賢一くんとは、一緒に闘ってきたという思いはあるかな
——そこまで聞くと、映画の中の山口さんがファニーな魅力を放つ理由がずいぶん分かってきます。プロモーターとの交渉などを進める実務家の面がしっかりありつつ、なぜかそこにはクールなしたたかさが感じられない。不器用さすら感じます。
武田 そこが確かに、彼の面白いところです。本当に理路整然としたところのない、まずは行動の人なんですよね。でもいったん言い出したことは、実現するまでは猪突猛進でとにかくやる人でもあります。壁があったら誰でも諦め、迂回する方向にいくと思うんですが、彼はそうならない。乗り越えられない壁なら、壁自体を潰そうとする(笑)。山口賢一自体が新しいルールのスポーツじゃないか、と思う時があります。
僕は壁に当たればすぐしょげるほうなんで、彼と付き合っているとうらやましいというか。そういう面で賢一くんを好きになっていきましたね。自分にないものを持っているから。
——年齢も近いですよね。
武田 彼のほうが1歳下です。
——友達に近い感情でしょうか。それとも、あくまで被写体とドキュメンタリー監督ですか。
武田 最初は「山口さん」「武田さん」と呼び合うところからスタートして、今は「賢一くん」「武田くん」になっています。友達かどうかは分からないけれど、近い関係にはなっています。
——武田さんはさっきからここまで、「彼と一緒にやっていて」「彼と付き合っていると」と仰っているけど、「彼を撮影してきて」という言い方はしていませんよ。
武田 一緒に闘ってきた、という思いはあるかなあ。映画の主要人物であるトレーナーの中出さんほど密な関係にはなれないけれど、撮影している間は二人三脚に近いものがありました。
——中出さんという人がまた、とても懐の深そうな人でいいですね。山口さんのアイデアにすぐに同意せず、反対もするんだけど、山口さんが決めたならバックアップする。
武田 あの人も山口賢一が好きですからね。
——その中出さんが、フィリピンでの試合に山口さんが勝った後、「しょうもない、恥ずかしい。早く帰ろう」と言っています。すぐに言葉の意味をはかりかねる場面だったのですが、あれは、不甲斐ないということ?
武田 そうなんです。OPBF(東洋太平洋ボクシング連盟)の試合ですね。中出さんは相手のフィリピンの選手を見た途端、山口ならすぐに倒せると分かったそうです。だから1ラウンドで鮮やかにKOを決めて、OPBFでのタイトルマッチ実現への弾みを付けてほしかった。ところが賢一くんは映画を見て分かる通り、試合中におちゃらけるというか、パフォーマンスを入れるでしょう。彼には彼で、ボクシングはお客を楽しませてなんぼやという信念があるんですが、中出さんにすれば、だったらなおさらつまらない試合をせんでくれと。それでイラッとしていたんです。
——そういう綾は、ボクシングの攻防を技術で読める人が見るとさらに面白いんでしょうね。
武田 あの試合に関しては、明らかに賢一くんが倒しあぐねていました。相手のボディがガラ空きなのに、上から倒そう倒そうとして。
——中出さんが試合前に山口さんの拳にバンテージを巻く時、「この巻き方、エディさんに教わったんやで」とボソッと、でも誇らしそうに言います。エディさんって、あのエディさんですよね?
武田 そう、エディ・タウンゼントさん。中出さんの勲章なんですよね。エディさんの下で修行して、バンテージの巻き方を受け継いでいることは。あの時の中出さんは、賢一くんに気合を入れる意味でも言っていたと思います。
——僕ですら知っている、伝説の名トレーナーです。ボクシング関係の映画でエディさんの名前がああいう形で出てくるのを見るのは僕はたぶん初めてで、かなり感動しました。
破天荒ボクサー©ノマド・アイ
賢一くんは照れ屋なんですよ、凄く。かっこいい自分がかっこ悪い
——そんな場面も含めたOPBFに関するシークエンスは、『破天荒ボクサー』の白眉と言いたくなるほどの面白さです。特に、山口さんが後輩ボクサー達を連れて来日したOPBFの関係者に会いに行くところ。山口さんは、後輩をランキングの10位圏内に入れてくれとモロに頼む。「8位か9位かに入るのと圏外では大違いなんや」と言って。
武田 知っているか知らないかの違いだけでどこのジムもやっていること、と彼は言っています。ランキングに入ってタイトル獲りたいなら自分から行けやと。賢一くんとしては、行動によって道が拓けることを年下のボクサーに実地で示してみせたわけです。
でも、僕としては内心複雑でした。一所懸命一つずつ選手が試合をして、ジャッジが公平に反映されたものがランキングだと思ってきたのに、あんなにあっさり……(笑)。
——イジワルな言い方になりますけど、『破天荒ボクサー』は〈濁った体制にひとりの男が立ち向かう〉、そういう図式がセールスポイントといえる映画です。なのに、主人公である山口さんがメチャメチャ生臭いネゴシエーションをしている姿が出てくるので驚かされます。ところがその帰り、山口さんは後輩に「こうしてコツコツ、地道に人と会うことが大事なんや」と実に苦労人な言葉をかける。あの何とも言い知れぬ複雑さ。
武田さんもよく、ここには何かがあると判断してオミットせずに残しましたね。
武田 うーん。あの場面の後、車の中で僕も賢一くんといろいろ話したんですけど……。
——僕は、あそこで了解できたんです。ああ、山口賢一って人は別に組織に盾突く反逆児、一匹狼になりたかったわけじゃない。自分の居心地の良い場所を自分で確保したかっただけなんだと。組織がアタマから嫌いなわけではなくて、伸び伸びと泳ぎ回ることが許される組織ならば飛び出そうとは発想しなかったんじゃないだろうか。
武田 そう思います。それで彼は自分のジムを作ったわけですし。WBCが本当に選手のことを考える組織に変わってくれるんなら戻ったのかもしれませんが。
——大体、映画で描かれている姿だけを見ても、後輩への面倒見がいい、陽気な人ですしね。後輩の応援に行くけれど、分かりにくいマイク・タイソンの変装で微妙な空気にしてしまうあたりなんか、たまりませんでした。
武田 照れ屋なんですよ、凄く。反逆のヒーロー像みたいなものが周囲に生まれてきたら、自分から崩してしまう。かっこいい自分がかっこ悪い。そういうところがあるんですよね。あの変装も、JBCの関係者がいる場だからお忍びで行かなきゃいけないところを、かえって目立つ真似をしてみせたんです。
だから、そんな彼の面白さが撮影している間に変質したらどうしよう、と考えることは正直ありました。彼にチャンピオンになるなどの勝利が訪れて、もしも天狗になったとしたら映画の方向性もどうなるか分からないな……と。ところが彼は自分のこととなると、ことごとく失敗するんですよ。ことごとく。僕が慰める立場になったぐらい(笑)。
映画の中でも触れている話ですけど、高校生の時も、野球部のキャプテンになった彼ががんばって部内に蔓延していたしごきをやめさせ、徐々に強くして、卒業した直後に甲子園出場ですから。
彼の人生というのは本当に……。同じようにJBCから離れて賢一くんのジムを拠点にしていた高山くんは、彼の後でことごとく成功しているんです。
——ああ、世界王者からアマチュアへの転向がJBCの会長が変わった後に許されて、五輪をめざすことで注目された高山勝成。
武田 そう、賢一くんが茨の道を切り拓いた後を高山くんが歩くことに不思議となっている。だからといって賢一くんも負け続けているわけではないんですけどね。
賢一くんがあれだけ言いたいことを言っても人に嫌われないのは、もちろん明るい性格なのが大きいけれど、なかなかうまくいかないボクサー人生だから嫉妬されにくい面もあるのかもしれません。天狗にならずに済んだのは、天狗になるほどの成功ができなかったから、というか……。チャンスはあるんだけど、肝心なところで勝てない。でもそれが彼の、味のあるパーソナリティを作ったんだろうなという気もします。
▼Page4 作っていくうちに題材と自分との接点が深くなっていく に続く