【連載】「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」 第30回 『Orson Welles “The War of the Worlds”』

放送までの経緯―ハロウィン特番のつもりだった

○原作となったH.G.ウェルズの小説『宇宙戦争』は、1898年の発表。舞台はイギリス。僕は子どもの頃に創元推理文庫版で読んだっきりだが、もし今読んでも、ものものしい世界滅亡のプロセスから急転直下の落語的オチに至る展開は鮮やかだろうと思う。

○一方のオーソン・ウェルズ(1915年生まれ)は、早熟で十代の頃から舞台に立ち、演出も手掛ける。天性の声質のゆたかさが買われ、早くからラジオドラマにも出演。

○シェイクスピアをオール黒人キャストで公演するなどで演劇界注目の存在となった1938年夏、CBSラジオ全国ネットのレギュラー枠(毎週月曜の夜9時から1時間)を持つことに。主宰するマーキュリー劇団の出演で、毎回、古典のラジオ劇を放送(劇団のレパートリーも多かった)。

○番組は好評だったので同年秋、毎週日曜夜8時から1時間に放送が移り、タイトルはMercury Theatre on the Airに。日本風に訳せば『マーキュリー劇団の夕べ』か。

○ウェルズがひとりで脚本・演出・出演までこなす―のがセールスポイントだったが、そこまでの時間はないため、ウェルズと組んでいた演劇プロデューサーであるジョン・ハウスマンが脚本を書き、劇団の演出助手が現場を仕切っていた。

○ただしウェルズが全体の統括者である点に変わりはなく、脚本や演出の構想から本番中の指揮まで含めると、彼のワンマン番組とみなされて当然のプログラムだった。
ウェルズ自身がこの番組で力を入れていたのは、もっぱら「タイミングと音響効果」だったという点が、後を考えると重要。

○同時間の聴取率は、チャーリー・マッカーシーのコメディ番組がダントツでトップ。マッカーシーとは、腹話術師エドガー・バーゲンを従えた人形。現在も、アメリカで腹話術といえばまず名前が出るのはマッカーシーくんと言われるほどの人気で、『Mercury Theatre on the Air』のシェアは低かった。
しかし、ドラマ部門では全体の上位にあり、順調な番組のひとつといえた。



○毎週放送の過密スケジュールが続き、ウェルズとハウスマンは初めて自分達のグループ以外から劇作家を呼ぶ。ハワード・コッチ。すでに新進の劇作家として評価されていたが、ウェルズの代作者となる契約を結び、途中参加する。

○10月30日放送の第17回は『宇宙戦争』に決定。すでに何本かを書いて信頼を得たコッチは、ウェルズから、翌日にあたるハロウィンに合わせた「ドッキリ」な内容にしたい希望と、そのために全体を〈ふつうの番組に割り込んで始まる緊急特別報道〉にする展開を伝えられる。
ウェルズは、原作の面白さのキモは、火星人がロンドンに迫り、テムズ河を渡るなど、実際の地名を舞台にしている点にあると考えた。そのため脚色では、舞台を現代のアメリカに移し替え、ニュージャージー州やニューヨークの地名を使った。

○『オーソン・ウェルズ 青春の劇場』は、ウェルズがこの回にはどの回よりも熱心に入り込み、俳優の稽古は全て見て、あらゆる音の効果を監督したと書いている。

〈ハロウィン特番〉のつもりだった点からして、ウェルズは確信犯。
放送後の釈明会見では、ただ楽しんでもらいたかっただけで、悪意などは一切無かったと答えているが、無ければいいというもんではない。全国ネットで善男善女を脅かしてやろうと、舌なめずりしちゃった分の罪はある。

構成の項目出し(1) 最初は退屈させるいやらしい上手さ

そうして1938年10月30日の夜8時から始まった放送。僕が聴いている盤は2枚組4面に分割されているので、それに沿ってシークエンスを項目出ししていく。煩雑で申し訳ないけど、細かいところで意識を逸らし、揺さぶる仕掛けが身上の番組なので。

【A面】
(1)局のアナウンサーが番組開始のアナウンス。「H.G.ウェルズの『宇宙戦争』をお送りします」とはハッキリ言っている。
(2)オーソン・ウェルズ本人による前口上。この世界が人間よりも遥かに高い知性によって観察、研究されていたならば云々とテーマを語る。ただし大仰で遠回しなので、すぐに聴く人の気持ちをとりとめなくさせる。
(3)架空の天気予報に続いて、〈ラモン・ラクエロ&ヒズ・オーケストラの音楽番組〉が始まる。しばらく音楽。
(4)中断して臨時ニュース。火星の表面上でガス爆発が観測され、そのガスが高速で地球にむかっていると、まだ冷静なトーンで。
(5)音楽番組に戻る。演奏されるのはホーギー・カーマイケルの「スターダスト」という遊び。
(6)また中断。火星の異変に注意するよう政府の気象局が指示のニュース。「高名な」天文学者ピアソン教授(ウェルズ演じる)の緊急コメント。教授は火星のガス爆発の原因は謎だが、ただちに影響はありませんと断言。
(7)再び音楽番組の演奏。
(8)臨時ニュース。ニュージャージー州グロバーズミル近郊の農場に、隕石が落下。
(9)音楽番組に戻るものの、すぐ隕石落下現場からの中継につながる。隕石と違い、巨大な円筒形の金属。農場主に落下時の話を聞くが、肝を潰していて、オラおったまげただ……的なことしか言えない。

【B面】
(10)落下現場の中継つづく。野次馬と警官のもみ合いの向こうから―金属の中から聞こえてくる不気味な音。金属がめくれ、真っ黒な目と濡れた体を光らせた生き物が次々と現れる。野次馬、逃げ出す。記者も、リポート可能な場所に移るまで少々お待ちください、と慌てて告げる。
(11)また音楽。だがもう放送の主役は逆転しており、報道態勢を整えるまでのつなぎでしかない(平和なムード音楽がかえって緊迫感を高める体位法の演出が、ここに来てガツンと効く)。
(12)スタジオのアナウンサーがいったん引き取り、グロバーズミルの中継へ。
(13)現場から、農場主の家まで戻った記者がリポート。謎の生物と対峙した警官隊、話し合いのために白旗を上げる。すると代わりに光線が放たれ、牧場が火の海に。なおも記者が状況を伝えようとしたところで、マイクの音が切れる。しばらく無音。
(14)スタジオのアナウンサー。中継が原因不明に途絶えたが、しばらくお待ちくださいと。そして、火星のガス爆発は単なる自然現象であるとする学会の公式発表と、グローバズミルで数十人の焼死体が確認された速報を。(このズレによる揺らがせかた、風刺の毒が凄い)
(15)州兵軍司令官が、ニュージャージー州を戒厳令下に置いたと発表。
(16)グロバーズミルに赴いて惨劇を目撃し、生き残ったピアソンと直通電話がつながる。ピアソン、何ら裏打ちのある説明はできないが、「彼らは強力な熱光線を放ちます」と初めて具体的な現状を伝える。(具体的―つまりここで、実は荒唐無稽な物語です、と手の内を明かすのも徐々に始まる)
(17)軍司令部からの中継。謎の生物を包囲して軍事作戦が始まる。
(18)スタジオのアナウンサー、改まった調子で重大な発表。グロバーズミルの軍事作戦が壊滅的に失敗したこと、戒厳令の範囲が広がったこと。「奇妙な巨大生物は火星からの侵入軍と考えざるを得ません」
(19)ワシントンの内務長官から臨時放送。国家的緊急事態を認めつつ、冷静な行動を求める。
(20)火星人を乗せた計3台のマシンは、送電線や橋、鉄道を破壊しながら北上し、他の土地に落ちた仲間との合流を目指していると続報。彼らは周到に、ニューヨークの抵抗機能ををマヒさせる意図を持って進んでいる。


▼Page3 構成の項目出し(2)クライマックスから一転した内容に につづく