【Interview】命ある限り、人は歯車を回し続ける〜文化庁文化記録映画優秀賞受賞記念 『抱擁』坂口香津美監督インタビュー

『抱擁』より ©SUPERSAULS

編集で気がついた母の姿

——編集についてお聞きします。編集の段階で心がけたことは何かありますか。

坂口 一点、意識したのは、感情移入をしないこと。突き放すまではいかないかもしれませんが、何より母を主観的に見るのを嫌悪したんです。あくまで母を素材として、冷徹にみることにしました。カメラに写ってしまったものは、どんな素材でも美化されてしまいますからね。セルフ・ドキュメンタリーだし。思い入れを徹底して排除したいと思いました。主観的に映したものを主観的に編集しても、それは悪臭が漂うものにしかならないから。

そのためには長回しを切って、テンポよく編集することを心掛けました。いかにも自分の家族を見て下さい、というショットは気持ち悪い。母が背負っているものを見せるために、母への感情移入をストップさせるような繋ぎ方で、母ではあるが、母ではない別人と思って取り組みました。

母はどこにでもいるような、何ものでもない市井の人で、まじめさゆえに働いていた工場で皆勤賞をもらったことはあっても、世の中に誇るような立派な功績があるわけではありません。だからこそ山でいえばすそ野で生活する母のような存在や、誰もが逃れることのできない老いや近しい者の死による悲嘆など、母が背負っている様々な事柄が普遍性を持つのだと思います。

——編集段階であらためて見えてきたお母様の姿、というのはありましたか。

坂口 「変化があった」ということですね。撮っている時は分からないんですよ、4年前の顔というのは。単純に伯母の白髪が増えたとか、母の乳房が膨らんだとか、肉体的な変化もありました。

編集を始めるまで、撮られた素材を見たい気持ちは一切起こりませんでした。あまりにも濃密に撮っていたし、撮ってはいけないものを撮っている気がしていましたから……。ですからいざ編集で、母の姿を見た時はショックでしたね、こんなにやつれていたんだと、はじめて思いました。

84歳の母の乳房を見せる映画って、ふつうは無いと思うんです。でも僕はどこか客観視をしているから、見せて当然だと思っています。この映画は確かに極私的なものだけれども、極私的なものをより多くの人にみてもらうことで、極私的なところから逃れたい思いがあるわけです、そうでないと、映画にして作った意味が無い。母親の裸があるのも、肉体が必要だから撮ったんです。やせてしなびたおっぱいが、豊かなおっぱいになっていく、その変化は一目瞭然です。心の中はなかなか可視化できませんが、いってみれば、おっぱいで分かる物語なんですよ。 

命ある限り 人は歯車を回し続ける

——『抱擁』はセルフ・ドキュメンタリーですが、カメラを向けることがセラピーになっているのではなくて、見守り続けながら、風土に受容されていく一連のプロセスが映画になっている。カメラを積極的に介在させ、相手のアクションを引出しているわけではない。若者のセルフ・ドキュメンタリーとは、また違った位置関係や距離感がある、と思いました。

坂口 例えば、『ゆきゆきて、神軍』(1987、原一男監督)のように、能動的に動く主人公を追っていくような作品もありますが、本作はカメラの前にやって来る様々な人々を受容し、享受していくという、受け身的なカメラワークです。カメラの前に現れるいろいろな人たちのサポートを受けながら変容していく主人公の姿、少しずつ事態を進めていく、そのような動き方、撮影方法になっていきました。

特に、本作の場合、テレビのように撮影の帰着点、期限があるわけではない。いつカメラを止めてもいいし、撮らなくてもいいんです。何かを捉えなくては、という使命感よりも、母との関係性を撮っていたのだと思います。母が狂わないように、つなぎ止めるような役割を撮影に負わせて碇のような感じでカメラを回していた、ということですね。

——この『抱擁』を作ったことで、あらためて坂口監督がお感じになられたとはありますか。

坂口 人間にとって大切なことは、歯車を回し続ける、ということです。『夏の祈り』の時も感じましたが、明日死ぬかもしれない人が這うようにして被曝劇の舞台に立って、子どもたちに伝えたいと命からがら演じきる。その姿は、人生の歯車を回しきった安堵感、幸福感に包まれていました。『抱擁』でも、娘が亡くなり、夫が亡くなり、力尽きて亡くなっていく人も多いけれども、そこから先に始まる新しい人生があることを、母の中に発見して、それを撮ったのだと思います。人間、絶望の底に落ちたところから、新しい人生が始まる。そこから生きる力や喜びが湧いてくるのだ、と知ることができたのは収穫でした。

今年4月、渋谷のイメージフォーラムで劇場公開した時、母は叔母と東京に来て、一緒に映画を観ました。劇場で叔母は最初から最後まで泣きっ放しだったんですが、母は自分の映画を「面白い」って言っていました。母があまりに笑って声を上げるもんだから、僕は母の口を押さえたくて必死だった(笑)。「面白い」と言ったあとで、「自分の裸が出てくるから、恥ずかしいよ」と顔を赤らめて言うんですよ、84歳の母が。不思議なもんだなあ、映画という装置は、って。4年間、息子の僕が母を記録し続けた極私的な映像が、映画館のスクリーンを通じて社会化するというのは、今でも不思議な気持ちです。

——最後に、映画を観たお客様の反応を聞いて考えられた事があれば教えて下さい。

坂口 一番聞かれるのは、母は元気になりましたか? とか、今どうしてらっしゃるんですか? と、いうことです。僕と母とのできごとを、自分の家族に起きている問題として考えていただける方が多いですね。毎回、劇場ですすり泣く声を聞くと、「母がここにもいる」とあらためて思います。

妻を亡くされて、生きる希望が無いと言っていた85歳の弁護士の方が、『抱擁』を見て、もう少し頑張ってみよう、と仰られたこともありました。そういうお話を聞くと、やはり人生は諦めてはいけないなあ、と。

母も東京で僕とあのまま二人で閉ざされた空間で暮らしていたら今頃、どうなっていたことか。実際に精神病院的な施設に入れるしかありませんね、と言われたこともあったんです。厳しい状況になったら、とにかく孤立しないで部屋のドアを開けて助けを求めること。SOSを自分の中で処理しないで、勇気を持って、きちんとアピールすること。家のなかに積極的に社会を取り入れること。それが大切なんですね。

『抱擁』より ©SUPERSAULS

【公開情報】

『抱擁』
(2014 年/93 分/16:9/カラー/日本)

監督・撮影・編集:坂口香津美
出演:坂口すちえ 宮園マリ子 坂口諭
プロデューサー・編集: 落合篤子
音楽・ピアノ演奏:大沢充奈 ソプラノサックス演奏 齋藤有以 アルトサックス演奏 若山皓平
音楽録音: 一本嶋 諭  音響デザイン:山下博文
製作・配給 :スーパーサウルス
公式サイトhttp://www.houyomovie.com

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【監督プロフィール】

坂口 香津美 Katsumi Sakaguchi
1954年生。これまで家族や若者を主なテーマに、テレビのドキュメンタリー番組約200本の企画演出を手がける。
映画監督として、劇映画4本、ドキュメンタリー映画2本を手がける。1作目『青の塔』は引きこもりの若者の自立への芽生えを、2作目『カタルシス』は殺人を犯した少年の罪との出会いを、3作目『ネムリユスリカ』(ロッテルダム国際映画祭ほか正式招待)は性犯罪により生まれた少女の17年後を、4作目『夏の祈り』は被爆地長崎を舞台に高齢被爆者の祈りを描いている。
本作『抱擁』は、本年度の文化庁文化記録映画部門・文化記録映画優秀賞を受賞。
最新作は、津波で家族を失った幼い姉妹の心の旅路を描いた『シロナガスクジラに捧げるバレエ』(2015)。

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