【連載】「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」 第30回 『Orson Welles “The War of the Worlds”』

ウェルズのフェイクを真に受けた人たちの心理

採集された証言は、多彩で興味深い。僕がうまいもんだと感心したところで「芝居じみている」と感じ、ドラマだと気付いた人も少なくないが、それにしても相当な数の人が当日の夜の恐怖を語っている。

調査の結果でナルホド……となったのが、クチコミ効果。
最初に驚いた人の多くは、冒頭の時点ではアナウンスに集中していない。ウェルズのホラが効果を高め出した時に初めて驚き、親戚や友人に電話をかけていたことが分かる。
半信半疑の人であっても、親しいひとから慌てた電話があれば、そちらにより強い動揺を受ける。「お母さんが世界の終わりだと泣いている!」ほうに心を奪われると、自分もラジオをつけ、他局を回して真偽を確かめる冷静さが鈍くなってしまう。
こうした人から人の反響、誰でも無縁でいられないところがある。

それにベースには濃厚に、当時の空気があった。ナチス・ドイツの台頭で社会不安が高まっている時期。
また世界大戦が始まるのか?……不安はアメリカ市民みんなにあり、番組が急に中断されて重大なニュースが放送されることに、切迫さを持って馴染んでいた。
(そこを見越して演出効果を狙ったウェルズは、やはり、かなりのロクデナシではある)




騒動直後は、騒いだのはあくまで教育の足りない人であって、知的な人間は批判能力があるから騙されないのだ、と冷笑する識者の声が多かったらしい。
ところが調べてみると、大学に行っていても早飲み込みした人は少なくなかった。教育程度の高低では決めつけられない、と明らかにしていくのがこの本の白眉だ。
むしろ、よく読む本が教養書や聖書ではなくパルプ・マガジンな人ほど空想番組だと気付くのが(パターンが読めて)早かった、というのがおかしい。

生い立ちや学歴を大事にする人には、「高名な天文学者」や「内務長官」など肩書がある人の言葉を(よく確かめず)鵜呑みにしやすい傾向がある。同時に、現在の社会的身分を失う恐怖の度合いは、低所得の人よりも強い。
強い不安や悩みを抱え、自信を欠如している時期にある人、また、何でも運命の成せる業と合理化する心理的クセがついている人は、批判能力を持っていてもそれを発揮しにくくなる。

こうした分析がバッチバチと続くのだ。一方で、「これで世界が終ると思うと、急に全てが美しく見えた」「死ぬのは(自分と同じ)ユダヤ人だけでなく全員だと思うと、実は嬉しさを感じた」などといった、無意識の破滅待望論者も。

モロに言うと、僕らは時々、議員や医師、経営者をつとめるようなひとが、どうしてデマやカルト教義に簡単にハマるのかな……と首を傾げながら生きている。キャントリルのこの本を読んで、僕は目からウロコがボタリボタリと落ちた。


ウェルズがホラにホラを重ねたうえで伝えたかった精神

とはいえ、鋭い分析に頷き、シニカルに溜息をついたところで文章を終わらせてもいけない気がする。
フェイクニュースから身を守るにはどうすればいいのか。高い教育にもれなく批判能力がセットで付いてくるワケではないとしたら……。

よく考えてみた末、社会的役割を多くすることが一番の予防なのかなあ、と思う。
自分の価値観(言わなくても分かる)がすぐ通じない場に身を置く機会を、自覚的に持つということね。
そうすれば、自分の得た知識や情報が信頼できるものかどうかの判断基準は、日々メンテナンスできるんじゃないだろうか。



オーソン・ウェルズも演劇人、放送人、映画人など様々な居場所をさまよい、各所でハッタリをかましながら、立場は終生リベラルな人だった。
だから『市民ケーン』で、イエロー・ジャーナリズムの語源を作った新聞王をモデルにして叩き、同時にその孤独に、独裁的にことを進めてしまう自分の限界をナイーヴに重ねた。
『宇宙戦争』の度を越した悪戯、リスナーへの高慢な挑発の中にも、自分自身に向けた懐疑と忠告はちゃんと仕込まれている気がする。

レコードを何回も聴き、翻訳を読み直した今、まるで平凡に感じていた後半のほうに、僕はジワジワと重みを感じつつあるのだ。

ウェルズ演じるピアソン教授は、最初に「火星人など存在しません」と識者の立場で発言した人物。ところが、火星人が地球侵略を始める現場に居合わせ、しかも生き残ってしまった。
ようやく会えた人間は、砲兵。ナイフを持って「このあたり一帯の食い物は全部オレのものだからな」といきなり警告してくるような男だった。

ピアソンは、オレに従うなら仲間にしてやってもいい、と誘うこの男に頼って安心してしまいたい衝動にかられる。しかし、ひとりを選んでまた歩き出す。どこへ行くかと問われて、
「君の世界じゃない場所だよ。さよなら」

ウェルズは、この一言のセリフのために、他の全てでホラを吹いたのかもしれない。


盤情報

『Orson Welles “The War of the Worlds”』
Munheim Fox
1978
当時の価格不明

若木康輔(わかきこうすけ)
1968年北海道生まれ。フリーランスの番組・ビデオの構成作家、ライター。
今回はフェイクニュースの元祖なところのみに焦点を当てるつもりが、結局はオーソン・ウェルズ本人についていろいろ考えました。なにしろ『宇宙戦争』は『市民ケーン』とほぼ姉妹編。ビックリするほど内実が通じてた。しかも遺作『オーソン・ウェルズのフェイク』(1975)とコインの裏表でもあるという。映画の勉強してる人は、いっぺん聴いてみて損はないと思います。
映画で参考になったのは『映像の魔術師 オーソン・ウェルズ』(2014・アメリカ/チャック・ワークマン)です。劇場未公開で、時々CSで放送されるドキュメンタリー。基本は教科書的なアーカイヴものなんですが、「今だから言うけど、オーソンくんは昔から人を思いやる心に欠けてました」と同級生だった老婦人が告白しちゃうの。容赦なく。この一言が、ブロードウェイやハリウッドでの栄光の姿に影をさしこむ構成になってて、シーンとした気持ちにさせられます。