【Interview】ボクシングが好きだから、おかしいことはおかしいと伝えたい 『破天荒ボクサー』武田倫和監督インタビュー


今の日本のボクシング界は、興行のために選手が使われるシステム

——選手とジムの契約がいわゆる家族的な関係によってグレーになっている問題は、「相撲部屋と同じ」という映画のなかの山口さんの言葉で、僕も初めて気付かされました。しかし大相撲の場合は協会のなかで番付を決めて行うもので、ボクシングは各ジムの興行ですよね。どの選手に大きな試合をさせるかどうかを決める権利は、ジムが握っている?

武田 ジムというより会長ですね。会長に「こいつを育てたい」という選手がいたら、優遇される傾向があるのは当然だと思います。人間のやることなので。

山口賢一も実力はあったと思うんです。デビューから11連勝もしているわけですから。ただ、彼のようにズケズケと物を言い、声をあげるタイプは嫌われやすい。もしも会長に疎ましがられたら、こいつは扱いづらい奴だというムードにジム全体がなっていき、孤立してしまう。

賢一くんは彼自身の体験としてそれを学んでいるんです。世界中どこでもボクシングがあるのに、ジム制度があるのは日本だけだと。

海外では、ジムはあくまで練習の場です。トレーナーやマッチメーカーは分業化されていて、選手サイドに立ち、守るべきポジションの人間が必ずいます。日本のシステムでは会長が一番。会長の決めたトレーナーに付き、会長の決めた対戦相手試合をして、それでチャンピオンになれたとしても、ずっと会長の言うがまま。本来は選手の実力で決められることでも、ルールだからと言って縛り付けられるようになります。賢一くんの意見は、そこには選手の意思がないだろう、ということです。それを聞いて僕も納得できたんです。

僕らが見ていたボクシングの世界タイトル戦は、彼の言葉を借りれば、作られたマッチ。会長がこいつとやれば勝てる、勝てば次にもう一回興行が打てる、と計算をして組んでいます。ジムとしてはひとりの勝てる選手が長くやってくれたほうが利益になるから。

経営のみを考えれば正しいのかも知れませんが、選手の多くは強い奴と拳を交えたいのが本音です。でも、それを訴えたとしても聞く耳を持ってくれない。例えば、トレーナーが選手の側に立って会長に働きかけるとか、そういう動きが出てきてくれたら少しは違ってくるかと思うんですが。

——どの競技に関わらず、日本は実はまだスポーツが文化としては根付いていない国だと僕は思っています。明治・大正以降に入ってきた、比較的新しい概念ですから。国家や民族などパブリックなものに帰属する体育か、見世物・芸能の延長としての興行か、いずれかに分かれて受容されるしかなかった。歴史を踏まえれば、ボクシングジムのメンタリティが昔の部屋のしきたりに近いのも、やむを得なかった面はあると思うんです。

ただ、野球もサッカーも柔道も、世界基準に合わせていくのが前提の時代にもう移っていますから。選手の障害になる伝統ならば改善したほうがいいのはよく分かります。

武田 はい。今のボクシング界は、興行のために選手が使われてしまうシステムになっているんです。選手が自分のボクシング人生を考えて、こうやりたいと望んでも通じない。アスリート・ファーストと謳われているけど、言葉だけになっている。

体操などのアマチュア競技でも最近はパワハラ問題が表面化してきていますが、組織のありかたに選手をはめ込もうとする考え方が原因になっているのは、共通しているのではないでしょうか。本当に選手ファーストになると組織がもたなくなってしまうという恐怖がどこの上の立場の人にもあるのかもしれませんが、これまでのやりかたに固執するほうが今後は競技自体のマイナスになると思っています。アスリート・ファーストにはファンの支持も含まれているからです。ファンが応援したいのは、ジムや協会ではなくて選手ですから。

破天荒ボクサー©ノマド・アイ


「俺は殴られるたびに頭が良くなった」

——6月にJBCは、体重差のあるエキシビションマッチなどがテレビ放映されて話題になるのを「非ボクシング・イベント」だと抗議する声明を出しました。それ自体は良いことではないかと感じましたが。

武田 あの声明は選手のことを考えてという形になっていますが、よく読めば、JBCを通さずに興行を打つな、という結論におちていくんですよね。選手の危険を考えると絶対に認められないと言い切っているものなら、僕は納得できました。

ああいうイベントを開催した側も安全確認は必ずしているはずです。しかしJBCは自分達のルールを守れと言う。その基準に大した差はないんですよ。

——うーん。〈浪速のロッキー〉と呼ばれて人気だった赤井英和が試合中に脳挫傷を起こした後、JBCはTKOの判断を早めるなどの対策をすぐ講じたでしょう。1985年のことでした。僕は当時高校生だったんだけど、KOショーの派手さよりも選手の安全を優先するんだな、と記事を読んで納得した覚えがあります。以来、JBCのルールの厳しさには信頼感を持っていたんだけど。

武田
 映画の中にも出てくることですが、JBCが認めない主催者や団体が、試合にドクターをつけて救急車をすぐ呼べる態勢にして、JBCと全く同じ安全確保ができるようにしたとしても、JBCはダメだというわけです。そうなるとどうしようもない。自分達以外の人間がボクシングで稼ぐな、ファンを奪うな、というのが本音ではないかと考えざるを得ないんです。

——なるほど……。映画をめぐる状況を伺いましたが、ここからは主役の山口賢一さんのことを。見た人は誰でも感じるでしょうが、凄く頭の回転が速い人ですね。ロジカルに筋道立てて話すタイプではないんでしょうが、当意即妙、感心するほどポンポンとよく言葉が出てきます。

武田 賢一くんがいつか言っていた言葉で傑作だったのが、「普通のボクサーは殴られるほどアホになっていくけど、俺は殴られるたびに頭が良くなった」(笑)。僕は「それこそがパンチドランカーの幻覚や」と返したんですけど(笑)。もともとそういうジョークのセンスがあるうえに、海外に行って学び、日本に帰ってきてからもいろいろ言われる経験があって、それで彼の言葉が出来ていったんだろうなと一緒にやっていて思いましたね。

——しかし、あれだけ頭の良い人なら、別の戦略はなかったのかな……とも思うんです。上の人達には自分の言葉は届かないと早々に見切ったら、面従腹背、しばらくは素直に言うことを聞く。「山口みたいなキャラクターは面白いから銭を稼げる」と認めさせてから動き出す。そんな選択肢もあったのではないかと。

武田 でも、大阪帝拳とJBCに引退届を出した時点で、組織の中で発言権を作る選択肢はもうないんですよ。これだけ連勝しても日本タイトルマッチすらやらせてもらえない、と我慢できなくなったのは20代後半。血気盛んな年齢ですし。

選手は、ボクサーとしての自分の旬は今だ、と感じられるものなんですよね。この旬を逃してからタイトルマッチを組まれても、負けたら一生悔いが残る。それなら今やりたい。今戦えるなら結果が勝ちでも負けでも納得できる。それで賢一くんは飛び出したので。

それに飛び出した時点では、どうしてやらせてもらえないんだ、という自分の思いオンリーで、そもそも日本のボクシング界がおかしいというところまでは考えていなかったと思います。海外に渡ってからじゃないかな。ジムに頼らず自分が単身で動くことで、WBO(世界ボクシング機構。 当時JBC非公認)のアジア太平洋スーパーバンタム級暫定王者になれたし、敗れはしたけれどWBOの世界戦に挑戦するところまではいけた。その過程で知り、確信を持てたんだと思います。どれも、日本にいてジムの言う通りにしていたら実現できなかったことですから。

——そうか。行動に理屈のほうがついてくる。キュウクツなものはキュウクツだ、と自分の生理を最優先している。

武田 まず自分が体験して、それを知識にしていく順番の人です。行動する前に理論武装したほうがいいといった考え方は頭の中にないんじゃないですかね。ボクシングも一緒かもしれません。殴られて痛い思いをしてから、どうすれば殴られず、先に殴り倒せるかを学んでいくものでしょう。

▼Page3  賢一くんとは、一緒に闘ってきたという思いはあるかな に続く