【Interview】『暗きは夜』アドルフォ・アリックスJr.監督(フィリピン)インタビュー

2016年6月のドゥテルテ大統領就任以来、数千人もの麻薬取引容疑者が裁判も受けないままで路上で射殺されているというフィリピン。第18回東京フィルメックスのコンペティション部門で上映された『暗きは夜』はその過激な麻薬撲滅運動のさなかに生きる、スラム街で生活のために麻薬取引に手を染めていた主婦サラとその家族を異様な緊迫感をもって描いた作品である。ドキュメンタリータッチでありながら、練られた脚本と臨場感のある俳優たちの演技が見事で、観客自身も、愛する家族に迫る危険やいつ自分が銃口を向けられるか分からない恐怖を疑似体験することになる。『リベラシオン』(11)では、戦後もフィリピン山間部に潜む日本人兵士を主人公にし、エッジのきいた作品で国際映画祭で注目されているアドルフォ・アリックスJr.にお話を伺った。
(聞き手・構成/夏目深雪 通訳=イ・ミニョン)



私は本当の話、リアルな話を映画にしていて、実際の事件や状況に関わっている人々が映画の撮影現場にいるというのは、私にとっては夢のようでした。


――私が編集した『アジア映画の森 新世紀の映画地図』(作品社)のなかの松下由美さんによる「東南アジアのクィア映画」というコラムで、あなたの “Daybreak” (08)が、ゲイ映画の既成概念を超えた普遍性を描いた傑作として紹介されていました。その本の出る一年前に、大阪アジアン映画祭2011で『リベラシオン』を観ることができました。このたび新作についてあなたにお話を聞く機会ができて光栄に思います。
この作品を製作したきっかけを教えてください。

アドルフォ・アリックスJr(以下AA) ドゥテルテ大統領が就任してから様々な議論がありました。私は無罪の人たちが犠牲になっている、その中でも特に警察が無罪の人々を殺すことに関わっているという状況に興味を持ちました。ニュースや新聞で毎日のように犠牲者の人々を見ることができ、彼らの背中には映画にあったように、「私は麻薬中毒者です。私のようにならないでください」という張り紙がしてあります。そこから調査を始め、映画製作に向かいました。

――ドゥテルテ大統領の仕掛けた麻薬戦争は、日本でもニュースとして伝わってきています。ただ事物だけの伝達ですと、この映画のような地獄があるというところまでなかなか具体的に想像できません。あなたの作品は彼らののっぴきならない状況を観客にも疑似体験させる、優れた手法を取っていると思います。ただ一方で、麻薬密売に関わる主婦が主人公ということで、ブリランテ・メンドーサ監督の『ローサは密告された』(16)と設定だけ聞くと類似を感じる人が多いと思います。アカデミー賞外国語映画賞フィリピン代表にもなったこの作品は意識されましたか?

AA 『ローサは密告された』と『暗きは夜』の違いは、『暗きは夜』はもっとプロセスを重視した映画だということです。『ローサは密告された』も素敵な映画ですが、あの映画の最も大きな特徴は、観客に、主人公の女性の観点から状況を見させることだと思います。一方『暗きは夜』は、主人公の夫婦が拉致された息子を探して、麻薬の売買に関わる様々な人々に逢っていく、その過程を描いています。そこが一番の違いだと思います。

もう一つ、『暗きは夜』には脚本がありませんでした。頁一枚のストーリーはあったんですが、毎朝撮影所で、俳優たちと相談してから台詞を決め、渡していました。全ては有機的に構成され、撮影しました。おそらくあなたがドキュメンタリー風だとおっしゃるのも、脚本がないことが原因ではないかと思います。

――そういった撮り方ですと、俳優にかなり映画・麻薬戦争双方に対しての知識がないと難しいのではないかと思いますが……。

AA 夫婦、息子役3人ともとても熟練された俳優です。夫婦を演じたジーナ・アラジャとフィリップ・サルバドールの2人は重要な俳優で、過去にポリティカルな映画に出演した経験もあります。リノ・ブロッカの作品にも出演しています。彼らにとっては、それらの映画の延長線上にこの映画があったのだと思います。一緒に仕事をしてみたかった俳優たちでしたので、脚本のない映画にチャレンジしてくれたことをとても嬉しく思います。

『暗きは夜』より

――そうでしたか。一見ドキュメンタリー風ではありますが、脚本は緻密に組み立てられているのではないかと思っていたので、少し驚いています。特に、サラが殺人を犯すところが非常にショッキングでした。あれはサラの置かれた立場を説明するのに非常に重要なシーンですね。どういった経緯でできたんでしょうか。

AA あのシーンは最初からストーリーに入っていました。BBCの新聞記事で、あるドラッグディーラーが、ボスの指示で他のドラッグディーラーを殺すというものを読んだからです。おっしゃる通りこのシーンはサラのキャラクターを説明するには非常に重要です。サラにいつも電話がかかってきて、知人の女性を「殺せ」と言われるんですが、サラはずっと応じなかったんですね。最後に応じたのは、それが息子が見つかる最善の方法だと思ったからです。ですが結果はもっとひどいことになってしまいました。結局一連の出来事は、政治家たちを含む生態系の食物連鎖、弱肉強食の世界の一部だったということです。

                        『暗きは夜』より

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