【連載】「ポルトガル、食と映画の旅」 第11回 エストリル映画祭とエリセ text 福間恵子

福間恵子の「ポルトガル、食と映画の旅」
第11回 エストリル映画祭とエリセ

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ポルトガルの旅のさなかに、開催中の映画祭にうまく出会えるのは稀なことだけれど、2009年11月は運良くエストリル映画祭にあたった。

当時のこの映画祭にはコンペはなく、監督や俳優の特集上映をふくめて、海外の新作をいち早く上映するというものだと思えた。2009年の特集は、クローネンバーグ、ジュリエット・ビノシュ、ロバート・フランク、コッポラなどで、これらは前半のうちに上映された。映画祭にあたったとはいえ、リスボンに到着したときには、10日間の会期はもう後半に来ていた。そして、エストリルはリスボンから電車で30分。ほかの予定を考えると観ることのできる作品はどんどん絞られてきた。けれども、思いがけない作品に出会えた。ビクトル・エリセ2006年の短篇『La Morte Rouge』。『マルメロの陽光』以来の作品である。なんと、その日はエリセ監督が登壇する!  プログラムに赤丸をつけて、エストリルに向かった。
エストリル映画祭のプログラム 

エストリルがカジノの町だとは聞いていたが、降りてみておどろいた。宮殿のようなカジノがドカーンと目の前にある。その手前には広大な庭。まわりには、別荘と思われる瀟洒な家が並んでいる。しかし人は少ない。この町でほんとうに映画祭が行なわれているのだろうか。

 19時30分からのエリセ作品の前に、『カウントダウン9.11』(2006年、アルゼンチンのサンティアゴ・アミゴレナ監督)というジュリエット・ビノシュとジョン・タトゥーロ主演の作品を見た。9.11を題材にしたものとはいえ、あまりのかったるさに眠ってしまって、ほとんどおぼえていない。おぼえているのは、上映された会場だ。町でいちばん立派な「カジノ エストリル」の中のシアター。カジノに入るのも初めてなら、その中にシアターがあることなぞ知る由もない。映画のための入場はぎりぎりまで待たされた。高級ホテルのドアボーイという風情の男たちは、どこから見てもカジノ客という人間には愛想を言いながら礼儀正しく中にエスコートするが、みすぼらしい(?)映画客には「No! wait!」だった。上映10分前になってやっと入れてもらえた。カジノ1階の広さと金ピカぶりは仰天ものだった。たくさんのテーブル席に陣取っているのは、太りすぎた老人ばかり。イギリスや北欧から来た(滞在している)白い肌の人たちが、ここでお金をたんまり落としていくのだろう。そんな様子を間近に見ながらシアターに入ると、これまた椅子もスクリーンも豪華すぎるところでびっくり。けれども観客は30人に満たないほどで空席ばかりが目立つ。なんとも奇妙な映画祭である。
映画祭会場のひとつ「カジノ エストリル」

エリセ作品は、カジノではなくエストリルの文化センターのようなところで上映された。ここが映画祭のメイン会場で、特集の監督や俳優の大きな垂れ幕やポスターがあり、客も若い人たちが大勢来ていて、やっと映画祭気分になれた。

『La Morte Rouge』は、エリセの子ども時代の映画体験を、古い写真と映画のシーンを組み合わせて、監督本人が語りながら進めるドキュメンタリーのような作品だった。全篇スペイン語で、ポルトガル語字幕がついた。エリセが子ども時代をすごしたスペイン・バスクのサン・セバスティアン(バスク語でドノスティア)。ここの海から始まり、同じ海で終わるこの作品には、エリセ映画の原点があると思った。

 1920年から1950年ごろのサン・セバスティアンの街の、古い写真と現在の映像を映しだしながら、エリセの声で過去と今が語られる。美しい弧を描くラ・コンチャの浜、そのそばに建つかつての貴族たちの誇り高き社交の場だったカジノ、着飾った男たち・女たち、立派な建物の市役所、そして映画館。波が打ち寄せる岸壁のそばで、夜の闇に輝く荘厳なカジノの建物の写真にのせて、エリセは「それは幻影のようで恐ろしくも思えた」と語る。その恐怖を決定づけたのが、5歳のエリセが生まれて初めて観た映画『La Garre Escarlata』(1944年、日本未公開、英語タイトル『The Scarlet Claw』)で、シャーロック・ホームズものだった。このスペイン語タイトルを直訳すると「猛獣の鈎爪」である。
5歳のエリセ

エリセ5歳のときの本人の写真が挿入されながら、この映画のシーンがいくつも映しだされる。小さな村で起こった猟奇的な殺人事件におののく人々や、犯人と思われる男の不気味な横顔、郵便配達人と手紙、流れる暗い水。それらを幼いエリセが「見ている」。その視線が、わたしたちを誘導してゆく。映画館の闇と映写機の光の帯、スクリーンにくぎづけになった人々の畏れの顔、光にゆれるカーテン、目ざまし時計、机の上の小さな置き物、ラ・コンチャの絵葉書、そして戦時下の子どもたち。

静止画から動画へ、動画から静止画へと、エリセの心象風景は、本人の声を得てまるですべてが動画だったような印象を残した。これらすべての画のなかに、わたしは『ミツバチのささやき』と『エル・スール』を見た気がする。

5歳のエリセは『ミツバチのささやき』のアナであり、エリセが観た『La Garre Escarlata』はアナが村の巡回映画で観た『フランケンシュタイン』である。スクリーンにくぎづけになった人々の顔は、村の公会堂で恐怖に顔をゆがめる子どもたちだ。手紙の束はアナの母が書く届かぬ便りであり、暗い水は池から引き上げられた少女の濡れた死体だ。

光にゆれるカーテンは、『エル・スール』の父アグスティンが亡くなる朝の窓であり、絵葉書はアンダルシアから届いたそれである。

32分のこの短篇の上映が終了して、当時69歳のエリセが登壇したとき、5歳のエリセの面影をその顔に見た。無垢な少年がまだ生きていると思った。

エリセはスペイン語で話し、映画祭側のふたりの男性はスペイン語とポルトガル語を交えて質問した。会話のこまかい部分はとても理解できなかったが、やはり『ミツバチのささやき』と『エル・スール』についてエリセは語った。そして『La Morte Rouge』は自伝的な作品であり、自分の「恐怖」の原点は『La Garre Escarlata』にあることを話した。

ときどき身体をゆらしながらしずかに語るエリセの姿は、とても好感の持てるもので、場内は熱心に耳をすましていた。エリセがなぜここまで寡作であるか、そんなことも垣間見ることができるような気がした。 
『La Morte Rouge』上映後トークのエリセ(中央)

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