【連載】ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー 第14回『レコード図鑑1 昆虫』



コオロギたちの超絶ソロ演奏をコンピレーション


さて、一通り本を読んだところで、いよいよ添付のレコードを聴く。

最後のページに、レコードの聞きかたの注意、の項目があるのだが、
「音を十分絞って、虫の実際に鳴いているときと同じに、極めて小さい音にして聞いてください。音楽などのつもりで、大きくして聞こうものなら、実におかしな感じの音になります」
と書いてあって、少なからず感動してしまった。

だって今はレコードも何も、なんかって言うと〈PLAY IT LOUD!〉ってけしかけられるじゃない。デリカシーがあって実に素敵だ。聴くメンタリーには、〈爆音〉とは真逆のテーゼがあるんだ。

B面には、コオロギ科13種類の無き声が約1分ずつ収録されている。ひとつひとつ、書き取って見る。
(A面のセミは、秋になってから入手したせいか、どうにも気がいかなかった。セミには申し訳ないけど、キミたちの鳴き声について触れるのはいずれ……)

スズムシ 東北北部以南
ピピリィィーン、ピピリィィーン、ピピリィィーン

マツムシ 東北以南と高地をのぞく各地
ピッピピィ、ピッピピィ、ピイッピピッピィ

カンタン 日本各地、山地に多い
パディティティティティティティ

エンマコオロギ 道南、高地まで広く分布
ピュヒュヒュヒュピュヒュヒュヒュヒュト

エンマコオロギの、メスが近づいた時
ピュヒヒュ……、ヒューウー……ピョピヒュ、ヒューウルルル……

タイワンエンマコオロギ 紀伊半島以南の太平洋側
ピィヒヒッヒルル、ピィヒヒッヒルル、ピィヒヒッヒルル

エゾエンマコオロギ 北海道と日本海側の海岸
ピュウルイッ……ピュウルイ……

クサヒバリ 東北以南
ティルリリリリリリリリ、ティルリリリリリリリリ

カネタタキ 関東より西
ピヒュッヒュッヒュュ……ピヒュッヒュッヒュッ……

イソカネタタキ 房総半島より南
ピキキチヒッ、ピキキチヒッ、ピキキチヒッ

アオマツムシ 東京、伊豆半島、京都嵐山などに限定
ピキーッヒッピ、ピキーッヒッピッピ

ツヅレサセコオロギ 北海道と山地をのぞく各地
ビィギィイイイ、ビィギィイイイ、ビィギィイイイ

ツヅレサセコオロギの、メスが近づいた時
ビィギィ~ギィ~……ビィギィ~ギィ~……

ミツカドコオロギ 北海道と山地をのぞく各地
ディギギギギギギギギッ、ディギギギギギギギギッ、ディギギギギギギギギッ

タンボコオロギ 関東より西
ヴジディディディディ、ヴジディディディディ、ヴジディディディディ

最後に「浅間高原にて」と女性のナレーションが断って、数種類が一斉に鳴く虫のコーラス。

……それなりに頑張ったものの、正確に書き取れた気が、全くしない。
「ピ」一つ取っても、ビ、ブ、ギなどが折り重なっている。「ピ」はその全体の仮の代表に過ぎない、という感じ。連載の第7回で『梵鐘』発売年不明/CBS・ソニー)を取り上げ、鐘の音を書き取ったが、あれより難しかったかもしれない。

少なくともコオロギたちが、僕が今まで認識していた以上に繊細な音楽家であることは分かった。書き取りに数時間かけて苦労した今となっては、スズムシはリーン・リーンと鳴く、なんて単純なカテゴライズにはもう戻れない……。「マツムシはチンチロリン」だなんてあっさり書く小説家が今後いようものなら、いいからちょっと、そこに座ンなさい。


コオロギの鳴き声は気温によって変わる

コオロギの羽の太い脈の裏側には、ヤスリの歯のようなギザギザが細かく付いている。もう一方の羽の脈には「まさつ片」と呼ばれる、太く出っ張った部分がある。コオロギが羽を震わせると、ギザギザとまさつ片がこすられ、その振動が羽全体に伝わって、膜のように特に薄い部分から音になる。つまり二枚の羽のなかで、楽器に当たる部分とアンプ、スピーカーが一体になっているわけだ。
レコードを聴いてから本のほうに戻り、鳴くしくみについて読むと、フムフムなるほど、と理解が深まって面白い。まんまと、編集者の意図通りの読者になってる。

ここまで知ったらワクワクしてきて、夜中に近所を歩き、ICレコーダーで茂みの虫の音を録音してまわった(プロの録音マンの方、テキトーな道具ですみません)。改めて耳を澄ませば、本当に何種類もコオロギがいる。今までほとんど意識していなかった分、嬉しい気持ちになった。いい鳴きがあると、つい、人さまの家の庭先にもこっそり忍び込んだ。これだけはオススメできないが、楽しかったですよ。

レコードに収録されているなかで、「だいぶ声が聞かれなくなった」と本で解説されているのは、アオマツムシ。戦前は東京によくいたが、戦火と戦後の農薬禍で激減したという。47年前にそう書いてあるのだから、今では絶滅か……と思って調べたら、今も各地で健在のようだ。コオロギってしぶとい。

ICレコーダーで録音したものをレコードと聴き比べたところ、どうも、僕の現在住んでいる町(川崎市では一番標高の高い北部)では、エンマコオロギとクサヒバリが多いようだ。あと、非常に実務的に単音で鳴くやつが、公園でも住宅地でも目立った。ツヅレサセコオロギと思われる。名前がマイナーな割にはこいつ、けっこう代表的な存在みたい。
澄んだ「ピ」が前に立って聴こえるのは、中世からの秋の虫の二大スター、スズムシとマツムシではないかと思われたし、思いたかったが、確証は持てない。どうも、エンマコオロギの中でもいい羽を持ったやつが、いいコンディションで鳴いた気もする。
(いったん書き終えた数日後、出かけたついでに、日が落ちてからの埼玉県入間市、明治神宮それぞれのコオロギの音によく耳を澄ませてみた。どっちの鳴き声も近所より高く、艶があるように聴こえて仕方なかった。「となりの芝生は青く見える」効果かもしれないが)

そう、個体差や土地を考え出すと、ますます、スズムシはリーン・リーン、と簡単には言えなくなるのだ。特に気温によって、鳴き声はずいぶん変わるらしい。
再び本に戻ると、レコードのコオロギの鳴き声の多くは、秋の半ば、気温は24~26℃の夜に収録されたそうだ(レコーディング・データに触れているあたり、聴くメンタリーとして好感が持てる)。これより気温が高いと、周波数が高くて早く鳴くように聴こえ、気温が低くなると(15℃で鳴かなくなる)周波数も低くなって、ゆっくり鳴くように聴こえるとのこと。
秋の初めは虫の音もあちこちで若々しく元気よく、冬が近づくと時折、寂しく老いた鳴きが聴こえる程度になる。そんな、情緒的な解釈だけをしていると少し間違えるんだね。鳴き声はもっぱら異性にアピールするためで、おつきあいが済んだら、後は鳴く必要が無い。卵を産むのに忙しくなる。

異性と出会って卵を産む、結局はそこにコオロギの人生は集約されるのか。
メスが近づくと鳴き声が〈誘い鳴き〉にコロッと変る、そんな恥ずかしいところを人間に録音・記録されちゃって、コオロギも災難ではある。聴いていると、男と女をひとりずつ地球からさらい、つがいにして生殖行動を観察したトラルファマドール星人(ヴォネガットの小説に出てくる)みたいな気分になる。
このレコードに収録されているエンマコオロギなんて、凄い早鳴きなのに、〈誘い鳴き〉になった途端、やたらスロー&メロウになっちゃうんだから。おまえはエリック・クラプトンか。

しかし、人間もそうなのでしょう。個体差と言いつつ、基本はどっかコオロギと変わらないのでしょう。
以前、後輩とビールを呑んでいて、「若木さんが好きなひとって、○○さんじゃないですか?」と隠していたのを不意に言い当てられ、ギョッとしたことがある。
無理くりトボけたのだが、「そうかなあ。若木さん、あのひとに声かけてる時は妙に優しくて、他の女性と話してる時とは違ってたんですけどね」と続けられ、冷や汗をかいた。コオロギと同じ位、バレバレだったのだ。やっぱり、月光町ちっちゃいものクラブに入りたい。

盤情報

『レコード図鑑1 昆虫』
1968年/1,300円(当時の価格)
勁文社
 

若木康輔(わかきこうすけ)
1968年北海道生まれ。本業はフリーランスの番組・ビデオの構成作家。07年より映画ライターも兼ね、12年からneoneoに参加。前回、ポール・マッカートニーがアルバム『タッグ・オブ・ウォー』に綱引き大会の音を入れたことを話題にしましたが。ザ・ビートルズ時代もやってたことに衝撃的に気付きました。なんとあの『アビイ・ロード』。「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」から「サン・キング」へのブリッジ、あれコオロギですぜ。マツムシかなあ……UKのコオロギは分からん!とにかく「ポールも聴くメンタリスト」説の有力な証拠です。http://blog.goo.ne.jp/wakaki_1968

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