【連載】「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第18回 『ARTHUR MILLER READING』

アメリカを代表する劇作家アーサー・ミラーが、自作『るつぼ』『セールスマンの死』をひとりで朗読。緊張感ただならぬ“聴く演劇”。

作家の朗読も聴くメンタリー

廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こす「DIG!聴くメンタリー」。今回も、よろしくどうぞ。

今回は、作家本人の朗読レコードだ。『ARTHUR MILLER READING(発売年不明/SPOKEN ARTS)。ジャケットがいいでしょう。海外の通販サイトで画像を見つけて、一発で気に入り注文した。
製作年は不明なのだが、見た目からしてまず間違いなく、1950年代のリリースだろう。
リーディング・レコードを、もろにモダン・ジャズなデザインが飾っているのが良い。ブルーノートよりプレスティッジ。糊の付いた紙を貼っちゃった跡もまた、味である。ジョン・コルトレーンの『ソウルトレーン』(58)なんかと見事にお揃い感があるもんだから、並べて眺めたりして、しばらくジャケットだけで遊んだ。



でも中身は、アーサー・ミラー。おしゃれ気分で聴くのをまるで許してくれなかった。
その前にまず、作家の朗読そのものに興味を持った経緯について。

今年の1月、構成作家として関わったラジオのアーカイブス番組(NHKラジオ第1『小山薫堂の“温故知新堂”』)のなかで、永井荷風が読む『断腸亭日乗』、谷崎潤一郎が読む『細雪』と、文学者自身による作品朗読の録音を紹介した。プロが読んだものを聴く快さとは、かけ離れていた点が面白かった。

とことん江戸前な荷風の、朝の市場で仕入れた材料を読み上げてでもいるような、せっかちな早口。
谷崎の、精神的貴族のイメージからは相当に外れる、つっかえつっかえの棒読み。
間やイントネーションを大事に、きれいに読んで、文の雅味を引き出す配慮がほぼゼロ。作者がいちばん冷たく、書いた言葉を突き放しているように聴こえた。そこが本人ならではの味なのか……としか言いようが無かった。もし谷崎本人が新派女優みたいになりきり、たっぷりと「こいさん、頼むわ」なんて読んでいたら、それはそれでナルシスト過ぎて、うへーッ、となっていたかもだし。

NHKが〈音のライブラリー〉をスタートさせたのは、1951年。世の中全体の、アーカイブスを大事にする価値観と比べたらかなり早い気がする。
当初は、方言や郷土芸能などの無形文化財、文化勲章受章者や総理大臣、学士院会員など著名人の肉声の保存が主な目的だったそうだ。その一環で、作家に自分の作品を読んでもらう『自作朗読』が、1952年から始まった。いま触れた荷風や谷崎のそれも、この番組の中で放送されたものだ。

えらい人の声を保存しておく。これだけなら、貴重とはいえ、記録物に過ぎないのだが。
どの作品を、及びどの部分を読むかは共通して作者にチョイスを求めていた、と聞くと、文学者が自作の解題を自身の体(発声)を使って表現した、立派にドキュメンタリーのシリーズだったと言える。

それで、作家の自作朗読も聴くメンタリーのうちに入るんだな……と認識するようになり、本盤に手を出した次第です。


A面は『るつぼ』

中身は、A面が「THE CRUCIBLE」で、B面は「DEATH OF A SALESMAN」。約30分ずつ、ミラーがひとりで、演劇史上の2大名作の抜粋部分を朗読している。

「THE CRUCIBLE」は、1953年初演の『るつぼ』のこと。17世紀末に起きたマチチューセッツ州セイラムの魔女裁判に材を取っている。

戒律の厳しいピューリタンの村で、秘密のまじないあそびを牧師に見つかった女の子たちが「私たちは魔女に操られていたんです!」とその場しのぎの嘘をついて、身寄りのない老婆を名指しする。
聖職者たちが判事をつとめるのだが、彼等は教理に厳正ゆえ、身を隠す悪魔の存在を証拠立てるのは操られた者の告白のみ、という考え方に固執している。逮捕された老婆が「バカ言うでねえ」と否認すれば、魔女とみなして絞首刑。「おらホントは夜中に悪魔と取引しちまっただ」と嘘八百の告白をすれば、改悛を認めて許す。こんな、極めてヤヤコシイ事態になる。
一躍、注目のヒロインとなった女の子のリーダーであるアビゲイルはさらに告発を続け、村はふだんよく思っていない隣人の名を教会に提出し合う状態にエスカレート。勤勉で人望厚いジョン・プロクター夫妻にさえ嫌疑がかかる……という、イヤーなおはなし。

僕は英語がさっぱりなので、倉橋健訳のハヤカワ演劇文庫(2008)と首っ引きで何度も聴いて、第一幕と第ニ幕を選んで読んでいるのは分かった。
それに一応、ダニエル・デイ=ルイスがプロクターを、ウィノナ・ライダーがアビゲイルを演じた映画『クルーシブル』(96-97公開)を見ている。

第二幕の後半。プロクターは、妻のエリザベスが全くの濡れ衣で逮捕され、憤怒とともにアビゲイルの嘘を暴くことを誓う。実は彼はアビゲイルと一度関係を持っていて(姦淫の罪を犯していて)、彼女を逆告発することは自分の破滅につながる。それでも、

「じたばたするな! こうなれば、天国と地獄の乗るかそるかの戦いだ、何もかもかなぐり捨てるのだ―(中略)われわれは、これまでとちっとも変わりはしないのだ、ただ裸になっただけだ。そう、裸になったのだ! 風が、神様の氷のように冷たい風が、吹きまくるだろう!」

と叫び、第三幕のスリリングな展開を予告する。ここが、レコードのハイライトになっている。

▼page2 B面は『セールスマンの死』につづく