【連載】「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第17回 『ルーツ・オブ・リバー 黒部川』


日本有数の名川、黒部。その源流から急流、下流までの音をパッケージング。
川の流れ以外は一切情報のない、ガチの録音絵巻!


川の流れを人生に見立てた音のストーリー

廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こす「DIG!聴くメンタリー」。今回も、よろしくどうぞ。

今年の春、純度の高い聴くメンタリーを手に入れた。
『ルーツ・オブ・リバー 黒部川』(発売年不明/東宝レコード)。
川の流れのみを録音して、他の音の要素は一切無し。黒部の渓流に、ただ耳を澄ませてくれ、というレコード。当然のように快い。何度もターンテーブルに乗せている。

 



聴いていると、ほーう、これが「1/fのゆらぎ」効果か……なんてつぶやきたくなるが、それはやめておこう。α波について正しく説明しろと言われると困るので、ヤブヘビ。それになにしろ、人間が知恵をつける前からの音だ。
人の脳波をα波(リラックスできている、ふにゃ~っていう状態)に導いてくれる。だから、自然音はすばらしい。そんな捉え方をしてしまうと、物事の順番を間違える。

本盤には、環境音レコードとしてもよく出来ていると書くと、かえってズレてくる要素がある。
帯に力強く、
《鷲羽岳に誕生した一滴の水がアルプスを下り日本海にそそぐまでの生様をドラマチックに構成!》
とあるように、川の流れを人生に見立てたストーリーがあるのだ。

川のせせらぎや小鳥の鳴き声の、心地よい箇所で構成したCDが今でもよく販売されているが、ジャンルはほぼ同じようで、意味は違っている。

それでまた、作りがごつい。
クレジットは、
A面「最上流~中流」
B面「中流~下流」
のみ。

冒頭は本当に、

ピチョン……ピッ…チョン……ピチョン

と、岩から沁み出て落ちる水音を捉えている。まさに大河に通じる一滴の誕生。その音が(オーバーラップして)、だんだん、複雑になってくる。

チルリロリロリチルル……

こう聞き取れる、ような気もするし、いや、ひたすらに、

カリカリカリカリカリカリカリカリ

と刻み続けているようにも聞こえる。

さらに水量が増えると、「ザとドとズが合わさった音」が「―ッ」と続く。岩間の一滴の時は単音に近いので、ピチョンと書いてしまえるのだが、川として流れ始めた源流の時点で、もう書き起こし不能。
そんなのいちいち聞き取ってられない、一般人の我々は統一した「チョロチョロ」「ザーッ」でいいのだ! そう決めてしまった漫画の擬音語って、凄い発明なんだな。

で、その「ザーッ」のピッチがだんだん大きく、強くなってくる。急流の速さが音で分かる。人でいうと、多感で純粋な成長期のサウンドだ。
A面は、さわやか青春サイド。


ダムから下流へ、やがて河口から海に注がれるまでのドラマ

レコードをひっくり返してB面にすると、いきなり激しいのでちょっと驚く。「ザーッ」が何重も重ね合わされている。天然のオーバー・ダビング、ウォール・オブ・サウンドだ。しかもそれが、どんどん激しくなる。

ほら、どんな立志伝も、田舎から身ひとつで都にやってきた主人公が、友を得て、仕事を掴んで伸びていくあたりが面白いでしょう。あの感じ。山脈の支流をどんどん加えて、太くなっていく。

ところが、いったん音は静かになる。そこに「タポタポ」とも「タプンタプン」とも聴こえる高い音。湯が注ぎ込まれる温泉旅館の大浴場を連想させるが……どうも、不気味さのほうが上回る。
しばらくしてようやく、ああ、ここは黒部ダムの録音パートなんだ、と気付く。堰き止められた大量の水の、ダップリと、たゆたう響き。これが、音だけで聴くと怖い。
水圧って、耳だけで感じるとこんなに負担があるのか。スパやエステのBGMに使うのは無理だ。α波と逆の状態になっちゃう。

同時に、川の流れと人の人生を重ね合わせる(中流、下流へと流れるほど大きく、穏やかになる)風流な聴き方が人為によって狂ってくる、ドキドキするところだ。
それこそ山深くの渓流のようにピュアで活発な主人公が、初めてダムという名の世間に揉まれ、立ち止まり、治水という名の折り合いを周囲と付けねばならなくなる。

重い停滞音が、これ以上はしんどいところまで続いた瞬間。今までで最も激しい、スピーカーを震わす轟音に変わる。おお、黒部川よ、その咆哮は、ブルトーザーに踏み躙られた屈辱を忘れない怒号なのか。それとも、自力で活路を切り拓いた者の生命の燃焼なのか!……なんて。ダムの定期的な放水音なんですけどね。




後はもう、下流です。流れの響きがズシーンと低い。その低さによって、飛躍的に水量が増しているのが伝わる。深い河ほど静かに流れるの喩えのごとくに、円熟である。
そして、ほんの少しだけ無音に近いほど静かになり、

ズシャララダヴャパワワーン

と大きな波の音になって、レコードは終わる。
海に注ぐことで生命の一巡りを終え、海水となっての再生を告げて幕だ。いい演出。《ドラマチックに構成!》は、伊達じゃない。


▼page2 「同じ川」は、二度と存在しない につづく