【連載】「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第20回

美空ひばりについての、おすすめの3冊

この文章を書くにあたり、3冊をメインの参考図書にした。

『イカロスの翼 美空ひばりと日本人の40年』
上前淳一郎(78-85 講談社文庫)
『ひばり自伝 わたしと影』美空ひばり(71-89新装版 草思社)
『完本 美空ひばり』竹中労(65-87/05 ちくま文庫)

『イカロスの翼』は前から読んでいた。何度めくっても面白い。最も的確に事情を分析しているのでは。本盤の頃のひばり人気の陰りは、石油ショックと重なり、田中角栄追放の前夜。このアングルの置き方には改めてアッとなる。
『ひばり自伝』は、それなりの作家か、作家にならないとおかしい位の編集者が構成している。そう思わせる丁寧さ。それでも、自分に都合のいい言い分に万事なってしまうひばりと母の限界は出る。かわいらしさでもある。
私たち母子はいじめられながら頑張ってきました、と強調する被害者意識、えばる人への(下町育ちらしい)生理的嫌悪こそが、無尽の才能を努力へと駆り立てるガソリンだった。ヒシヒシと伝わってくる。そして、頂点に立ったら牙は引っ込めるもの、と学べなかった難しさについても。

 
『完本 美空ひばり』。これが竹中労か。思い入れでグイグイ読者を引きずり込む。ひばりの歌こそが真の民衆芸術として、戦後に乖離してしまった大衆とエリートを結びつけるだろうと謳い上げる(初めて出版された時点での、ひばりの活動のエポックは、労音主催のコンサートへの出演)。

ところが、後日に追加された後半では、惚れ込み、近づきすぎて神格化の先峰になってしまっていた、と強烈に自身の原稿にダメを出す。そこが、『完本』とあるミソ。そして「深刻な反省」の果てに、少しずつボカして書いていた、ひばり母子がいかんともし難く持つ俗っぽさ―ナポレオンをコーラで割り、秋になれば松茸を鍋一杯に煮る―キンキラキンで率直な無教養の中にこそ、彼女の偉大さの核心があった、そこを確信できなかった、と悟る。

「この本の帯には、『歌による戦後史』云々とある。大まちがいなのだ、ひばりとその母親は日本の戦後に背をむけて唄い続けてきた」


「ちょっとお高うございますけども」

ショスタコーヴィチみたいなのが本物の音楽で、歌謡曲は下劣と語るインテリのほうが論外であり、真の国際化とは民衆の歌を突き詰める地平にしか開かれない……竹中の論調、ここまではよく分かる。僭越だが僕にも書けると思うほどで、それだけストレートな思考の積み立てである。

しかし、そうか、ひばりとおっかさんの歩みを戦後の進歩と重ね合わせるから無理が出てくるのだ、「だんこ戦中体験に居直ったのだ」、と逆説的に発見してさらに大きな理解に至るあたりは、竹中労自身の文章がキンキラキン。肉を切らせて骨を断つ。語尾にちりめん震わせて、しっかり見得を切っている。

再追加された晩年の文章はくどいし、そもそも僕は無頼派ジャーナリストのきざなロマンチズムは、竹中に限らず苦手なのだが、愛読者が多いのはよく分かった。

だから、当初は触れるつもりは無かったMCも紹介しよう。第4部の後半、つまりコンサートのおわり。ひばりは、ダン池田と矢島正明をステージ中央に招き、なにか(不明)をプレゼントする。 

「これはね、私の大好きな色の、紫……。ちょっと、お高うございますけども。私の心のほうが、もっと高いんでございます」

かなりの品を用意していたのだろう。情があって、おどけてみせる稚気もあって。基本、いいMCだ。でも、尊大だと叩かれている女王が言う、このプレゼント高いのよ、はスレスレをやはり、越えている。寄席ですべった噺家が「わたしの芸はレベルが高くって、客を選びます」ととぼけるようにはいかないのだ。

ああ、なんと洗練されていない無邪気さ。あけっぴろげなヤボったさ。むしろこの脇の甘さにこそ、お客への信頼がよく出ている。げんなりした後、一周回って、僕はホロリとなる。
美空ひばりは、これも含めて、美空ひばりなのだ。

【盤情報】

『美空ひばりオン・ステージ』
1975/日本コロムビア
2枚組 4,400円(当時の価格)

 

【筆者プロフィール】

若木康輔(わかきこうすけ)
1968年北海道生まれ。フリーランスの番組・ビデオの構成作家、ライター。竹中労本の補足に倣いまして、僕もこれまで見たひばり映画の中から、たのしかった5本を。
『悲しき口笛』(49・松竹)ひばり出現による、戦後の娯楽映画そのもののリスタート。
『お嬢さん社長』(53・松竹)少女から娘へ。都会から再び下町へ。役と本人の重なり具合。
『大当り三色娘』(57・東宝)チエミ、いずみとの「三人娘」になると楽しそうだし、長女らしさがよく出る。
『ひばり捕物帖 かんざし小判』(58・東映)沢島チャンバラは日本のMGMミュージカル。
『希望の乙女』(58・東映)ジュディ・ガーランドものの換骨奪胎振りが、特にめざましい例。

ドキュメンタリーの『ひばりのすべて』(71)、これはもう、別枠ですね。

http://blog.goo.ne.jp/wakaki_1968

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