【Interview】5/6-15開催。台湾国際ドキュメンタリー映画祭プログラムディレクター・林木材氏インタビュー

2月24日におこなわれた記者発表

——今回、80年代台湾を撮影したグリーンチーム(緑色小組)や当時のニュース映像を特に大きく取り上げた理由を教えてください。

WL 通常、台湾でドキュメンタリーに関する議論があると、たいていは1990年に台湾のドキュメンタリーが始まった、とされるんです。でも、私は90年以前にもドキュメンタリー映像があるはずだと考えていました。その後、86年から撮影していたグリーンチームの作品があることがわかったんです。彼らが撮っていたのは、戒厳令を解除した87年前後の台湾の様子でした。中でも重要なのは、人々の抗争や政府が民主化していく過程です。こうした作品を大事にしなければならないし、議論すべきポイントがたくさんあると感じました。彼らの撮影時間は全部で3,000時間ほどですが、グリーンチームの方と話し合って、台湾でははじめての労働者抗争や学生運動なども含め21作品の上映を決めました。グリーンチームの撮影から30年が経つわけですが、作品を見ると、この30年台湾がいったいどんなふうに歩んできたのか、そして今も同じではないか、と気づきます。さらにグリーンチームの作品は、実は政治家、映画監督など、多くの人たちに影響を与えているんです。そういったこともあって、この年代の映像を流すことが大きなエネルギーになるかもしれない、と考えています。

——特にグリーンチームの作品の字幕作成には、苦労したそうですね

WL そうなんです。台湾は今でこそ「国語」と呼ばれる中国語(北京語)が一般的ですが、80年代の台湾では「台語」と呼ばれる台湾語(閩南語)が使われていました。さらに、中国国民党が台湾に渡る前から台湾で生まれ育った「本省人」の人たちが主に使う言葉です。今の20〜30代の台湾人には一定の難しさがあります。今でも台湾の南部では台湾語を使う人が多いですし、私も台南出身ですので、聞けばだいたいはわかるのですが、スラングなどになると厳しいんですよね。

——木材さんは普段、台湾語を使うことはありますか

WL ええ、日常生活で台湾語を使ってもまったく問題ありません。ただ、映画祭事務局のスタッフと話す時は中国語を使うんです。私たち世代だと、台湾語を使うのは、少数派なんですよ。

——そういった中で台湾語の字幕はどのようにして準備したのですか

WL まず台湾語を解するボランティアスタッフに、文字を入力してもらいました。ここで問題になるのは、台湾語には文字がないことです。ではどうするか。聞いた台湾語を中国語で文字入力するという作業が必要になります。それでもわからない台湾語が出てくると、年配の人やグリーンチームの人に確認して、字幕を完成させていきました。TIDFボランティアの大半は20〜30代ですので、親に「ねえ、ここなんて言ってるの?」などと聞いていたようです。

——字幕ひとつとっても大変ですね

WL 特におもしろいなと思ったのは、言い方の違いです。グリーンチームの作品だけでなく、同時期のニュース映像も上映するのですが、たとえばニュース映像では「中正國際機場(中正国際空港)」と呼ぶのに対し、グリーンチームの映像では「桃園國際機場(桃園国際空港)」と呼ぶんです。字幕にはすべて英語を併記しますが、その英訳も区別するようにしました。このほかにも、中正記念堂という場所を、グリーンチームは「中正廟」と呼んでいる。蒋介石を祀る廟ですからね。いずれも同じ場所のことを話しているのですが、その呼び名でニュアンスが変わる。ですから、字幕にはものすごく気を遣いましたね。

グリーンチーム(緑色小組)の作品『1130 桃園機場事件』

——次に日本作品について伺います。まず日本のドキュメンタリー作品についてどんな感想をお持ちですか。

WL まず、これまでに日本では小川紳介、土本典昭、原一男といった数多くの優れたドキュメンタリー映画監督を輩出していて、日本のドキュメンタリー映画には明らかな伝統がありますよね。若い製作者にも大きな影響を与えていますし、強いつながりがあるな、というのが私の感想です。けれども、撮影方法やストーリーには一貫性があるというか、やや似ているんじゃないかと思います。

——今回ノミネートされている日本の2作品についてはいかがですか。

WL まず、小林茂監督の『風の波紋』については、一見するとなんでもないように見えますが、監督は撮影場所にかなり長い時間とどまり、登場するすべての人たちとよく知る間柄を築いていました。だからこそ、彼らの日常生活が撮れたのだと思いますし、もう一度生活をやり直そうというパワーにつながっている。非常に人の心を動かす内容だと思いましたね。さらに、編集も音声も、とても素晴らしいと感じたんです。だからこそ、選んだんですけどね。

もう1本の小田香監督の『鉱(あらがね)』は、真っ暗な採掘場の作業員を淡々と撮った作品です。ドキュメンタリー作品として新しい境地を開いていると思うのは、何より、撮影者が採掘場の人間になって、観る側をその場所へと連れていく点です。どちらも非常に特色のある作品でした。

 小田香監督『鉱』(yidff2015で上映)

——台湾作品の中にも、日本に関係する作品が2本ありましたね。

WL 『日曜日式散步者(日曜日の散歩者)』と『灣生畫家-立石鐵臣(湾生画家-立石鉄臣)』ですね。1930年代という日本統治時代を扱った作品がノミネートされたのは、意図したわけではなく単なる偶然です。しかも、どちらも作品の中で使われる言語が日本語、というのは、私たちの世代にとってはとても驚きでした。

——あ、そうなんですか。

WL みんな、この時代にここまで日本語が使われていたことを知らないと思いますよ。学校でも、それほどちゃんと習ったわけではありませんし、当時、日本語が使われいているということがどういう意味を持つのかさえ、考えたこともなかったと思います。

郭亮吟・藤田修平(neoneo編集委員)監督『湾生画家—立石鉄臣』

——TIDFの観客にはどんな特徴があるのでしょうか。

WL 観客の方々のドキュメンタリーの受容度は、それでもまだ高いほうだといっていいと思います。ただ台湾では、公共電視という公共放送で放送されている「紀錄觀點(記録観点)」という番組のほか、ナショナルジオグラフィック、あるいはディスカバリーなどの教育的な作品を扱うテレビ局があるくらいで、TIDFの上映作品のようなドキュメンタリーがみられるテレビ局はありません。見に来る方は40歳以下が大半で、今のところ学生や教師、ドキュメンタリーファンの方々ですね。TIDFとしては、いつまでも同じ客層だけでいいわけではなく、関連イベントなどを通じて観客の幅を広げようと努力しているところですね。ですので、できるだけ通常では見られない作品を上映してくのが努めだと考えています。

——観客の方々がTIDFに期待するのはどんなことだと考えていますか

WL 映画祭で重要なのは、観客のそれまでのドキュメンタリーへのイメージを変えることじゃないかと思うんです。だからこそ、TIDFではちょっと変な、だけど「えっ、こんな撮り方もあっていいんだ!」と思われるような作品も上映します。おかしな映像だって構わない。上映する回数はどの作品も2回とわずかですが、映画祭がなければ、そういった作品を見ることができない。ほんの一握りの人しか興味を持たない作品かもしれないけれども、だからといってなくていいわけではありません。ごく少数しか見ないかもしれない、だけど上映する。それが映画祭という存在の重要な役割だと考えています。

——最後に、日本の読者に向けてメッセージをお願いします。

WL 日本の皆さん、5月、ぜひ台湾に、ドキュメンタリー映画を観にいらしてください。

 ※写真提供:TIDF事務局

【プロフィール】

林木材(Wood Lin)
台湾国際ドキュメンタリー映画祭のプログラムディレクター。1981年台南生まれ。国立台南芸術大学修士課程卒。台湾で1991年に公開された吳乙峰監督のドキュメンタリー映画『月亮的小孩』(邦題『月の子供たち』=YIDFF1991で上映、先天性アルビノの子どもたちを追った作品)をきっかけにドキュメンタリー映画の世界に入る。著書に、台湾のドキュメンタリー監督6人へのインタビューをまとめた『景框之外―台灣紀錄片群像―(フレームの外-台湾ドキュメンタリー映画のひとコマ)』(遠流出版)がある。ブログ「電影・人生・夢」 では、自身の活動とともに、台湾その他のドキュメンタリー作品の論評や映画人としての日常や考えをつづる。

第10回 台湾国際ドキュメンタリー映画祭

1998年に台湾で始まったドキュメンタリー映画祭。山形との重なりを避けるため、偶数年に一度、開催されている。10回目となる今回は世界各地から応募のあった1,700本のうち、131本を上映予定。世界、アジア、台湾の3部門のコンペティションのほか、台湾の1980年代を撮った「グリーンチーム」の作品、中国の呉文光監督率いる「メモリープロジェクト」をはじめとした中国インディペンデント作品、アフリカの現状を撮り続けるフーベルト・ザウパー監督作品など、その内容は多岐に渡る。作品上映のほか、映画館やカフェを会場にしたトークイベントも連日予定されている。会場は光點華山電影館、台北新光影城など。詳細は公式サイトへ。

【開催時期】2016年5月6日(金)−16日(日)台北市
【公式サイト】http://www.tidf.org.tw/

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