開拓者(フロンティア)たちの肖像〜
中野理惠 すきな映画を仕事にして
第57話 出版とりやめと『娘道成寺 蛇炎の恋』
『旅の贈りもの』の反応
予想を上回る動員だったからだろう、公開前とは一転して、電話の向こうの声は上機嫌だ。しかも「こんな短い期間ではよくないんじゃないの?」と言うではないか。当初、尻込みしていたのは何処へやら、短い上映期間を責めるような口調だ。嬉しい誤算だったのだろうが、つくづく、<この世は結果次第だ>と思った。
あれから十年あまり経つ。今年になり、竹山さんプロデュースの新作で2019年公開を目標に、また一緒に仕事しよう、と準備している。
出版をやめる
確かこの年、2006年だったと思うのだが、出版をやめることにした。「東京おんなおたすけ本」の発行が会社設立の契機になったこともあり、あっちこっちと関心の赴くままに約20年間、女性問題や映画をテーマにした書籍の発行も続けていた。私は楽しんでいたのだが、スタッフはその都度、別の知識や情報、ノウハウを求められることになり、それはよくない、とようやく気づいた。かなり<遅い目覚め>だった。書籍は49冊発行したことになる。
発行書籍を振り返る
人生に背骨をつけてくれた「いのちの女たちへ 取り乱しウーマンリブ論」(田中美津著)「自由、それは私自身 評伝 伊藤野枝」(井手文子著)の2冊の新版発行、言葉で芳醇な世界を創り上げる「愉悦の時 白石かずこの映画手帖」(白石かずこ著)、「日本映画検閲史」(牧野守編)や「満映 国策映画の諸相」(湖昶・古泉著/横地剛・間ふさ子訳)では、貴重な資料から政治に翻弄された映画史の事実を知った。
「クイア・イン・アメリカ メディア、権力、ゲイパワー」(M.シニョリレ著/川崎浩利訳)「チャンバラ・クィーン」「虹の彼方に レズビアン・ゲイ・クイア映画を読む」(2冊とも出雲まろう著)では、LGBTの観点からメッセージを読み解いた。「私は銀幕のアリス 映画草創期の女性監督アリス・ギイの自伝」(ニコル=リーズ・ベルンハイム著/松岡葉子訳)では、著者のベルンハイムさんと何度もやり取りし、今では、アリス・ギイが世界最初の映画監督であると、日本でも知られるようになっている。
「ピンク・トライアングルの男たち ナチ強制収容所を生き残ったあるゲイの記録」(H.ヘーガー著/伊藤明子訳)「1945年ベルリン解放の真実 戦争・強姦・子ども」(ヘルケ・ザンダー+B.ヨール編著/寺崎あき子+伊藤明子訳)では歴史の教科書では記述されない戦争の実相を知った。その他「異才の人 木下恵介』(石原郁子著)、「映像を彫る 改訂版 撮影監督 宮川一夫の世界」(渡辺浩著)、「更年期の真実」(ジャーメイン・グリア著/寺澤恵美子+山本博子訳)、「女のいない死の楽園 供儀の身体・三島由紀夫」(渡辺みえこ著)、「美の魔力 レニ・リーフェンシュタールの真実」(瀬川裕司)など、今、記録を見ると、映画を中心とした近現代史の知られざる事実や独自の価値観に基づく論考や女性問題など、興味深い内容の本ばかりだと我ながら感心してしまった。付き合ってくれたスタッフに感謝するとともに、貴重な機会と刺激をいただいた著者や訳者の方々に心からお礼を申し上げる。
パンドラが発行した書籍(の一部)。左から「愉悦のとき 白石かずこの映画手帖」「私は銀幕のありす」「ピンク・トライアングルの男たち」
パンドラの出版全体の公式サイトは下記をご覧ください。
http://www.pan-dora.co.jp/wordpress/?page_id=1552
『娘道成寺 蛇炎の恋』
さて、時間は遡るが2004年8月28日に築地の東劇で『娘道成寺 蛇炎の恋』を公開した。1996年か1997年夏に、カナダのモントリオール世界映画祭に行った時、監督の高山由紀子さんの前作『風のかたみ』(1996年)が出品されていて、監督やプロデューサーと知り合ったことが縁で、配給を引き受けることになった作品である。歌舞伎俳優の中村福助さんが主演し、高野山で実際に撮影をするという素晴らしい機会を作るのに成功した作品で、監督の高山さんは『月山』(1979年/村野鐵太郎)などの脚本も手掛けている脚本家としても知られている、大らかで伸び伸びとした人柄の方だった。
2004年3月、フランスのドーヴィルアジア映画祭に招待されたのに続き、6月には、第7回上海国際映画祭のコンペで上映され、この時には、監督、プロデューサー、主演の須賀高匡さんに、パンドラのスタッフの箕輪小百合と一緒に上海に同行することになった。日本からは他にも数本出品されていた。『娘道成寺』は会場を埋めた満席の観客の反応も上々で、終了後、「最高の小籠包を」、と監督の気風のいい一声で、全員で夜の上海に繰り出した。どのテーブルもほぼ一杯だったそのレストランには、偶然、こちらの一行と顔見知りの日本人がいて、「こちらに」と誘ってくれた。同郷人に会えた嬉しさで、その隣のテーブルへ。私たちが食事を堪能していたところ、いつの間にか隣チームは消えていた。だが、とんでもない事実を直後に知ることになるのだった。
『娘道成寺 蛇炎の恋』のチラシ
<第58話 につづく>
中野理惠 近況
お彼岸のお墓参りで帰省した時のこと。伊豆長岡駅行きのバスに乗ってから一万円札しか持ってないことに気づき、<温泉駅>の停留所に留まった際、運転手さんに依頼した。
「一万円札ですけど両替、お願いできますか」
「一万円札はダメだよ」
「千円札がないので」
「なら、コンダ」
「えっ」
「コンダだよ」
「コンダはないのですが」
「なら、いいよ。タダで乗ってきな」
小銭を確認してなかったと気づいたところ、171円見つかったので、降車の際に170円を料金箱に入れて、お礼を言って降りた。すると運転手さんも深々とお礼を返して寄越した。
参考までに<コンダ>とは<今度>の意味です。