|その場で映画を発見してゆく
――両方の作品とも、作品制作のそれぞれのプロセスを追うということで成り立っていますね。ただ、『フリーダ・カーロの遺品』は、もっとその創作を広い文脈に位置付けようとされています。オアハカの服飾文化や、メキシコという国の負の歴史がフリーダ・カーロという人と重なって見えてくるような映画になっていると思うんですね。「遺品を石内都さんが撮る」ということだけで終わらずに、そういうふうに広げていったのはどういうところからですか。
小谷 撮影をはじめたばかり頃の石内さんは、遺品からフリーダ個人を捉えようといました。でも、しだいに遺品の色や質感やディテールからフリーダの背景にある歴史や文化みたいなものに興味を示しはじめたんです。撮影してて、あ、ここが映画の仕事だなと思いました。このどこまでも広がっていく石内さんの眼差しを可視化したいと思ったんです。映画に白い部屋が映っていたと思うんですけど、本来はあの青い壁のブルーハウスのなかで、わりとロケーションとしてもゆたかな場所で撮りたいなと思っていたんです。でも休館日じゃないとダメと言われて、ほとんどの日程をあの白い事務所みたいな部屋で撮影せざるをえなかった。だから、石内さんの撮影をずっと見ていながら、どうやったら外に出られるかというきっかけを探していたんですね。3週間の撮影で、「ここなら外に出られる」とか「ここなら時空を飛べる」というポイントをつねに探しながら撮影していた。でも三宅さんの作品は、あの部屋から出ないわけじゃないですか。それをぼくは、音楽というものを題材にしているから正解だったなと思ったんです。
三宅 ほかの監督が彼らを対象にすれば、たとえば彼ら自身の世代や出自にフォーカスするのかもしれない。よくインタビューでOMSB君が聞かれているのは、彼はハーフなので、そういった出自のこともやっぱり触れられることも少なくない。ぼくはそれを読んでいて思っていたのは、出自とかは関係なく、作っているものが面白いから自分は彼が好きで、だから撮るんだということです。音楽をやっているひとたちは、できたものが面白いか、かっこいいかどうかだけで勝負している。そこのセンスやテクニカルな部分だけにフォーカスするほうが正しいという思いがまずひとつあった。彼ら自身の人生を彼らに語らせるというのは少し違うかな、と思ったんですよ。
――画面がまさに彼らの音楽にぐっとフォーカスされてゆく感じがありますよね。スタンダードサイズで撮られていることの効果もすごくあると思いました。
三宅 基本は正面から撮っていますが、MPCを打っているところを真横から撮るカットがあります。これをスクリーンに映せば、とりあえずは「身体」というテーマにチェックマークを入れられるな、と(笑)。尺は気にしないということだったので、ああいう瞬間が脈絡なく集まっていても、もしかしたら時間の流れもすべて無視して、やり取りのなかの動きが見えるものだけでも「身体」として映るんじゃないかと思ったんです。それは映画と呼べるのか、ビデオになってしまうのかはわからないんですけど、とにかく撮れればいいなと思っていました。それで、あの首の動きを撮るには、「これはもうスタンダードでしょ」と直感で最初から決めていましたね。
小谷 あそこはすごく「ドキュメンタリー」で、というか彼らのやっていること自体が、すでにあるものを尊重するというテーゼを守りながら、自分の内側とか外にあるものを発見していくという、まさにそれ自体がドキュメンタリーと同じ作業なんですね。だから横からズバッと入るカットは、彼のその内側にあるものと、外のレコードの音がガチっと一致して「発見」していくというすごく感動的なシーンで、「あ、ドキュメンタリーだ」というふうに思いました。
三宅 劇映画を撮っていても、やっぱり目の前にあるものをいますぐつかまえて、その場で映画を発見していくということが、自分が映画をつくるうえで好きな作業だったんですよ。そもそも最初に映画をつくった中学のときも、その場で考えながらつくっていた。それで興奮したので、それがいまだに続いているというだけなんですけど。大げさにいえば、たぶん記録したり、いまをとらえる、みたいなことが好きなんですね。映画の観客としてはドキュメンタリーに対してそんなに親しい位置にいるわけじゃないけど、自分のものづくりの態度としては、素直にドキュメンタリーにいったのはそんなに意外なことじゃなかったんだなと自分では納得しているんです。
――『やくたたず』や『Playback』も、現場の即興で演出をされていたのですか。
三宅 もちろんシナリオはありますけど、そういう意味では、全部即興といえば即興ですね。その場の一言で、変わっていくし、それが残っていく。もちろんNGテイクとOKテイクがあって、どんどん良くしていけばOKになったりもするし、スーパーOKになっていくのかもしれない。でも技術的なミス以外は、「なんでもOK」という態度がいいなと途中から思ったんですよ。たとえば30回リテイクしたり、何度もリハしてフィクションの世界をどんどん築き上げていく映画づくりもあるし、いつかやってみたいとは思うけど、いまは「なにが起きてもOK」という態度で世の中を見たい、そういうものとしてカメラを使いたい、そういう気分ですね。
――小谷さんが『LINE』を発表されたとき、「自分はこれからはドキュメンタリーをつきつめたい」と発言をされていたのをわたしは記憶していますけど、いまあらためて、劇映画とドキュメンタリーということについて、三宅さんのお話もふまえて、どう思われますか。
小谷 三宅さんみたいな人がフィクションを撮るんだな、という感じです。
三宅 どういう意味ですか(笑)。
小谷 ぼくは多分、支配力が強すぎるんですよ。だから、支配が前提にあるフィクションをやると、全然面白くない。自分の頭のなかだけのものしか映ってこない。でもドキュメンタリーは現実を相手にして、現実を尊重していかないといけない。そういう方法論に出会ったときに、はじめて「自分が活きた」という気がした。現実と関わっていくなかで生まれてくる想像というのもあって、それもひとつの現実としてとらえられるように最近なってきたかなあ、っていう感じです。フィクションへの憧れはいまもありますけど。