林木材氏
台湾国際ドキュメンタリー映画祭(TIDF)は、1988年から2年に一度開催され、今年は満20周年となる。林木材氏が2014年にプログラムディレクターに就任してから、今回で3度目。これまでを振り返りつつ、台湾における映画祭の位置付け、さらには日本作品についても話を聞いた。
(取材・構成・翻訳:田中美帆)
映画祭スタートから20年
--今年、TIDFは20周年を迎えます。振り返っていかがですか。
林木材(WL) 初めて観客になったのが2004年で、その後の2回も観客という立場でした。2010年に審査員として参加し、プログラムディレクターになったのは14年。この間に、映画祭の事務局が台湾政府文化部の国家電影中心の下部組織として位置付けられました。私も含めて事務局スタッフはこれで3回連続して映画祭に携わりますが、実はこれまで3回連続でかかわった人はいません。長くて2回で映画祭から離れてしまう状態でした。ですから、やっと落ち着いてきた感じですね。
--20周年にちなんだテーマなどはありますか。
WL これまで「解放記憶」(記憶を解放する)、「跨越真實」(真実を越えて)といったテーマを回ごとに設けてきました。ですが、毎回、100本を超える作品を上映しますが、それらがすべてテーマに沿うことなど土台、無理な話です。テーマがかえって作品を制限する可能性もあります。いっそのことなくして映画祭の核となるスローガン「再見真実」という形で、お客さんにこんな角度から観るといいですよ、と促すことにしました。
--今回、アジアインサイト部門にノミネートされた呉耀東監督『Goodnight & Goodbye』は、1999年に山形国際ドキュメンタリー映画祭でも上映された『在高速公路上游泳(邦題:ハイウェイで泳ぐ)』の20年後の話だそうですね。
WL 前作では、主人公と監督の関係がうまくいっていなかった。それがかえって作品にある種の力を持たせていました。監督はこの作品以降もいろいろ撮っていたものの、あれ以上のものを撮れていないと感じていた。そこで、あの時と同じように力のある作品が撮りたいと、改めて当時の主人公に会いに行きます。本作が問いかける創作過程における課題は、制作側にとっては十分に起こりうる話ですし、見る人にいろいろ考えさせる作品です。
画面左端がウー・ヤオドン監督
--去年の山形国際ドキュメンタリー映画祭には林さんも含めて、台湾から大勢参加されていましたが、参加されていかがでしたか。
WL 改めて、丁寧に準備されているなと思いました。たとえば、8ミリ、16ミリ、32ミリといったフィルム上映は、なかなか観られるものではありません。またアジアの監督たちが参加していましたが、私自身、山形で初めて知った方たちもたくさんいました。
--現場のスタッフやボランティアも含めて参加して、今回のTIDFに反映させたことなどはありますか。
WL フィルム上映はさっそく台湾でも取り入れました。ただ、山形はあの土地柄もあるのか、リラックスした雰囲気があります。台北は大都市なので、なかなか難しい面もありますが、できるだけあの感じを目指したいですね。
--審査員に原一男監督が加わりました。山形で新作『ニッポン国×泉南石綿村』が上映されていましたが、そこで決めたのですか。
WL 会場で監督の新作を見た直後、審査員をお願いしました。上映後の反応もすごくよかったですよね。監督の作品は、2000年にTIDFで何本か上映していて、そのうちの1本は今回も上映する1987年の『ゆきゆきて、神軍』です。作品からちょうど30年たち、また台湾に何度かいらしたこともある、そういった縁から原監督にお願いしました。
--日本からの応募作品について聞かせてください。
WL 50数本の応募がありました。今回の上映数は6本と、多いほうだと思います(注:前回は3 本)。私個人の感覚ですが、日本の作品は福島やその他の災害をテーマにした作品が多く、どちらかというと、監督個人の考えが見えにくい印象を持ちました。実をいうと若手監督の作品を紹介したいと考えていたのですが、結果としてベテランの監督の作品が素晴らしかった。ちょっと残念だったかなと思います。
映画祭で歴史を振り返る意味
--前回は80年代の「グリーンチーム」、今回は60年代の作品を紹介するコーナーが設けられました。
WL 50歳以上の台湾人なら、80年代にグリーンチームが何をしたのか知っています。これが50歳以下となると、「グリーンチーム」という単語を聞いたことはあっても、彼らが80年代に撮影した映像を観たことはないかもしれません。およそ30年前に起きていたことは、台湾史においてとても重要な意味を持ちます。前回、彼らの映像を若い人たちに見てもらいましたが、とてもいい反応でした(参考:前回記事)。
その後、台湾の歴史において見過ごされてきた時代がいつなのかを考えた結果、60年代の作品コーナーを設けることにしました。作品を探し始めてから、80年代の作品はずっと探しやすかったのだと気づきました。60年代というと、50年前ですからね。結果として、映像はすでになくなってしまって、プログラム冊子にタイトルだけ掲載した作品もあります。
--台湾国家電影中心では、フィルムを保管している倉庫がありますよね。そういった場所にも残されていないのでしょうか。
WL 倉庫で保管している作品は、劇映画や商業映画が中心で、ドキュメンタリーはなかなかみつからず、今回上映する作品は、1年半ほどかけて探し出しました。60年代台湾というと、ドキュメンタリー映画さえ存在しなかった時代といえますね。台湾は白色テロのただ中にあり、言論の自由はありませんでした。海外の情報はほとんど入手できない中で、皆、西洋のアートフィルムに触れる機会などなく、翻訳された文章からアートフィルムはどういうものなのかを想像し、考えながら制作していたような時期にあたります。
--歴史というと、香港の歴史を扱ったコーナー「不只是歷史文件:港台錄像對話1980-90s」(Not Just a Historical Document: Hong-Kong-Taiwan Video Art 1980-90s)もありますね。
WL 2017年は、1997年の香港返還から20年、1987年の台湾戒厳令解除から30年という節目の年でした。ですから、この2つの出来事を絡められるプログラムを組みたいと思いました。メインは展示ですが、上映作品の3分の2は香港が制作、残りが台湾の制作です。
台湾と香港の政治状況は違う部分もあるけれど、中国大陸の影響を受ける、という意味で、よく似ています。とりわけ1989年6月4日に起きた天安門事件は、双方にとてつもなく大きい影響を与えました。現在も政治的な状況は芳しくありませんが、香港と台湾、両方に通じる歴史のある80年代、90年代を、今一度振り返っておこうと考えました。
映画では既に知られた作品がいくつもあるので、今回の映画祭でビデオによる作品を紹介しています。80−90年代は、香港も台湾も、ほぼ同時にビデオ作品の制作が始まった時期なのです。
多種多様な作品を上映する
--日本ではドキュメンタリー映画祭の観客の年齢層はやや高めですが、台湾はスタッフも含めて若い人が多い。違いはどこから来るのでしょうか。
WL 台湾はドキュメンタリーがある種のブームなのだと思います。学校でもドキュメンタリーを見る機会が多いですし、先生たちが参加を奨励することもあって、TIDFに限らず、金馬賞も含めて台湾で行われる映画祭スタッフには若い人が多いんです。それでも、TIDFは台湾の映画祭の中でも、まだ少ないほうかもしれません。台湾ではどちらかというと若い人のほうが、社会や世界に対する関心が高いです。
日本だとメディアを通じて世界各国の情報に触れる機会がありますが、台湾ではそういった機会が極端に少ない。ですから、普段とは違った観点を提供するのが映画祭の役割の一つだともいえます。若い人たちにとっても、映画祭は普段は触れることのない情報を受け取る貴重な機会になっています。
--たくさんのコーナーがあるのも、そうした背景が関係するのでしょうか。
WL 映画祭には、より多くの、違った作品を上映する、という基本的な役割があります。異なる視点の作品があることで、見た人の世界観が変わり、あるいはドキュメンタリー映画に対する考え方にある種の変化をもたらす。たとえば「ドキュメンタリーとはこういうもの」と固定した考えがあっても、映画祭でぐっと押し広げたい。そうやって、誰かの視野を広げていく作品やイベントを増やしたいと考えています。
--「青少年審査員賞」も同じような意図で設けられたのでしょうか。
WL そうですね。この賞は富邦文教基金会というファンドの協力を得ています。もともと基金会で映画に関する取り組みがあった関係でこの賞を設けることになりました。応募者は高校生が中心で、事前に審査員になるための3〜4日のワークショップを受け、作文を提出したうえで審査員になります。今回は、40〜50人応募があった中から25人ほどが審査員になりました。全部で6本の作品を見てもらい、そこから1本を選んでもらう、というものです。
--映画祭の関連イベントは前回より増えたそうですね。
WL そうですね。イベントも映画祭の重要なプログラムの一環です。映画を観て討論するだけでは、新境地をひらくのはなかなか難しい。そこで展示、音楽など、さまざまな角度からドキュメンタリー映画を考えるきっかけにしてもらうべく、イベントを設けています。たとえば、60年代、80年代といった時代は、これまで同じような切り口の紹介にとどまっていましたが、今回は当時の関係者を招いて改めて討論する場を設けました。そうすることで、もしかしたら参加者が新しい何かが発見できるかもしれないと期待しています。映画人の講座など、さまざまなイベントを通じて、ドキュメンタリーへの理解を一層深めてほしいですね。
--最後に、日本の皆さんにメッセージをお願いします。
WL 今回の映画祭では、最短で90秒の作品から最長640分まで170本の作品を用意しています。「ドキュメンタリー」といっても、さまざまな見方がある。日本の方にも、ぜひ観ていただきたいです。
--ありがとうございました。
【プロフィール】
林木材(Wood Lin)
台湾国際ドキュメンタリー映画祭のプログラムディレクター。1981年台南生まれ。国立台南芸術大学修士課程卒。台湾で1991年に公開された吳乙峰監督のドキュメンタリー映画『月亮的小孩』(邦題『月の子供たち』=YIDFF1991で上映、先天性アルビノの子どもたちを追った作品)をきっかけにドキュメンタリー映画の世界に入る。著書に、台湾のドキュメンタリー監督6人へのインタビューをまとめた『景框之外―台灣紀錄片群像―(フレームの外-台湾ドキュメンタリー映画のひとコマ)』(遠流出版)がある。ブログ「電影・人生・夢」 では、自身の活動とともに、台湾その他のドキュメンタリー作品の論評や映画人としての日常や考えをつづる。
1998年に台湾で始まったドキュメンタリー映画祭。山形との重なりを避けるため、偶数年に一度、開催されている。20周年、11回目となる今回は2,445本の応募のうち、170本を上映予定。会場は、会場は光點華山電影館、台北新光影城など。詳細は公式サイトへ。
【開催時期】2018年5月4日(金)−13日(日)台北市
【公式サイト】http://www.tidf.org.tw/
<聞き手プロフィール>
田中美帆(たなか・みほ)
取材執筆、編集、翻訳校正など台湾を書いて伝える台湾在住フリーランス。Yahoo!ニュース個人オーサー、エバー航空機内誌『enVoyage』編集のほか、中国や台湾のドラマの字幕校正を担当している。
台湾国際ドキュメンタリー映画祭には、前回からボランティア参加。