鎌田麗香監督(左)齊藤潤一プロデューサー
昭和36年に起きた、名張毒ぶどう酒事件。東海テレビは長い報道と取材の蓄積に基づいた結果、無実を訴え続ける奥西勝死刑囚は冤罪であるという立場を取り、ドキュメンタリー番組を継続して製作。再審請求と取り消しが繰り返される経過を伝えてきた。
「重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~」(06)
「黒と白~自白・名張毒ぶどう酒事件の闇~」(08)
「毒とひまわり~名張毒ぶどう酒事件の半世紀~」(10)
そして、2013年に劇場公開された『約束 名張毒ぶどう酒事件死刑囚の生涯』
(この映画については、こちらのインタビューを参照ください。http://webneo.org/archives/7565)
しかし、奥西勝は2015年10月4日、89歳で獄死。『ふたりの死刑囚』は、その無念を受けての緊急公開となる。前作までディレクターだった齊藤潤一の初プロデュース作であり、鎌田麗香の第1回監督作品。
作品の特色は、奥西の弁護団や4歳年下の妹と並行して、2014年、1966年の袴田事件から48年振りに釈放された袴田巌と、彼の世話をする3歳年上の姉の暮らしも追っている点にある。ふたりの死刑囚の人生を対照的に描くことが、自ずと、ふたりの女きょうだいを描くことになっている。
『ふたりの死刑囚』を見て、僕が唐突に思い出したのは柳田國男の「妹の力」だった。1925年に『婦人公論』に初めて掲載された小論。大正の新時代は、男女のきょうだいが公然と仲良くしても構わなくなった。しかし歴史を遡れば、女は隠れながら常に政治や事業に参加していた。女きょうだいは家の中で、男を支える、巫に通じる力を持っていた―と考察していくものだ。
(取材・構成=若木康輔/構成協力=リンリンコリンズ凛凛)
※編集部注 この取材は2016年1月におこなわれたものです。
諸事情により掲載が遅れましたことをお詫びいたします。
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鎌田はそこらの男より根性があるんです
― これが鎌田さんの監督デビュー作。堂々とした作品で、凄いことだと思います。たまにプロ野球でいるんですよ、初登板初先発で巨人に勝っちゃうルーキー。
齊藤 ああ、元中日の近藤真一とかね。(※1987年、18歳で史上初の初登板ノーヒットノーランを達成)
― そうそう、近藤が出てきた時の、あの鮮やかさを思い浮かべました。ボールを無心にミットに放り込んでいる感じ。
鎌田 その後はどうだったんですか?
齊藤 肩を痛めてしまってね、現役生活は短かった。
鎌田 えーッ……(笑)。
― いえいえ、連想したのは新人らしい思い切りの良さってことなんです。
このサイトに関わる関係でドキュメンタリー映画によく接していると、本当にみなさん、コンセプトや切り口に知恵を絞っています。オッと思わせる工夫のものを、見る側も求めるところがありますし。
ですからこの『ふたりの死刑囚』のように、まず知らせたい、伝えたいことがある、だから作った、という順番の映画を見ると、そのまっとうさをとても新鮮に感じます。もちろん、いろんなことを考えながらのはずですけど。
鎌田 うーん、考えてないと思いますね。ただ、がむしゃらに投げて。自分では、けっこう打たれたと思います(笑)。
― メインスタッフは、前作から引き続いていますが、その前から?
齊藤 カメラマン、編集マン、効果マンなどは「重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~」からほぼ変わりません。ディレクターが僕から鎌田に変わっただけで、ずっと同じスタッフでやってるんですよ。
― 齊藤さんは局内で、管理職になったと考えてよいですか。
齊藤 そうなんです。だから、もう現場には出ちゃいけないと言われて、誰かに引き継ぐしかなくなって。部下は沢山いるんですけど、その中で鎌田を選びました。
― 必ず聞かれる質問だと思いますが、鎌田さんに白羽の矢を立てた理由は?
齊藤 まず鎌田は、警察・司法担当記者だったんですね。記者の仕事のうち一番しんどいのは警察担当なんですよ。365日24時間、いつ事件や事故があるか分からないので基本的に全て拘束されています。もし何か起きたら夜中だろうと休日だろうと「すぐ現場に行けー」となりますから、なかなか精神的にタフじゃないと務まらないんですね。
それに殺人事件が起きたら、本当にこれは一番やりたくない仕事なんですけど、被害者の方の顔写真を取りに行ったり、犯人が逮捕されたら犯人の家族のところにインタビューに行ったり。誰もやりたくない、本当にしんどい仕事を2年間きっちりと務めあげて、しかも幾つも特ダネを抜いてきたんです。
鎌田はそういうタフさと粘り強さを、男性以上に持っているんですよ。外見からはそう見えないでしょうけど。
冤罪事件の取材は非常に難しくて、基本的にはみんな取材を嫌がります。積極的に答えてくれる人はほとんどいません。奥西さんの妹さんも当初は全く取材を受けてくれませんでしたし、村の人たちも“奥西勝が犯人”で終わりにしたい話なので「なぜ今更あの事件を掘り返すんだ」と、なかなか取材に協力してくれない。それは裁判所、警察、検察も同様です。基本的にはこのまま事件を終わらせたいから。
弁護団が唯一取材させてくれますけど、20何人もいるので、全員が全員、マスコミに対して協力的なわけではない。相当に粘り強い記者でなければ、突破するのは困難です。それで僕は、彼女しかいないな、と思ったんです。
― いわゆる“サツまわり”。鎌田さんはもともと志望していたんですか?
鎌田 はい。報道部にいる以上は警察担当をやりたいと入社時から思っていました。でも、なかなかやらせてもらえなくて、入社5年目位にやっとなったんです。
― 厳しいところにあえて身を置きたい、という欲求でしょうか。
鎌田 そういうところはあったかもしれません。でも実際は、野次馬みたいな感じですかね。事件の現場に行ってみたい、で、知った以上は誰かに知らせたい。そういう感じだと思います。
齊藤 東海テレビで女性の警察担当記者って、初めてかもしれないね。
鎌田 初めてか20年振りか、と聞いています。
齊藤 女性には無理というわけではないんですが、体力的にも精神的にもしんどい仕事ですから、基本的には警察担当は2年で区切っています。それ以上やると本当に持たなくなるんですよね。その警察担当に鎌田を抜擢したのも実は僕なんです。
― それはやはり鎌田さんを、根性があると見ていた?
齊藤 そうです。その辺のひ弱い男なんかより、よっぽど根性がある。
鎌田 そんなことは……ないと思うんですけどねえ(笑)。
最初のOAのあと、奥西さんが亡くなられた
― いきなり現場に飛び込む記者の仕事と、取材を積み重ねてテープをつなげる作業。似ているようで違うところを、だんだん伺っていきたいと思います。
齊藤 そうですね。警察担当はガーッといく短距離走。ドキュメンタリーは長いスパンでコツコツとやっていく。そういう意味での違いはあるかもしれないですね。
― この映画も、東海テレビのドキュメンタリー番組がもとになっているんですよね。
齊藤 はい、昨年放送した「ふたりの死刑囚~再審、いまだ開かれず~」がそうです。当初は鎌田もまだ1作目ですし、映画化は頭には無かったんですが。作品が出来上がってみたところで初めて、映画にして多くの人に見てもらいたいな、劇場で公開してもお客さんに満足していただけるんじゃないかなと思いました。
鎌田 テレビのほうの長さは70分です。CMが入って80分。最初のOAは7月5日でした。10月25日の再放送の前、10月4日に奥西さんが亡くなられて、それを伝える分を追加しました。そこからさらに映画仕様になっているのが、この『ふたりの死刑囚』です。
― テレビ版からすでに、袴田さんと奥西さんの2人を追う構成だった。
齊藤 東海テレビとして2年おきぐらいで名張事件をやってきて、今回も基本は名張事件のみでいく予定でしたが、6作目になるともうなかなか切り口が無いんです。
― 以前のインタビューでも伺ったことですね。肝心の主人公に話を聞けない状態でドキュメンタリーを作り続ける難しさ。
齊藤 はい。その限界を感じて『約束 名張毒ぶどう酒事件死刑囚の生涯』はドラマにしたわけですが、今回は続編をどう作ろうかと話し合い、悩んでいた時に、ちょうど袴田さんが釈放されました。もしかしたらヒントが見つかるかもしれないと思い、「袴田さんを取材してみたら?」と鎌田に提案しました。
当初はあくまで名張事件がメイン。袴田事件は何か関連する形でほんの少しでも入ったらいいな、ぐらいの気持ちだったんですが、それを鎌田が一生懸命取材をして、人間関係を作って。いろんな取材ができて、いろんな画が撮れてきたものですから、これなら2本立てでいける、今回は名張と袴田事件を同等に描こうか、となっていったんです。
― 鎌田さんには鎌田さんの、これまでの記者経験で培った現場のスキルがある。それと長期取材との塩梅に興味を覚えます。最初の頃、袴田さんに「帰って帰って」と言われて、すぐに引き下がる。あそこはとても面白いというか、印象的です。
鎌田 はい。距離感が全然、分からなかったので(笑)。
― それが後半は、将棋をたまに指しに来るおねえさんみたいになる。長編取材ものを見る良さをつくづく感じるところですが、東海テレビは、組み上げるための素材をまず沢山集めることが基本方針と考えてよいでしょうか。
齊藤 そうですね、うちはとにかく取材をして、素材を沢山集めて、じゃあどんな料理を作ろうかという手法です。だからもう一所懸命……何本くらいテープ回ったんだろう。相当だよね。
鎌田 200本位です。ただ、今冷静に分析すると、結局はこういう構成にしかならなかったんじゃないのかな、と思いますね。編集マンと一緒にいろんな構成を考えましたけど、袴田さんを取材している期間と、これまで名張事件を取材している期間の長さは全く違いますから。袴田さんを軸にしたとしても、名張事件のことを織り交ぜざるを得なかったんじゃないかな。
齊藤 60分位の番組であれば、袴田さんだけでも1本は作れたと思います。でも、我々はあくまで名張事件をずっと撮ってきましたから、ここをどういう風に料理するかは、なかなか難しかったですね。
― 奥西さんのパートと袴田さんのパート。最初は約10分ずつで代わる展開で、段々とお互いが反響し合う流れになっている。あれはどなたのアイデアでしょう。
齊藤 その流れは鎌田と編集マンです。第1稿の段階から、2人がそういう風に作ってきました。
『ふたりの死刑囚』より ©東海テレビ放送
▼page2 一度関わった以上は、最後までやり尽くさないと に続く