【連載】ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー 第25回 『日本仁義全集』

渡世人が初対面の相手に行う挨拶を仁義と言う。
古くからの作法に則った口上からテキ屋、愚連隊のそれまで、

昭和の仁義を網羅した異色盤!

10種以上の仁義口上が一枚のLPに

廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルから、ドキュメンタリーを掘り起こす「DIG!聴くメンタリー」。約2ヶ月振りの更新となりますが、今回も、よろしくどうぞ。

前回は非常にインターナショナルなレコード(レーニンの演説)を聴いた。お次は、一転してドメスティック。『日本仁義全集』(1972・日本コロムビア)を取上げる。


この盤の存在は、東中野でのイベントによく顔を出してくれる成田屋古漫堂(屋号)さんに「こんなものがありますよ」と貸していただいて知った。成田屋さんは、ご自分でも定期的に蓄音機イベントを開催されるアナログメディア研究家。さすがは面白いものを持ってらっしゃるなーと感心していたら、うまいこと自分でも見つけられた。新宿で、値段は確か800円程度。中古市場では隠れた人気盤らしいので、ツイていたほうかもしれない。

【A面】

1・渡世の仁義
2・テキヤの仁義
3・盃の仁義
4・愚連隊仁義
5・破門状とゴロ仁義

【B面】

1・北海道仁義
2・東北仁義
3・信州仁義
4・四国・関西仁義
5・九州仁義
6・東京ホステス仁義

と、10種以上の仁義口上が聴ける。それこそレア・アイテムとして、興味をそそられる人が多いのは分かる。ただ、バイオレンス風味(オラオラ感って言うんですか)は、期待ほどには無いと思う。スタンダードなA-1なんか、どちらかというと静かで淡々としたものだ。

今、本盤を吟味するには、〈仁義=凄みを効かせて相手を威圧する、殺気立ったもの〉というイメージはいささか曲解されてきた結果で、本来はかなりへり下った挨拶であったと認識し直すところからスタートしなくちゃならない。

いや、今は興味どころか、仁義が何のことか分からない人のほうが普通か。知らなかったとしても、不勉強ではありません。モロに言うと、やくざの世界の古い儀礼だから。僕だって、ナマでは一度も拝んだことが無い。
それでも昔の映画などで、やくざが腰を低くかがめ「お控えなすって」と挨拶する場面を見たことはあるでしょう。一番ポピュラーなかたちで残っているのが、『男はつらいよ』シリーズ。

「私、生れも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯をつかい姓は車、名は寅次郎。人呼んでフーテンの寅と発します」

おなじみの、寅さんの口上。まずはああいうものだと思ってもらえれば。寅さんのなりわいはテキヤなので本来の仁義とは少し違う云々は徐々に書いていく。
要するに僕は、本盤をキワメテ真面目に聴き込もうとしている。珍奇趣味だけで持っているのは勿体ないレコードだからだ。


渡世の仁義を丸々書き起こすと(1)

本盤はまず、折り目正しい仁義の一通りが聴けて、それから、親子盃の場における口上人と見届け人の口上、破門状の言い渡し、テキヤと愚連隊の仁義、地方によって変化した例が続く。
正統といえるA-1「渡世の仁義」を、丸々起こしておこう。煩わしいかもしれないが……抜粋だけ読むよりも正しい理解につながるはずなので。


人気作曲家・神津善行率いるサウンド・オブ・‘71コーズによる、当時流行の演歌メロディのインストゥルメンタルがひとしきり流れた後に―

※旅人(たびにん)「津村政治」が、土地を仕切る親分を訪ね、玄関先で初対面の仁義を切る。一家の若い衆「谷村正」が対応するシチュエーション。

津村「お頼み申します」
谷村「はいッ」
津村「門口にて甚だ失礼でござんすが、ご当所の貸元さんにて『国木田』さんと申すお宅はこちらさんでござんすか」
谷村「御意にございます」
津村「修行中の者でござんす。お頼み申します」
谷村「御法中さんでござんすか、お入んなさいまし」
津村「修行中の身、門口にてお頼み申します」

津村「敷居うち御免を蒙ります」
谷村「客人堅いことは申しません。お楽にお着きなさいまし」
津村「お言葉に従いまして着かせて頂きます」
谷村「さあ、深く」
津村「これは御当家の上さんでござんすか。早速手前より発します。お控えなさいまし」
谷村「どうつかまつりまして。手前より発します。お控えなさいまし」
津村「お控えなすって」
谷村「お控えなすって」
津村「お控えなすって」
谷村「お控えなすって」
津村「お控えなすって」
谷村「お控えなすって」
津村「左様仰せられましても手前修行中の若いもんでござんす。御仁義になりません。早速お控え願います」
谷村「左様でござんすか。逆意とは存じますがお言葉でござんすから控え居ります。後に到って間違いおりましたら御免を蒙ります」
津村「早速お控え下すって有難うござんす。無様を引きつけまして御免を蒙ります。御当家の親分さん影ながら御免を蒙ります。お姐さんにて御免を蒙ります。向かいまする上さんとはお初にござんす。従いまして手前こと生国は上州にござんす。当時縁持ちまして東京は深川に住居(すまい)仕ります。渡世につきましては『祥天寺』一家にござんす、『柴政』の若い者にござんす。姓名の儀は『津村政治』と発しましてお見掛け通りしがない者にござんす。お見知りおかれまして行末万端よろしくお頼み申します」
谷村「ご丁寧なごあいさつ申し遅れまして仁義失礼さんです。御免を蒙ります。仰せの通りお初にござんす。手前こと『松の川』一家を名乗る当家『国木田』の若い者にござんす。当時、当家世話中(せわじゅう)にござんす。姓名の儀は『谷村正』と発します。仰せの通り御同様さんにござんす。お見知りおかれまして万端よろしゅうお頼ん申します」
(続く)


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