【Interview】ボクシングが好きだから、おかしいことはおかしいと伝えたい 『破天荒ボクサー』武田倫和監督インタビュー


作っていくうちに題材と自分との接点が深くなっていく

——映画の後半、山口さんはまた別の団体であるWBF(世界ボクシング連盟。JBC非公認)の世界タイトルマッチに挑めることになります。ところが対戦相手はさっきお聞きした、OPBFのランキングを上げる話に同席していたひとりの小林健太郎さん。あの組み合わせの意図は? 山口さんがタイトルマッチ実現に奔走する一連の流れで見ていくと、どうしても勝ちたいから彼を選んだのか、とも邪推してしまうんです。

武田 いや、あの試合は外国の選手とやる予定だったんですが、その選手の団体の事情で不可能になったんです。他に誰がいるかとなった時に、健太郎くんがメキメキと強くなり、本当に世界ランカーにふさわしい成績をあげていたので。それに健太郎くんは別のジムを拠点にしていましたから、あれは人間関係の手加減一切なしのマッチメイクです。

後輩といっても、兄貴と弟分みたいなベッタリした関係ではないんですよ。ただ、高山くんにしても誰にしても、WBCから離れてフリーになったボクサーはいったん行き場がなくなるから、どうしても一度は賢一くんを頼って訪ねてくるんです。

——せっかくなので、もう一つぶしつけな質問を。「どんな団体であれ世界チャンピオンになることが大事」と映画の中で山口さんは言っています。理解できる気はするんですが、それはマイナー団体のベルトであっても同じなのでしょうか?

武田 確かにメジャー団体とマイナー団体には格の違いがありますが、選手の力量の差はそれほど離れてはいないんです。WBFもマイナーとはいえ世界に広がっていますから、ここで世界チャンピオンになればメジャー団体とマッチメイクする資格が得られます。つまり賢一くんは、JBCを通さずに世界で戦う場を広げるための重要な手段だと考えていた。決して、小さなお山の大将で満足しようという話ではないんですよ。

——すみません、誤解しかけていたのですが、よく分かりました。

しかし、それでも山口さんは負けてしまう。試合後の判定で1対1になった時、山口さんは一瞬、(勝った)と手応えのある顔をします。そこからの……。あそこはリングサイドで、よくワンカットで撮っていましたねえ。

武田 実は僕も、勝つと思っていたんです。言ってみれば自分の興行ですし、ジャッジマンも彼が呼んでいるわけですから。それで負けるんだから……ジャッジマンは真面目に採点しているなあと思いました(笑)。

でも、映画としては負けて良かった気もしているんです。最後の最後に勝つのもいいけど、負けるけどまた何度でも立ち上がるのが山口賢一じゃないかなと。

——自分にないものを持っているから山口さんに魅かれた、とさっき教えてくれました。これまでのご自分の作品でもそこは共通しているでしょうか。

武田
 自分に関係することがきっかけになっているのはどれも同じですね。『南京 引き裂かれた記憶』は、職業軍人だった自分の祖父の過去を知ることが最初の動機です。戦後は職人をしていて、僕にとってはおとなしい、優しいおじいちゃんだったんですけど、大酒を飲むと刀を振り回して暴れる。子どもの頃、そんな姿を何度か見ているんです。祖父が死んだ後になって父親から、「あれは中国人の亡霊と闘っていたんだ」と聞かされました。こんなに深い傷を与えた戦争体験は一体どれほどのものだったかと知りたくなって、制作を始めました。

——明確に伝えたい目的、ゴールがあってからドキュメンタリーを作る人もいますが、武田さんは、モチーフをまさぐるうちに自分が作品に投影したかったものが見えてくる?

武田 僕の場合は、作っているうちに題材と自分との接点がだんだん深くなっていき、それが途中から分かって来るという感じです。最初からこの大きなテーマでやろう、と手がけてみる場合もありましたが、それはどれもうまくいかなかったので。

『イナかのせんきょ』も、長野県の小さな町に移住した友達から「市議選に出馬するから撮影してくれ」と頼まれて、何の気なしに撮っていたら、あれ、田舎の選挙は僕らがふつうに大阪で見ている選挙とは違う、これは面白いぞとなっていったものです。

自分と一緒にやっていける人と出会うところからスタートする。僕はそうじゃないと作れないんだと思います。

——20代の時に、原一男さんのOSAKA「CINEMA」塾で学んでいます。当時からドキュメンタリーを志望していたのですか。

武田
 もともと映画は大好きでしたけど、もっぱらフィクションでした。ドキュメンタリー映画を意識的によく見るようになったのは、原さんのところで学んでからです。

ドキュメンタリーの何を魅力的に感じたかと言うと……、生身の人間と向き合って作品を作ることですね。ちゃんと向き合いさえすれば、人の数だけ良いドキュメンタリーが作れる可能性があるんじゃないかと僕は思っています。

——フィクションの劇作と違って、ドキュメンタリーの対象はままならない。期待とは違うことを言う。目論見とはあさっての方向にも走り出す。それでも?

武田 そうですね。そのあさっての方向が彼の、彼女のやりたいことなら、それがいいと思います。どうしても違うな、と思ったら闘えばいい、意見を言い合えばいいわけで。

『破天荒ボクサー』だって、山口賢一がなんでも要領よくやれる男になったらそういう局面が出てきたかもしれませんけど、そうならないから(笑)。

生のボクシングの現場を撮りたかったし見せたかった

——『破天荒ボクサー』の話に戻ります。ヘンな言い方ですが、ボクシング映画にあるまじきと感じるほど、鍛え、しぼり上げた肉体の美しさなどに意識が向いていませんね。フェティッシュというか、ナルシズムにはいかない。でも、高校の女子ボクシング部の練習場面で、華奢な女の子がフックを連打するところなんかはとても爽やかです。山口さんよりも、山口さんのお子さんのほうがチャーミングに撮れているし(笑)。

もしかしたらボクシングに興味がない人が撮ったゆえの良さかもしれない、と思っていたので、武田さんがボクシングに精通しているのを知ってやや意外でした。

武田 逆に、そういったフェティシズムが僕にとっては新鮮ではないのかもしれません。リングの上で飛び散る汗、みたいなものは見飽きている(笑)。

——あ、そうかあ。

武田
 結果として正解だったかどうかは分からないけど、自分がボクシングを撮るなら、寄ったり逆光を捉えたりといった映像の美学は追わない、と決めたんですよね。もっとふつうというか、生のボクシングの現場を撮りたかったし見せたかった。劇映画と違って、本物の試合中はリングの中に入れませんし。

——それでも、WBFの世界タイトルマッチではコーナーの上のところから撮っている。あんな接近したアングルは見たことがありませんよ。報道や中継の人でも許されないでしょう。

武田 賢一くんが仕切った試合だったから可能になったことです。あれは本当に、ギリギリのところに立って撮りました。あの時は、僕も気持ちは入ってましたねえ。心情的には賢一くんに勝ってもらいたいし、判定負けが決まった時は辛かったし。いろいろな気持ちがないまぜになりながら撮っていました。

——あんなアドレナリンの出る場で、冷静なカメラだなあと感心しました。判定の瞬間、動揺せずに負けが決まった山口さんと、突っ伏して嬉し泣きする健太郎さんの両方を押さえている。

山口さんがJBCとの話し合いに決裂した後、喫茶店で憤懣を語る場面もそう感じました。見ている途中で気付いたけれど、山口さんはまず「しょうもない!」「ムチャクチャやで!」と自分の感情を吐き出して、それから話を始めるクセがありますね。そこを心得て、よくズルッとした長い間を撮っている。

武田 あの場面は特にそうです。賢一くんが頭の中で、いろいろな考えを反芻しているのが分かりましたから。JBCが認めてくれればOPBFの世界タイトルマッチができる。しかし、いくらそのためでも折れて儀礼的な謝罪はできない……そんなシビアな話し合いの後ですからね。賢一くんもしゃべりながら考え、整理していくので、前後でかなり長く撮っています。

——一方で、山口さんは人一倍豊富なサービス精神の持ち主ですよね。そういう人は優しいから、カメラを向けられると(何かを求められるな)とすぐ察知するアンテナも鋭いと思うんです。常に率直に語っている人でしょうけど、さらに言葉を乗せるところはありましたか。武田くんが撮ってるのに一言二言で済ませるわけにいかんやろう、みたいな。

武田 どうだろう……。そこは判別つきにくいですね。ただ、賢一くんはどの場でも言ってることは一緒ではあるんですよ。車の中で僕にブツブツ話しかける時も、カメラを回している時と置いている時とで違いがありませんし。大体、自分がどう写っているかもよく分かっていなかったんじゃないかな(笑)。

編集したものを初めて見てもらった時に彼が言ったのは、「武田くん。俺、ドキュメンタリーがどういうものかよく分かったわ。俺のイヤなとこばっかり写すねんな」(笑)。それで初めて、撮影されている時にそこまではあまり考えてなかったのかと。

——それは面白い。あれだけパフォーマンスを大事にするのに。

武田 今日はこういう意味合いのシーンを撮りたい、と決めたらそのシチュエーションの中で勝手に動き出してくれる人でした。あんまり寄り道が過ぎるようなら、そこは僕も賢一くんに言って。

——さて最後に、観客へのメッセージを聞いたりはしませんけれど、これは素朴な興味で伺いたい。映画が完成した後、山口さんとの関係に変化はありましたか?

武田 変わっていないし、変わらないと思います。もともと後援会長や奥さんとも知った仲で、今では家族ぐるみですし。彼も「俺のイヤなとこばっかり写す」とは言ったけど、あそこはカットしてくれといった注文は一切出しませんでしたから。

そのくせ、この映画の上映の場などで人前に出るたび「イヤやわー」と言うんですよね。照れ屋のサービス、ネタのつもりで言ってるんだろうけど、シャレにまぶせた本心なのかもしれない。こっちとしては、いい加減に腹くくれや、と思っています(笑)。

【映画情報】

『破天荒ボクサー』
(2018年/日本/カラー/BD/115分) 

監督・撮影・編集:武田倫和 (『南京 引き裂かれた記憶』 『イナかのせんきょ』『わたしの居場所』)
出演:山口賢一、高山勝成 ほか 
撮影・編集協力:岡崎まゆみ 
主題歌:「世界はすぐそこに」安西崇(作詞・作曲)、榮百々代(作曲・歌)
撮影協力:大阪天神ジム、ウィングジム、菊華高校、近畿大学病院、マルガリータジム
スチール:江里口暁子
ホームページデザイン:Rikew 
宣伝デザイン:大橋祐介
宣伝:contrail
製作・配給:ノマド・アイ、喫茶店っぽいなにかEARTH 

横浜シネマリンにて上映中!(9/20まで連日14:10)
11月 大阪シネヌーヴォ にて凱旋上映予定

公式サイト→http://nomadeye.jp/hatenkou.html 

【プロフィール】

プロボクサー:
山口賢一 (やまぐち・けんいち)
1980年生まれ 大阪府大阪市出身。大阪天神ジム選手兼会長。元WBOアジア太平洋スーパーバンタム級暫定王者、日本人初のWBO世界タイトル戦挑戦者。大阪帝拳ボクシングジム所属選手としてプロデビュー。2009年5月にJBCのプロボクサーライセンスを返上して日本国外へ活動の拠点を求める。以降、は海外を主戦場としている。オーストラリアでの初陣で名づけられた愛称は、“Machine Gun”(マシンガン)。


監督:武田倫和 (たけだ・ともかず)
1979年生まれ。2001年に原一男監督主催OSAKA「CINEMA」塾に参加。2003年『ウトロ 家族の街』(原一男総監督)を初監督。同年にドキュメンタリー製作団体「ノマド・アイ」を設立する。20005年から5年の歳月をかけて『南京 引き裂かれた記憶』を製作・監督。この作品で、香港国際映画祭、上海国際映画祭に正式招待され、東京、大阪をはじめ全国劇場公開される。2014年には、地方の選挙の在り方を描いた『イナカのせんきょ』を製作・監督し、話題を呼んだ。大阪新世界にあるお好み焼き屋「千両」切り盛りするオカマのひろ子ママを追った『わたしの居場所』(2018)も公開準備中。