【連載】「ポルトガル、食と映画の旅」第19回 ポルトガルを食べる text 福間恵子

ところで、ポルトガルはお米arrozをよく食べる国である。主食はパンだから、魚や肉の副菜として、茹でたままのものや、にんじん・豆などと煮込んだものなどがよく登場する。副菜だけでなく米をつかったメイン料理もたくさんある。「arrozもの」とわたしは呼んでいるが、タコごはん、アサリごはん、アンコウごはん、鶏ごはんなどに加えて、シーフードをいろいろ使ったリゾット風のものまで多岐にわたっている。米はロングライスのような粘りのないものが一般的だ。Arrozものはどれも大好きだけれど、夫とわたしがその独特の味わいに惹かれているのは、鴨ごはんArroz de Patoだ。元々はベイラ・アルタ地方の郷土料理だが、全国どこでも、リスボンでもポピュラーだ。

初めて食べたのはアレンテージョ地方のヴィディゲイラの友人のうちに招かれたときのこと。連載第2回「アレンテージョの春」で書いたように、この町で親しくなったマヌエルの妻リディアが作ってくれたのだ。その美味しさに感激してレシピを教えてもらい、わが家でも作りはじめた。でも、なかなかリディアの味のようにならない。5年後に夫とともに彼らに会いに行ったら、「ケイコが感激してくれたからまた作ったよ!」とリディアが用意してくれていた。やっぱりおいしくておいしくて、今度はきちんと正確に作り方を教わった。

リディアの鴨ごはん、アロス・デ・パト

はじめのうちは鴨肉をわざわざ買ったが、手に入りにくく高価なので鶏もも肉で代用する。だからわたしのこのメニューは、リディア風Arroz de Frango(鶏ごはん)である。

まず、塩をしたもも肉を塊のままニンニクとローレルとともに茹でる。そのもも肉を細かく裂いて、茹で汁(大事なスープ)に戻す。ローレルをひきあげて、米と粗みじんにしたパセリとタイムを入れて(ほんとうは生ハムの切れ端みじんも入れるが、なくても大丈夫)、塩で調味して煮込む。だいたいのarrozものはここで出来上がり。だがArroz de Patoはここからが肝心。炊き上がったものをオーブン皿にギュッと敷きつめて、その上から卵と生クリーム(濃い牛乳でもOK)を溶いたものを、ごはんを覆うようにかけていく。この量が大事だった! 多すぎても少なすぎてもダメ。これをオーブンで20分ほど焼いて出来上がり。表面がカリッ、卵と生クリームが米に柔らかさを与え、それに鶏のスープがしみこんで最高にうまい。

レストランの鴨ごはんは、卵と生クリームを使っていたりなかったりだが、チョリソの輪切りを上にのせてアクセントにするのはどこも同じ。でもリディアはしない。「あれは飾りだからね、家庭ではいらないわよ」と言う。レストランでも本のレシピでもない、庶民がふだん食べている料理をごちそうになり、伝授してもらえた。この幸福を、リディアとマヌエルに感謝している。



アレンテージョは、一般的にはアルト・アレンテージョとバイショ・アレンテージョというふうに、北と南に分けられるほど広い地方だ。マヌエルとリディアの町ヴィディゲイラは、バイショ・アレンテージョにある。アレンテージョは内陸部も海岸線もあるので、郷土料理のバリエーションも豊か。ここを代表する料理は、日本でも南欧料理に詳しい人ならよく知っている、カルネ・デ・ポルコ・ア・アレンテジャーナCarne de porco à Alentejana(豚肉のアレンテージョ風)だ。これはパプリカソースに漬けこんだ豚肉とアサリを炒めたもの。陸の豚肉と海のアサリという意外な組み合わせに、早く食べたい気持ちがつのった。

アントニオ・タブッキの『レクイエム』にも登場する、リスボンの旧市街の中心にある「アレンテージョ会館」。ここのレストランで初めてカルネ・デ・ポルコを食べた。2004年のことだ。レストランは満席で、わたしたちもたくさんの人の列に並んで、期待して待った。ところが、予想していたものとはずいぶんちがった。豚肉とアサリはほんの少しで、サイコロ型のポテトフライが器を占めている。パプリカソースの味も薄い。アレンテージョ会館なのだから、これが本来のものなのだろうか。しかし、そのとき食べたもう一品の味も首をかしげるものだったので、ここのレストランを疑ってしまった。

わが家のカルネ・デ・ポルコ・アレンテジャーナ。黒オリーブの代わりにグリーンで。

そんな思いを吹き飛ばしてくれるほど美味しいカルネ・デ・ポルコに、翌年アレンテージョのワインの産地ボルバで出会えた。豚肉とアサリにしみこんだパプリカソースの淡い辛みの香り、脇にひかえた細長いポテトフライと上に散らしたコリアンダーと黒オリーブ。思いもかけない組み合わせが生む絶妙のバランス。素晴らしい料理だと思った。このレストランの料理人はお母ちゃん、ホールはお父ちゃん。すっかり親しくなって、自家製パプリカソースをおみやげにもらった。作り方をよく聞けば、それは日本の「かんずり」とほとんど同じで、味もそっくりなのだった。かんずりのように麹を使ったり唐辛子を雪の上でねかせることはしないが、干したものをペースト状にするのは同じ。でも、かんずりは高価である。

「これはポルトガル料理の隠し味よ」とお母さんに言われた。この店では手作りしているが、小さなスーパーでも瓶詰にしてあるものをあたりまえのように売っているので、毎回必ず買って帰るようになった。

アレンテージョで出会ったもうひとつの個性ある料理は、サメのスープSopa de Caçãoだ。広いアレンテージョの大半は農業地帯で、オリーブ、コルク樫、小麦、ワイン用のぶどうなどの大生産地である。少数の大地主が多数の小作をかかえる大規模農場が、この地方の庶民の歴史をつくってきた。その歴史ときっと関係があると思っているのだが、アレンテージョには、パンを「余さず使う」料理が多い。パン粥(アソルダ)、パンおじや、パン団子(ミーガシュ)、パン入りスープなどなど。サメのスープはパン入りスープの豪華版といっていいだろう。

アレンテージョのパンはとびきりおいしいことで有名だ。どんな種類のものでも(もちろん塩味)古く固くなったものを再生させるように、上記のパン料理に使う。

ボルバで食べたサメのスープ

サメのスープは、オリーブオイルでニンニクの香りをじっくり出してコリアンダーを加え、水を入れて煮立ったらサメとパンを入れて塩味で調味する。サメの柔らかい身とパンがスープの味を吸って、ため息が出るほどおいしい。ニンニクとコリアンダーが、サメの臭み(それがあるとすれば)を消して、とても上品で繊細な味を出している。生まれて初めて食べたサメに、目からウロコの思いだった。

瀬戸内海の魚で育ったわたしは、日本でも関東や東北でサメが食べられていることを最近まで知らなかった。東京で簡単に買うことができるのだ。それ以来、サメのスープはわが家の冬の定番である。

海の幸と陸の幸がうまく合流し、命の糧であるパンを生き返らせる。アレンテージョの、貧しさのなかの懐の深い食のあり方に感動した一品だった。

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