【連載】「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第15回『ビートルズ物語』

 ビートルズがアメリカに初上陸、大ブームを巻き起こした1964年に緊急発売されたドキュメント・レコード。
“ファン向けグッズ”のパイオニア!

ザ・ビートルズ史上、最も聴かれないレコード

廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こす「DIG!聴くメンタリー」。本業がひどくたてこんでしまい、しばらくお休みしておりました。久し振りの更新となります。よろしくどうぞ。

さあ、どんな盤から再開しよう。相談役になってくれている映画プロデューサー・大澤一生とつらつら話し合って、どうせならドーンとした王道を選んでは、と提案された。
そこで今回は王道も王道、レコードの世界の大横綱、ザ・ビートルズの登場だ。

といって、音楽を楽しもうってんじゃない。ブツは、数年前に手に入れた『ビートルズ物語』(1964/東芝EMI)。

大ブレイク中だったザ・ビートルズのここまでのあゆみや、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴそれぞれのプロフィールをナレーションで紹介し、合間に4人の肉声や楽曲の一部を織り込んだ、ドキュメント・レコード。おそらく、聴くメンタリーの中では最も市場に出回った、ケタ違いに売れたものだろう。
僕と同年代か、少し年上でビートルズに一度でも凝った方々なら、このジャケット、きっと見たことがおありなはずだ。そして、実はまともに聴いたことはない……という人が少なくないのでは。

 



月々の限られた小遣いやアルバイト代の中から、誰の、どのアルバムを買うか。その選択はいつもシビアだった。いくらビートルズが好きでも、曲がまともに入っていない、解説ナレーションばかりのもの(しかも2枚組)なら、すみませんけどポール・マッカートニーのニュー・アルバムを選びますよ。今度のはマイケル・ジャクソンとのデュエット曲が入ってるし……これが、中学高校の時の、僕の実感。
2014年、本盤が初めてCD化された時、「CDジャーナル」web版の記事で、ロック漫筆家の安田謙一が、

「“買うべきか買わざるべきか”とビートルズ初心者を悩ませ続けたアイテムだ」

と紹介していて。さすが、いつも面白い文章を書く安田さん、ものの1行でかゆいところに手が届く!と笑った。ホントその通りなので。

かつて一度は聴いている。同級生のお姉さんが持っていた。市民病院の看護婦で、日本で出たビートルズ関連(とチューリップ)のレコードは全部買い揃えていた根性のあるひと。非番の日に、遊びに行って聴かせてもらった。部屋の明るいカーペットの色がまぶしく、出してくれた紅茶とジャムトーストがおいしかった。そんな中で流れる『ヘイ・ジュード』(1970/編集盤)や『レット・イット・ビー』(1970)。男きょうだいで育ったので、年上の女性の部屋にあるものは全てがステキだった。

それでもこれは、「2枚目(C・D面)はどうする?」と聞かれ、即座に「いいです」と断った。英語でおじさんが「ザ・ビートルズ・イズ……」と長々としゃべってばかりだったので。聴くメンタリーのテーマが自分に無ければ、今でも、数百円だろうと買ったかどうか分からない。現在、大手の通販サイトで1万円以上の値が付いているのは、いくらなんでもふっかけ過ぎだと思う。

 

ザ・ビートルズ再発の歴史は、1987年がひとつの区切り

そんなナレーションばっかりのレコードから、どんな発見ができるかを今回も書いていくが、その前にもう少し、本盤の成り立ちについて説明が必要だろう。僕より年下の人のなかには(あれ、ビートルズにこんなアルバムがあった? 正規盤ではないンじゃないの?)と首を傾げる人がけっこういると思うので。

『ビートルズ物語』は、かつてはれっきとした正規盤だったのだ。ただし、アメリカでの発売権を持っていたキャピトルが独自に製作したもの。イギリスではオリジナル・アルバムにカウントされなかったので、ずっとCD化されず、廃盤のままだった。

現在まで続くザ・ビートルズの再発史は、1987年の2月に始まった初CD化で大きく前後に分けられる。この時、ファーストは『プリーズ・プリーズ・ミー』(63)、セカンドは『ウィズ・ザ・ビートルズ』(63)……と、本国イギリスのオリジナル・アルバム発売順が“正史”として採用された。アメリカや日本で独自に編集・製作された盤はCD化されず、公式カタログにも載らなくなった。

ここからファンの受容がクッキリと分かれた。その断層は非常に大きい。
僕も、お姉さんなどいろんな人からバラバラに借りてきたザ・ビートルズを、初めてマイ・カタログとして揃えたのは87年のCD化からなので、UKオリジナルのほうが遥かに馴染み深い。あれだけお世話になった、先の『ヘイ・ジュード』『20グレイテスト・ヒッツ』(82)などの存在を、この文を書くまでほとんど忘れてしまっていた。どっちかというと、編集盤のほうが広く出回っていたのに……。そのことに今、ちょっとしたショックを受けている。



CD化されないレコードは、自然と、そのまま顧みられない過去になる。ザ・ビートルズでさえ、例外ではなかった。
公式ヒストリーという代物は、途中で恣意的に変わっても、いつの間にか馴染んでしまう。もともとそうだったかのように(公式記述されていないものは、初めから存在しなかったかのように)、刷り込み直されてしまう。これ、ジャパン国においても『日本書記』の頃から言えることだからね。なんにつけ、教訓にしたほうがいいことだと思う。

ただし、そこはさすがにFAB4。キャピトルから出たUSオリジナルも近年、随時CD化されるようになった。「こっちの曲順のほうがしっくり来る。今出ているCDじゃ、なんかよそよそしいぞ!」と叫ぶオールド・ファンの声は強かったのだろう。
『ビートルズ物語』も、先に触れたように、2014年に発売された全13枚組『THE U.S. BOX』の1枚として初CD化されている(邦題は『ザ・ビートルズ・ストーリー』と変更)ものの、単体の発売は無し。聴くメンタリーで取り上げるのは廃盤アナログ、を原則にしているのだが、ボックスを購入しないと聴けないものなので、例外にする。



▼page2 内容の大半は(そんなに面白くない)ナレーションにつづく