『暗きは夜』より
――市井の人々の非情な運命を描くと同時に、政府や警察の狡猾なやり口が告発されている映画でもあると思います。製作や撮影に困難はなかったんでしょうか。
AA 多くの人に撮影は危険だと言われましたが、地方の自治体に撮影の許可を申請し、驚いたことに許可されました。警察の車も借りることができたし、本物の警察官が映画に出演しています。それは私にとって大変嬉しいことでした。何故なら私は本当の話、リアルな話を映画にしていて、実際の事件や状況に関わっている人々が映画の撮影現場にいるというのは、私にとっては夢のようでした。そして、それらは映画にとって必要なことだったと思っています。
――ですが、実際に警察がこの映画を見たらどうなんだろうと思ってしまいますが……。フィリピンで公開はされたんでしょうか。
AA まだフィリピンでは公開されていません。フィリピンに戻ったあと、特別上映会をやろうと思っています。正式なリリースは2018年初頭の予定ですが、あくまで予定です。フィリピン以外の国で上映されているのを知っているので、多くの人がこの映画に興味を持ってくれています。センシティブな映画ですので、公開に関しては上手く計画しないといけないと思っています。特に政府側がどう反応するのか等、確かに考えないといけないですね。ただどういう状況にあろうとも、公開はする予定です。
――また一方で、メキシコの麻薬戦争ものっぴきならないことになっていて、善悪の区別がつかない状況を果敢に写し取った『ボーダーライン』(15)や『カルテル・ランド』(15)のようなアメリカ映画も出てきています。誰が悪人なのか善人なのかよく分からなくなってしまう怖しい状況を描ききったところはこの映画と共通していると思いました。麻薬戦争を描いた映画を撮るにあたって、参考にした映画や留意したことはありますか?
AA 『ボーダーライン』も『カルテル・ランド』も好きな映画ですが、今回の映画を撮るにあたって特に意識はしていませんでした。実際にフィリピンの状況をリサーチした時に、フィリピンでの事実を映画にするだけで十分だと感じました。今フィリピンが麻薬に関して抱えている問題は、他の国にも存在しています。ただ、フィリピンで今犠牲になっているのは、本当に普通の人々であり、つまり誰もが犠牲者となり得る。そのことが、例えば日本の方々が、この映画を観て、犠牲者の感情を理解できることに繋がっていると思います。
映画の登場人物は、白黒はっきりしていることもありますが、この映画の登場人物はグレーです。悪いこともいいこともします。言いたかったことは、人間は過去に悪いことをしたからといって、最後まで悪人ではないということです。サラも罪は犯しましたが、息子探しの過程を経ることによって、変化を望むようになる、そこを撮りたかった。ただ一方で社会や政治、周囲の人々が、彼らの変化を恐れていて、何故ならそういった変化は覚醒に繋がる恐れがあるんですね。そういったことも撮りたかった。
――監督の作品はこの『暗きは夜』と『リベラシオン』しか拝見できていませんが、人々と社会の関わりを描く、そして映画によって観客に働きかけ得るという意味で、やはりポリティカルな映画という共通点があるのではないでしょうか。映画製作の原動力はどんなところにあるんでしょうか。
AA いつもストーリーに惹かれます。これは30作目の長編映画になりまして、今まで様々なジャンルの映画を撮ってきました。「この映画をやりたい」と思わせるのはやっぱりストーリーです。私がやりたいことは、登場人物が経験するプロセスがどのようにその人物を、そしてその人物が属する社会を変化させるのか、ということです。ですので、ある種のジレンマに置かれているキャラクターを好むところがあると思います。
『暗きは夜』より
――あなたは『リベラシオン』の他にも、“Haruo” (11)という日本の元ヤクザをテーマにした作品を撮っています。杉野希妃さんと共同製作の“Kalayaan” (12)という作品もあるし、日本の文化に興味があるんでしょうか。
AA はい、日本映画にとても興味があります。小津、溝口、今村昌平など、シンプルなストーリー構成が好きですね。日本の映画の、静かに表現するところに興味があります。登場人物が何か決定を下す際や、人間の本性を表わす際に、静かに表現するというのはとても大事ではないかと。
あと、フィリピンは日本の統治下にあった時代もあったので、文化的な共通点もあると思います。悲しい過去ではありますが。“Death March” (13)という第二次大戦をテーマにした映画もあります。
来年の2月から北海道で撮影を始めます。杉野希妃さんとの仕事で、フィリピンの俳優も、日本の俳優も出演します。
――それは楽しみですね。どんな映画なんでしょうか。
AA ある家族の一人が亡くなり、それを捜査するという話で、『暗きは夜』のサラ役のジーナ・アラジャ、『ローサは密告された』のヒロインを演じたジャクリン・ホセも出演します。
――フィリピン映画の興隆は日本でも話題になっています。ブリランテ・メンドーサ監督やラヴ・ディアス監督のようなフィリピンの現状に即した社会派の映画、また『ダイ・ビューティフル』(16)のような過酷な現状と同時に映画らしい夢を描いた作品も人気があります。あなたは才能溢れる多作な中堅監督だと思いますが、何故フィリピン映画が今花開いていると思われますか?
AA フィリピンの映画製作者にとっても、今はとても面白い時代です。デジタル・テクノロジーによって、映画は解放された。面白い映画が撮れる、面白いストーリーが語れるようになりました。フィリピンの映画には話に幅があると思っていまして、それは時には政治的な状況を描いていたり、個人的なストーリーだったりします。そしてそれは同時に普遍的な話でもあって、他の国の観客たちが、登場人物の状況を感じることができます。それがみなさんに興味を持ってもらえる理由ではないでしょうか。
フィリピンの映画製作はとても多様性がありまして、メンドーサ監督も、ラヴ・ディアス監督も、方法論は様々なんですね。同じ国の監督であっても、決して同じではない。
――今後、もっとあなたの映画を観る機会があることを期待しています。本日はどうもありがとうございました。
(2017年11月25日、有楽町にて)
【映画情報】
『暗きは夜』
フィリピン / 2017 / 107分 / 監督:アドルフォ・アリックスJr(Adolfo ALIX Jr.)
路上での射殺という過激な麻薬撲滅運動が吹き荒れるフィリピン。麻薬取引に手を染めていた主婦サラは真っ当な仕事に就こうと努力する。そんな時、麻薬中毒の息子が失踪するが…。巨匠リノ・ブロッカの社会派作品を彷彿させるアドルフォ・アリックスJrの力作。
※東京フィルメックス2017で上映
【監督情報】
アドルフォ・アリックスJr
1978年、マニラ首都圏のマカティ市に生まれる。マニラ大学でマスコミ学を専攻し、卒業後は映画やテレビの脚本家として活動。2006年、『DONSOL』で監督デビュー。同作品はアカデミー賞外国語映画賞のフィリピン代表候補に選ばれた。監督第2作“The Goat”(06)はロカルノ映画祭で上映。その後の作品も多くの国際映画祭で上映され、“Manila”(09、ラヤ・マーティンと共同監督)、“Death March”(13)はカンヌ映画祭に選ばれた。その他の代表作品に『バタネス』(07)、『リベラシオン』(11)、杉野希妃と共同製作した“kalayaan”(12)等がある。