【連載】開拓者(フロンティア)たちの肖像〜 中野理惠 すきな映画を仕事にして 第42話、第43話

viagra canada prescription 第43話 韓国映画『イルマーレ』

<前回 第42話はこちら>

「日蓮宗新聞」から取材を受けたのである。父は日蓮宗の僧侶だった。だが、父がその記事を読むことは叶わなかった。インタビューの内容は忘れてしまったのだが、記者が若い女性だったことと、檀家さんから「嬉しくて新聞を仏壇にあげておきました」と言われたことは覚えている。

http://www.elclarin.cl/components/com_webmd/ Generic Viagra online 韓国映画を受託配給する

さて2001年は『不思議惑星キン・ザ・ザ』を公開する前に、松竹さんが買い付けた1本の韓国映画を受託配給することになっていた。主演はチョン・ジヒョンとイ・ジョンジェ。チョン・ジヒョンは、後に『猟奇的な彼女』で一躍日本でも知られることになり、イ・ジョンジェは『純愛譜』(2000年)や『ラストプレゼント』(2000年)が日本でも公開され、やはりよく知られている。この映画では忘れられない出来事が二件ある。

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難航した?邦題

当初から持論通り<日本語の題名>を私が主張していたので、いつものように、関係者で案を出し合った。ところがなかなか決まらない。原題のカタカナ表記である『イルマーレ』が邦題の有力な候補に入っていたが、ひとり私だけが賛成せず、オリジナルの日本語題名を主張していた。

そこで、松竹さんの関係者数名、村山さん(※第20話参照)と私とで食事でもしながら話し合おう、となり、歌舞伎座の近くのイタリアンの奥のテーブルで、ああでもない、こうでもないと候補案を前に皆で言い合っていた。そこにウエイトレスの若い女性が注文を取りに来た。ふと私が年齢を問うと、

「18歳です(だったと思う。10代だったことは間違いない)」

「この中のどの題名がいい?」と聞くと彼女は迷うことなく

「イルマーレ」

その途端、全員が彼女を指し

「それだ!」

その後、現在になってもこの出来事を村山さんからは事あるごとに言われている。
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http://trylinux.org/product/ generic finasteride 1mg 20019月『イルマーレ』公開

映画は好評で9月8日に無事封切った。ところが、公開から4日目に起きたのがニューヨークの<9,11>である。動員数の落ち込みは激しかった。松竹さんの営業担当者から何度も「どうしますか?切りますか?」と電話が入る。興行日数を決めるのは配給会社の大切な任務であるからほんとうに困った。この週は、どの映画も動員が落ち込み、興行史に残るほどだったと聞いている。ところが確か翌週の後半あたりから動員が延び始めたのである。ロードショー期間を確か3週間か4週間と決めた後だったので、残念でならなかったがどうにもならない。ちなみに『イルマーレ』は、後にハリウッドでキアヌ・リーブスとサンドラ・ブロック主演によりリメイク(2006年)されている。

『追憶の上海』と若松孝二監督

年度は前後するが2000年1月に中国映画『追憶の上海』を新宿武蔵野館シネマカリテで公開した。この作品は若松孝二監督から、名古屋の映画館シネマスコーレの木全純治支配人経由で、もたらされた映画である(シネマスコーレの現在のオーナーは木全支配人だが、スタートは、1983年に若松監督が<自分の映画を自由に上映したい>と立ち上げた映画館である)。宣伝準備に入る前に関係者で食事した際

「革命家は男のロマンだ!」

と何度も言っていた姿を忘れられない。

若松監督は、<連合赤軍事件>を始め、手掛けるのが難しいテーマを追っていただけに、不慮の事故で亡くなられたことが残念でならない。亡くなる少し前、全国に散逸していた自作のプリントを収集し、事務所内の一室で大切に保管してあるのを見せてくれた。何ものも恐れない若松監督の人柄に触れることが出来たのは財産のひとつである。

若松孝二監督と(2008年ころ)

オリジナル健康手帳「月日ノオト」

フランス映画社を辞めるためにアメリカに行き、パンドラを始める契機をもたらした要因の一つである「月日ノオト」。月経の記録を始めとするアイディアを形にし、書店や文具店で販売してきた。当初から、手帳は特許登録ができないとわかっていたので、時が来たらやめざるを得ないと覚悟はしていたが、他にも同様な工夫をする手帳が年を追うごとに増えていった。そこで、2000年版で終了と決めた。つまり1999年が発行の最終年である。最大販売数は20万部を超えていたので残念だったが、悔いはなかった。

「月日ノオト2000」の扉

ソクーロフの新企画

確か2000年になるかならないかの時期だったと思うのだが、ソクーロフから絵コンテも描かれた分厚い新作の企画書が送られてきた。Waterlooと書かれていた。個人的にはソクーロフの新作を見たいのは山々だったが、ゆとりがないので、そのままにしておいたところ、それが完成したと知らされたのは、確か2002年になる前後だったと思う。

(つづく。次は3/15に掲載します。)

中野理恵 近況

最近、築地で買い物をすると入れてくれるレジ袋。

第30話と31話に『ラン・ローラ・ラン』について触れましたが、この連載のための写真を捜していたら、出てきました。