【Interview】国家に長い間拘束された人の傷は深い。それを伝えたかった~『ふたりの死刑囚』齊藤潤一プロデューサー・鎌田麗香監督インタビュー

一度関わった以上は、最後までやり尽くさないと

 素朴な感想を言うと、袴田さんの姿、本当に見せてもらって良かった。

鎌田 ああ、そうですか。

 作り手の主旨とズレるかもしれませんが、励まされた気持ちなんです。袴田さんが外に出てきた時、僕はニュースを見て、ああ、廃人のようになってしまっている……と感じて。その人の数ヶ月後、どんどん活き活きしてくる姿を見て、ちょっと、ワーッとなりました。人間にはこれだけの回復力があるんだ、と勇気づけられるような。お姉さんがずっと傍にいたことが大きかったんだと思いますけど。

齊藤 嬉しいですね、そう言ってもらえると。

 あの復帰ぶり、簡単には潰されないぞ、という姿こそが怒りの表明であり、最高のしっぺ返しなのだと考えると、さらに感動的です。一方で、奥西さんが外に出られないことがより際立つ構成になっているわけですから、齊藤さんとしては無念だったと思います。獄中死で終らせるわけにはいかないとおっしゃっていたから。

齊藤 奥西さんは、『約束 名張毒ぶどう酒事件死刑囚の生涯』を作っている頃にはもう病院で寝たきりになっていました。しばらくしてから危篤状態になり、もうダメか……と思った時期もあったけど、そこから奇跡的に復活して。

でも結局は気管の切開手術でものも食べられない、声も出ない、喋れない、意思疎通が本当にできない、という状態が2、3年も続きましたから。実は最近は「もう早く楽になってほしい」という気持ちが芽生えていましたね。ここまでやった、頑張ったんだから……そういう風に、心境は変化していました。

ここまで生きたからこそ、身をもって司法の矛盾や問題点を世に知らしめた。そういう意味では奥西さんの死は犬死にではなかった、社会に対して大きな使命を果たした。最近はそう思うようになっています。奥西さんが亡くなって、残念だった、で終わるよりも。

 途中で、帝銀事件に触れるシークエンスになり、塀の外で死刑囚を支援することの重たさを教えてくれます。

鎌田 あそこは、途中の稿で消えたり、また浮上したりでした。実はテレビ版では、カットする第一候補だったんです。ふたりの死刑囚、とタイトルに出しているわけだし。

でも、奥西さんが獄中で老いていることと、その支援について見る人に考えてもらうためにも、平沢貞通さんのことは要素として必要だったし、今でもやっぱり残してよかったと思います。

 削るとしたら第一候補だったかと思いますが、非常に効果的です。無ければ、家族の支えの重みを、もっと情緒的に見て流していたかもしれない。

齊藤 名張事件も、妹さんが亡くなったら引き継ぐ人がいなくなりますから。結局は司法がそういう風に引き延ばして、事件を闇に葬るつもりなんじゃないか、と連想せざるを得ないんです。そういう意味でも必要でした。

 僕は正直、どんな社会問題もそうですけど、冤罪についていつもは考えられていない。だから、東海テレビのこの一連のドキュメンタリーは有り難いです。「そろそろ忘れていませんか?」って、定期訪問でノックしてくれる感じで。

鎌田さんは今後、引き継いでいく気持ちでしょうか。

鎌田 はい。異動があった場合は……どうなんでしょう(笑)。齊藤が部長でいる間は大丈夫だと思っているんですけど。でも、それ位のあやうい希望ですね。小さな会社ですから。

 現在は他の番組を作っている?

鎌田 ニュースの記者なので、基本的に毎日、ニュースの取材をしているんですよ。ドキュメンタリーをやる時は、ある一定期間はそっち優先でやらせてもらっているんですけど、放送が終わったら普通に記者に戻ります。

 つまり日常的に、ニュース用に数分のVをつなげているわけですね。

鎌田 はい、週に1回は約5分位のものをつないで、それ以外も1分、2分、3分のものをやっていますね。自分でオペレートするのではなく、編集マンがいて、という形ですが。

齊藤 そう、オペレーターがいるんですよ。ローカル局の多くの記者の方は、自分で撮影して原稿を書いて編集までしていますよね。ドキュメンタリーは、レギュラー番組の無い休日に撮影して。それに比べたら、うちは恵まれた環境にあります。頭が下がります。

 一方で、先輩方が継続して作ってきた案件ですから、重荷に感じる面もあったのでは。どうせやるなら自分のものをやりたい、と思ったことは。

鎌田 それは……ありましたね。爆弾が来た!みたいな感じで(笑)。でも、一度関わった以上は最後までやり尽くさないと、と思っています。そういうもんじゃないですかね。再審請求を引き継ぐのと同じですね。

齊藤 僕がもう亡くなってしまったみたいだな(笑)。

鎌田 そういうわけでは……。齊藤も、その前のディレクターの門脇も、自分が取材しているうちに解決してもらいたい、と願っていたと思うので。

記者じゃなく人として、といつも心がけています

 会えない人、接見して取材できない人を対象にドキュメンタリーを作り続けるのはどこか無理筋を抱えた作業で、本当に苦しかったろうと思います。鎌田さんが引き継いで、直接に会える袴田さんの比重が大きくなっていくのも自然の流れかと。

ただ、変化はそれだけではありませんね。奥西さんの妹さん、袴田さんのお姉さんの存在感が、ヒタヒタと伝わってくる。女の人の強さについての映画にもなっています。

鎌田 そこは、私が同性だからだと思います。ついつい、そっちのほうに目が行ってしまいますね。お姉さんだったり妹さんだったり、兄弟を信じて、信じ続けて支える家族に非常に共感を覚えます。

 鎌田さん、兄弟は?

鎌田 兄がいて姉がいて、私です。末っ子で、はい。

 好き勝手に生きるタイプの典型だ(笑)。でも、あそこまで支えることには、ふつうに仲睦まじいと感心して済まされないものを感じます。

鎌田 本当に。今もし自分の兄弟が捕まったとして、あんなに支えられるかしら?って。「私の兄は冤罪だ!」と言い続けられるかな。

 あの女性たちには昔からの血縁の強さというか、自分よりも家族を大事にする価値観で育った人の強靭さを、とても感じます。でも、そこで美しさにまとまらない作りですね。

あの価値観は、奥西さんが犯人ということでよいと口をつぐみ、村を守ろうとしてきた人たちも全く同じでしょう。どちらも同じ日本人、コインの裏表なのだと浮彫りにされていく。強調されてはいないけど、この映画の一番の凄みだと思っています。

鎌田 今回の映画では使っていませんけど、名張で事件の関係者のお子さんに取材した時、「もしも自分なら、やったかやらなかったか言えますか?」と聞いたら、「言えない。だってうちは江戸時代からあそこに墓あるもん」と答えが返ってきて、ああ、やっぱりそういうものなのかって。確かに血縁を、本当に大事にされている。

 映画でも何人か、口を開いている人が出てきます。

齊藤 あれは改めて、鎌田が取材したんですよ。

鎌田 でも、齊藤たちが苦労してきた頃に比べたら、だんだん話を聞きやすくなっている気がしているんです。齊藤が取材に入り始めたのは再審開始決定が出た頃で、いったんは事件を忘れて静かになっていた村が揺れている時期。大変だっただろうなと思います。

齊藤 10年前はよく門前払いされましたね。僕は、最近は入っていないのですが、鎌田は「みんな80歳位になって寛容になってきている」って。本当かな、と思っているんですけど。

鎌田 80歳になったら人は喋りだすという法則が、私の中にあってですね(笑)。

 それは記者の経験で?

鎌田 最近、戦後70年のテーマで取材していると、相手は大体80歳以上の方で。(今になってそれ喋る……?)と驚くような話がよく出て来るんです。

齊藤 晩年を迎えて、今のうちに喋っておきたいと。

 高齢の方の「若い人に伝え残したい」という思いに、倫理や熟慮だけでないものを感じる時はあります。なにかもっと生物学的な、本能のような。そう解釈しないことには、なぜ今まで黙っていたのか、急になぜ話し出すのか納得しにくいところがある。

鎌田 それ、分かります。世の中が変わってきたことも大きいかもしれませんけど。なんか、話してくれるんですよね。今になって。もう少し前に言ってくれれば、今という時代が変わっていたかもしれないのに、と思うようなことを。

 しかしそれも、聞く側に訓練が備わっていてのことでしょう。鎌田さんが袴田さんにアプローチする時、ふつうの女の子がなんか来ちゃいましたって感じでモジモジしてて(笑)、そういう入り方なんだと感心しました。自分なりの取材方法があれば、教えてもらえると。

鎌田 そういうのは全然、無くて。大体、自分が記者だと思ってないんです。そこだと思います。仕事や人に対しては、記者じゃなく人間として接しようと常に心掛けています。後輩を指導する時にも、なるべくそう言うようにしています。

あの、記者然としている新聞記者とか。ダメなんですよ、私。たまにいらっしゃいますけど(笑)。

 取材する時、いい話を聞きたい、なにか抜いてやろうって色気は出るだろうし、それが伝わると警戒されるだろうし。そこは難しい仕事では。

鎌田 そうですね。だからあんまり、こう、抜いてやろうとか思っていないかもしれないです。

齊藤 鎌田は袴田さんと、まず会話をしたいと。それでボクシングジムに通うところから始めているんですよ。共通の話題が欲しくて。もうひとつは、作品の中にも出てくる将棋です。若い女性はやりませんからね、普通。たまたま編集マンが将棋好きだったので、一所懸命教わって。

ある時、編集室に行ったまま帰ってこないので、素材を見てるのかな……と覗いたら、2人で将棋盤を睨んでた(笑)。

鎌田 将棋は、はまっちゃって。

齊藤 袴田さんに少しでも近づきたい、という思いですからね。
『ふたりの死刑囚』より ©東海テレビ放送

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