編集で「家族丸ごとの成長」が見えた
——映画化されるまでの話をお聞きしたいと思います。24年分の素材をまとめるのは大変だったと思いますが、まずどういう方針を立てたのですか。
遠藤 2010年にNNNドキュメントが40周年を迎えた時に、番組化の依頼があったんですが、その時点で、素材が1000時間分溜まっていました。会社の倉庫のラックもパンパンで、らちがあかないので粗編で170時間にしたんですね。そのあと映画にするということで追加取材をしましたから、全部で200時間になりました。200時間の素材を取り込みながら、スクリプトを取り直して、絞り込んで行く。これはほんとに拷問のような作業でした。考えてもみてください。そもそも1000時間分回っているのに映画は1時間42分だから、0.14%しか上演できないんですよ(笑)。
僕、朝は強いんですけど夕方は弱いから、朝の3時から夕方6時ぐらいまでずっと吉塚さん一家をみているわけ。若いお父さんが「ワーッ」とか叫んでいるシーンをみていたら、現在のお父さんから電話がかかってきたりして。二十数年間が一気にワープして、夢にでてくるかのような日々でした。
編集の段階で(編集の)佐藤さんや配給担当者と僕で、映画のタイトル案を出しあいました。NNNドキュメントのシリーズでは「ガンコ親父と7人の子どもたち」というタイトルだったんですが、公雄さんはけっこう泣き虫だし「ガンコ親父」という枠に閉じ込めたらもったいないとか、家族だけではなく、自然も要素に含まれるよね、とか、いろいろ議論になりました。佐藤さんは牧場にある、蜂の巣ができた大きな「やまなし」の木にこだわっていましたね。『やまなしの木の下で』でやれないか、あれこそ象徴なんだ、って。最終的に『山懐に抱かれて』という案が出てきた時に、僕はテーマが見えてきたかなと思ったんですよね。大きな自然に包まれている中での家族の成長というか、そういうものが少しづつ見えてきたんです。
——子供の悩みひとつとっても、少年期だったり青年期だったり、いろんな階層がありましたね。家族の悩みのいろんな階層をひとつにまとめた作品とも言えますね。
遠藤 僕、大学で発達心理学をやっていて、大学が大好きで今も出入りしているんですけれども、人間は死ぬまで発達するという考え方があって、その考え方でいくと、吉塚さんはまだ発達途上なんです。僕もそう。0歳が3歳になり、3歳が5歳になり、という発達と同じように、43歳の公雄さんが67歳になって、未だに発達している。その発達過程を追っていくのが、僕にとっては一番面白いことでした。
「家族の成長」と言いますが、お父さんもお母さんも、子供の成長に伴って成長をしている。アカデミックに言えば家族丸ごとの成長をみる視点が僕の中にあって、そこにだんだん結集していく感じがしました。家族それぞれと言うよりは、公雄さんを中心とた集合体だと思うんですけどね。
©テレビ岩手
——お母さんとは、あの家にとってはどういう存在だったのですか。
遠藤 実は2006年に、「母さんからのラブレター」という、お母さんを完全にフィーチャーした、吉塚さん一家シリーズ3作目のNNNドキュメントを作っています。その時はナレーションもお母さんの1人称にしてつけるぐらい、お母さんに対する意識は僕にはあるんですが、今回、編集の佐藤さんは「これで分かるよ」って言うんです。「遠ちゃん、映画これでお母さんのことを分かってもらえるから、心配しなくていいよ」って。なるほどなあと思いました。
——編集期間は、どれぐらいかけましたか。
遠藤 約1年ですけれども、佐藤さんとやりとりしたメールの数や、東京に住む彼に直接会いに行って、喋った時間を含めれば膨大な時間になります。実は佐藤さんも、今月いっぱいで三十数年間つとめたNNNドキュメントを辞めるので、この作品が彼にとっても卒業制作なんですね。大事な作品だし、映像に盛り込んでいる家族や自然の映像に惚れ込んでいるから、どうやって表現するかを彼なりに考えているわけです。自分も納得したい、と。当然僕と食い違うことがでてくるので、そのずれを修正していく作業が大変でした。彼もプロの編集マンですから、ディレクターの意向を完全に外すことはしないんです。僕も佐藤さんとは、NNNドキュメントで30年以上、それこそ吉塚さんより長いつきあいでやっていますから、関係性を尊重しながら内容をすり合せるのにとても神経を使いました。今回は2018年に放送し、芸術賞を頂いた90分のテレビ版の後に映画にしたこともあって、編集もさらなる可能性を追求する作業で本当に大変でしたが、今は佐藤さんも、この1時間43分の映画版がベストだ、と言っています。
——最後に、遠藤さんは結果としてテレビマン人生の半分ぐらいを、吉塚さん一家の番組作りに費やしたことになりますが、そのことに対しては、どういう思いがありますか。
遠藤 ちょっと宗教的な話になりますけれども「無駄はない」って思いますね。ここに辿り着くまでに、何かがひとつ欠けても映画にはならなかったと思います。まず吉塚さんとの出会いがなければ始まらないし、僕にはまとめる技術がなくて、編集の佐藤さんと出会ったからこそできたし、カメラマンが上屋敷君や田中君じゃなかったらああいう画は撮れなかった。お母さんもいなければ成り立たないし、公太郎くんをはじめ7人の子どもたちがいなければ成り立たない。テレビ岩手の社長が映画にしようと言わなければ始まらなかったし、配給協力の猿田さんと出会わなければ興業もできなかった……。すごく危うい積み木の上に成り立ってきたので、それを一緒に積み上げてくださった皆さんに対しては、素直にありがとうと言いたいですよね。
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【監督プロフィール】
遠藤 隆(えんどう・たかし)
1956年5月9日(昭和31年)東京都生まれ。埼玉県立高校を卒業後、大学進学にともない岩手県へ。1981年3月国立岩手大学人文社会科学部卒業。1981年4月(株)テレビ岩手入社し報道部配属。1987年1月NNNドキュメント’87「両手に力を下さい」でドキュメントデビュー。その後、様々なドキュメンタリー番組を手がけ数々の賞を受賞。1994年6月に吉塚さん一家の取材を開始。以後、他作品制作の傍ら、吉塚さん一家を24年にわたり継続取材を行う。2007年報道部長、2008年報道局次長兼報道部長を経て、2011年3月には報道部長として東日本大震災の取材・放送指揮をとる。2012年編成技術局長を経て、2016年6月に退職、契約社員シニアマネージャーとなる。2017年4月から契約社員として編成局エグゼクティブプロデューサー兼コンテンツ戦略室長を務め、現在に至る。
【映画情報】
『山懐に抱かれて』
(2019年/103分/16:9/カラー/HD/日本/ドキュメンタリー)
監督・プロデューサー:遠藤 隆
ナレーション:室井 滋
出演:吉塚家のみなさん・熊谷牧場・田野畑山地酪農研究会 ほか
撮影:田中 進 上屋敷 益元 柳田 慎也 谷藤 修二 吉塚 公太郎 山崎 令子
ドローン撮影:上屋敷 大輝
音声:鈴木 茂人
取材:菊池 健
構成・編集:佐藤 幸一
音楽:増子 彰
ミキサー:浜口 崇
美術:佐々木 款 紺野 遼真 藤沢 敬徳 大澤 淳 野村 俊祐
協力:日本テレビ系列 NNNドキュメント 萬田富治
宣伝デザイン:成瀬 慧
宣伝:岩井 秀世 猿田 ゆう
配給宣伝協力:ウッキー・プロダクション
製作著作:テレビ岩手
テレビ岩手開局50周年記念作品
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4月27日(土)GWより〈東京〉ポレポレ東中野,ほか全国順次公開
公式サイト:http://www.tvi.jp/yamafutokoro/