【連載】ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー 第14回『レコード図鑑1 昆虫』

 
レコードが付いている本も聴くメンタリーの対象です

廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こす「DIG!聴くメンタリー」。今回も、よろしくどうぞ。
日に日に秋も深まり、部屋まで聞こえてくる虫の音が、かえって静けさを感じさせますね。そんなこの頃にぴったりの聴くメンタリーをご紹介します。『レコード図鑑1 昆虫』(1968/勁文社)です。
今回のは書籍。書店で売られていた教育図書に、セットで音盤が付いたものだ。今でも、テキストの内容を補完するCDやDVDが付いたこども向け学習図鑑はたくさん発行されている。その大先輩。
これは、おみやげで貰った。つい先日、地方出張に行った人が現地の中古屋で見つけ、僕なら喜ぶのではと買ってきてくれた。……喜んだのなんの! 嬉しくて、すぐに取り上げちゃう。

以前、ある制作会社の子が、あるアニメのキャラクターの携帯ストラップを集めていた。都道府県ごとにちがう服を着た47種類をご当地限定で販売する、よくあったやつだ。僕も他県のキオスクで見つけ、なんとなく面白がって買ってきてあげたら、「東北地方がやっと揃いました~」とニコニコだった。

その子曰く、ひとりで集めているうちは、まるではかどらなかった。それを会社で話したらあっという間に社内に広まり、ロケや出張で地方に行く、あるいは帰省する先輩などからどんどん貰えるようになったそうだ。おみやげを買う側としても、悩まずにすむし、安くすむし、ダブらない限りはまず確実に喜んでもらえる。ああいうのが流行ったのは、職場の格好のコミュニケーション・ツールになったからだろう。

ヘンなものを集めてる、がプロフィールの属性になると、こうしてちょっと得をするという話だ。
最近も、昔なじみの大阪出身の男とビールを呑んでいた際、こんな会話になった。

「おまえ、ドキュメンタリーのレコードがどうしたとか、何か書いてるようやな」
「うん。別におめーがオレの名文を読んだところでよ、面白いかどうか分かんねえど」
「昔、物好きで買った古いLP、どうしようかと思っててな。おまえが要るなら譲るか」
「そうねえ。別に、まあ。捨てるぐらいなら貰っとくか。どんなん?」
「夜の新宿ドキュメント、だったか、そんなタイトルや。昭和40年代位の、ホステスや酔っ払いにインタビューしてるヘンな内容でな」
「そんなの持ってるのッ! ああ、そ、そうだキミ、昔からユニークなものにアンテナ鋭かったよねえ。僕ね、ずいぶん感心してたんだよ、ウン」
「なんや、……欲しいんか」
「ほ、欲しい。です。……すごく」
「少し考えさせてもらうわ」

くそー、がっついたら急に惜しくなりやがった。油断して、交渉術における初歩の初歩を間違えてもうた。これは失敗例。


前回は昭和の
50年!
 今回はささやかに、虫

で、『レコード図鑑1 昆虫』。
入手してさっそく取り上げるのには、前回が『NHK放送50年 1925~1975』(1975・NHKサービスセンター)だった反動もある。放送から振り返る昭和史。スケールが大きかった。こういう堂々としたものを続けて聴くと、妙に落ち着かなくなる。そこに「虫のレコードが付いてる本、おみやげに買いましたよ」と言ってもらった。歴史から、虫。うまいこと針を逆に振れる。
「自分を歓迎してくれるクラブには入りたくない」式のユダヤ・ジョークがしっくりくる僕が、これまで唯一、入りたい!と熱望したサークルがある。一時期かなりハマったEテレのアニメ『おじゃる丸』(1998~)の、月光町ちっちゃいものクラブ。オケラや亀、カタツムリ、ハムスターら端役キャラが時折集まっては「グチを言い合う」だけの集まりだ。数ある「まったりまったり」なエピソードの中でも、ちっちゃいものクラブが出てくる話は特に、ラジカルなまでにささやかだった。僕の身の丈も、丁度これ位なんでしょうね。

内容をざっと内訳で出すと、本のほうは奥付を含めて72ページ。チョウ、トンボ、カブト虫などのカラー写真のあと、セミ科とコオロギ科の昆虫の特徴を各種類1ページずつ紹介。それから、セミとコオロギの体のしくみや飼い方などの解説文、という構成。
レコードのほうは、シングル盤と同じ17cmだが、33・1/3回転。A面は夏のセミ科、B面は秋のコオロギ科。それぞれの鳴く音を約15分ずつ収録している。
セミとコオロギをフィーチャーしている理由は、単純に、鳴き声を出す昆虫だからだろう。レコードとテキストの内容が連動した作りになっていることで、実は図鑑と呼ぶにはかなり偏っているのだが、読んでいる間は気にならない。なんとなーく納得させられてしまう。さりげなく強引で、上手い編集。
解説の文章は、子どもが読むと少し難しくて、大人が読むと柔らかい文芸味を感じる、なかなか絶妙な塩梅だ。例えば、幼虫時代に土に潜り、6年間は地中で暮らすセミのライフサイクル説明は、
「こんな苦労をして成虫になるのですがせいぜい20日位で死んでしまうのです。セミをもっとかわいがりましょう」
と結ばれる。


図鑑は、あの〈ケイブンシャの大百科〉のルーツだった

「死んでしまうのです」で終っていいところに、「セミをもっとかわいがりましょう」が付け足されている。大人読みすると、こういうところでウーンと唸ってしまう。ひょっとして、凄いことを言ってるんじゃないか?

そしたら、別役実の『虫づくし』(1979-88ハヤカワ文庫)が急に読みたくなり、よく顔を出す店の「全て1冊百円」の箱に常にあったのを買ってきた。「虫とは何か」を学術的に考察する振りをしてホラ話に終始する、素っ頓狂なエッセイ。前にパラパラめくって放り出したままだったのだが、改めて読むと面白かった。全くタメにならないことを綴っているから、考察する振り、だけが自然と浮き上がる。問われるべきは内容ではなく、振りに自ずと現れる姿勢・態度なのだ、という、実は極めて謹厳な本。

「セミをもっとかわいがりましょう」と虫を愛する姿勢を問われても、一般人は困るのだが、テキストを書かれた先生の思いはおそらくマジである。マジだから『虫づくし』とは真逆なのだが、マジゆえに別役実の世界とよく通じている。

この本を出したのは勁文社。けいぶんしゃ。どこかで聞いたな……しばらくしてから、アーッとなった。1970~80年代にガキンチョだった人の多くが読者だったはず。〈ケイブンシャの大百科〉シリーズの、勁文社なんだ。

あのシリーズ、僕も一体、何冊買っていたか分からん。そのうち、ボーイスカウト時代に参考にした遠藤ケイの『野外冒険大百科』(79)だけは捨てるのが惜しくて、実家から持ってきている。今、本棚の奥から引っ張り出してめくってみたら、あまりに充実したアウトドア入門書なので驚嘆した。よくある問い〈無人島に持っていく1冊〉にリアルに答えるとしたら、これだろうね。

もともとはこの出版社、フォノシート(ソノシートの商標上の別名)の発売から始まったのだという。60年代はずっと経営は苦しかったが、1971年に怪獣ブームにあてこんだ『原色怪獣怪人大百科』がベストセラーになり、中堅出版社に成長したと。
『原色怪獣怪人大百科』は1968年生まれの僕にとっては伝説的な本で(編集したのは後にノンフィクション作家になる佐野眞一って、ホント!?)、現物を拝んだことはない。その代わり、名称を変えて年鑑形式で刊行を続け、大百科シリーズの基軸となった『全怪獣怪人大百科』には、お世話になりました。

つまり『レコード図鑑1 昆虫』は、勁文社が試行錯誤を続けていた時期の本。ソノシート製作・販売のノウハウと、後の子ども向け情報書籍路線をつなぐ、ミッシングリンクのような存在だ。今回は聴くメンタリーとして紹介しているが、こういった話、興味のある古書好きの方もいるのではないでしょうか。

▼page2  コオロギたちの超絶ソロ演奏をコンピレーション に続く