【連載】「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」23回 『RACER-レーサー 風戸裕』


かつて“F1に最も近い日本人”と期待されるも、
25歳で事故死したレーシングドライバーがいた。

レース界のプリンスに密着した、青春聴くメンタリーの秀作!


『サーキットの狼』のモデルになった、
実在の人気レーサーがいた

廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こす「DIG!聴くメンタリー」。今回も、よろしくどうぞ。

今回紹介するのは、『RACER-レーサー 風戸裕』(1970・東芝EMI)。
いつもイベントのちらしを置いてもらっている、新宿のディスクユニオン昭和歌謡館で見つけた。
500円の値でこのジャケット。しかも、音楽が(後で触れますが)渋谷毅。即買い。いい匂いしかしなかったですね。
といっても、風戸裕(かざと・ひろし)についてはよく知らなかった。買ってから知り、震えがくることになった。


僕が子どもの頃、レーサーは男子なら誰もが憧れる花形職業のひとつ。池沢さとしの漫画『サーキットの狼』(1975-79)が大人気だった。主人公・風吹裕矢の名前は実在のレーサーをヒントにしたものだ、しかし事故で命を失い、もうこの世にはいないらしい―こうした話は、どこかで耳にしていた。
それが風戸裕だった。

風戸は1949年生まれ。モーター・スポーツの世界で十代から頭角を現し、注目の存在となった。僕が手に入れたのは、彼の1970年の戦い振りをまとめたドキュメント構成のレコードだ。
現在、彗星の如く現れる若手スポーツ選手がいれば、必ずといっていいほど密着取材番組が制作される。本盤の主旨はほぼそれと同じ。『NHKスペシャル』『情熱大陸』のLP版だとイメージしてもらえればいいかな。

しかし封入の解説をめくってみると、1970年のレコードのはずなのに、1974年までの戦績が載っていた。そしてその歩みは、

「74年6/2 富士グラン300キロ(死亡)」
で途切れていた。以下、解説文の引用を続ける。執筆者はクレジット無し。

「1974年6月2日、富士スピードウェイに於て行なわれた富士グラン300キロ・レースでレーサー風戸裕は事故に巻き込まれ死亡した。第2ヒートのスタート直後、出走17台中7台がもつれ込み、4台が炎上、風戸裕、鈴木誠一の2名が焼死するという日本レース史上最大の大惨事だった。端正なマスクと気品の良さを思わせる風戸の物腰が多くのファンを捕え、人気ドライバーとして限りない将来を約束されていたが思わぬ事故で再び帰らぬ人となってしまった」

「あらためて今このレコードを出すに当り胸にせまるものを感ずるを禁じ得ないが、心より彼の冥福を祈り、一人でも多くの人に聞いて頂き、風戸裕の“不死鳥”を願うものである」


そう、僕が買ったのは、風戸の死後、追悼文とデータを加えた解説を差し替えた再プレスの追悼盤だった。それだけのショックをレース・ファンは受けたらしい。なにしろ当時、〈F1グランプリに最も近い日本人レーサー〉と呼ばれるほどの男だったのだ。


往年の富士スピードウェイを、音で疑似体験

すでに命を落とした(しかもレースで)若い人の、昇龍の時代の記録を聴くのは何ともいえないものがある。うかつに触れないようなためらいがあるし、正直、劇的なロマンも感じる。
聴けば、ピリッとした良いレコードだった。

本人の協力による、マイクとテレコをマシンに積んでのコース走行音が本盤の聴きどころ。それに、風戸自身の肉声が聞けるインタビューも収録されている。合間に流れるジャズがかっこいい。さらに、全体を引き締める硬質なナレーションは、俳優・日下武(後に武史)とくる。
具体的な内容は、以下の通り。

【A面】
ローリングスタート~計時室~スタート~ポルシェ908走行車内音~風戸裕紹介~ストレート~第1コーナー30度バンク~須走り落しからS字入口~ヘアーピン~ストレート~風戸の略歴~鈴鹿FJ~インタビュー~ポルシェ908-Ⅱのストレート~走行車内音(右・車内音/左・エンジンルーム音)

【B面】
選手紹介~ローリングスタート~スタート(ピット側)~須走り落し~ヘアーピン~ストレート~ストレート(ピット側)~第1コーナー30度バンク(9番ポスト)~タイヤバースト~風戸のピット~風戸とメカニックの対話~表彰式~滝進太郎氏との対話~ポルシェストレート~車内音~TⅡ、GTⅡのストレート~ピット~メカニック佐藤君の死~バンク走行音~ポルシェ908-Ⅱストレート

クレジット毎の区切りが無い。で、ナレーションもあんまりデータ的なことには触れてくれず、ゴツゴツと無骨に展開していく。
購入者はレースをよく知っているもの、と前提している作りだ。僕は運転免許すら持っていないので、まあ、置いてかれる、置いてかれる。
でも、そのぶんクールな雰囲気が弛まずに続く。制作スタッフはあえてそっちを選択したのだと感じ取れるから、不満は無い。


解説書には富士スビードウェイのコース図が載っているから、素朴なVR気分が楽しめる。
ストレート→「魔のバンク」と呼ばれた急傾斜の30度バンク→須走り落し(バンク上段から駆け下り、速度を上げる走法)→S字入口……と、聴きながらコース図を指で辿れば、風戸の駆るポルシェがどんな姿だったか分からなくても、レースを疑似観戦する気分になれるのだ。


ところが、富士スピードウェイの目玉だったという第1コーナーの30度バンクは、現在は無いらしい。

どうしてかと調べてみたら、1974年6月2日の、風戸と鈴木誠一の事故死を契機に、危険過ぎるという理由で撤去されたのだった。ウーン、楽しんで聴いても、そこに行き着くのか。

現在も富士スピードウェイには、バンクの一部が保存されているそうだ。ぜひ見に行こうと思い立ったのだが、年末年始が仕事で埋まってしまった。宿題が出来た。

▼page2  大事故を検証した、骨太のノンフィクション につづく