民主主義になったとはいえ、政治的に変革の時期でもありました。その中で学生運動が起こったり、ベトナム戦争に反対する動きが盛り上がったりする、そういう時代の流れに私もシンパシーを感じ、興味を持って調べていったんです。

――その中で、なぜ重信房子とウルリケ・マインホフの2人、及びその娘たちに焦点を当てたのですか。

S・O 2人には、ともに女性のリーダーであり、それぞれに娘を持つ母親であり、さらにはその娘がジャーナリストになった、という共通項があるので、比較したら面白いだろうな、とは当初から考えていました。もうひとつ、一般的にはテロリストと称されるふたつの組織ですが、彼女たちの話を聞くことで、公式の歴史ではない部分に光を当てたい、と思ったんです。

2年前にこの映画が完成した時に、日本の外国特派員協会で上映したんですが、その時に、NHKの人から「とても興味深く見たけれども、この映画で描かれている日本赤軍はバイアスがかかっているから、もしNHKで放送するならば、編集を変えなくてはならない」と言われました。しかし、彼の言うバイアスというものが、私にはちょっとしっくり来ないところがあって。

今まで描かれた時代とか事件というのは、ある意味公式の歴史に則った物語として知っている人は多いと思うのだけれども、例えば日本赤軍にはメイさんの物語や、メイさんの母親の物語があるわけですから、あくまでメイさんの話や、母と子の関係性といったものを通じて歴史を理解し、検証する必要があると思いました。そのことは、この映画においては私自身がこういう風に日本赤軍やドイツ赤軍を見た、という視点より重要だと思っています。

2009年の1月にまずメイさん、次いで2月にベティーナさんに会いました。当初は、映画にも出てきますが、エレーラさんというPFLP(パレスチナ解放人民戦線)の女性戦士の息子にも話を聞くつもりでしたが、その息子たちは意外にふつうの幼少期を送っていることが判ったりして、結果的にこの2組の母娘の話になりました。実際、べティーナさんとメイさんの話を聞いていると、2人の母に対する感情が全く対照的だったので、映画の枠組みが自然に決まっていった気がします。


重信房子(左)・メイ(右)© Transmission Films 2011

――この映画は、基本的には2人の娘に話を聞く構成ですが、幼稚園の話やコミューンなど、幼少期の彼女たちの生活史にもかなりスポットを当てています。その理由はなんですか。

S・O 彼女たちの人生には、政治的な面と個人的な生活史の、両方の側面があるからです。母であることと革命家であることを行き来することは、時には危険な、きわどい生活環境を選択することでもありますよね。母の選択が子どもにどのような影響を与えるかという問題は、特にべティーナさんの場合顕著にあらわれていますが、そういう事も含めて、全てが歴史ではないかと思っています。

映画の中でも語られていますが、べティーナさんはヒッピー的な発想の幼稚園に通うことになりますし、メイさんはパレスティナのコミューンで育てられますよね。それもひとつの政治的な選択ではありますが、2人はどんなに政治的な活動にアクティブでも、子どもをどう育てていくかという問題を、ひとりの親として、きちんと考えていたのです。これは興味深いですね。

教育というのは、それ自体が国家の権力構造の中に組み込まれていますから、学生運動も当局にもの申すかたちで、権力と連動して生まれてくるのです。特にウルリケ・マインホフは、子どもを中東に連れていって革命戦士にすることまで考えましたよね。それは教育の持つ政治性にどう抗っていくかを、彼女なりに考えた結果だったのではないでしょうか。


ウルリケ・マインホフ(左)ベティーナ・ロール(右)© Transmission Films 2011

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