【連載】ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー 第32回 『実音 日大闘争の記録』

「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第32回

日大全共闘の闘争は、ふつうの学生が声を上げたことで学生運動のピークとなった。
彼らの純粋さをダイレクトに収録した青春の記念碑盤。

日大闘争とはなんだったのか

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こす「DIG!聴くメンタリー」です。よろしくお付き合いください。

今回もまた、間が空いてしまった。特に心待ちにしていただく読み物でもないので、好きに書いていればいいのだが、さすがにもう少し、1回ごとの字数を減らすなどして連載らしくしたい。

ところが今回紹介する盤も、サラサラッと済ませるわけにはいかないのだった。
『実音 日大闘争の記録』(1969・ビクター)。
数の子ミュージックメイトさんに提供してもらった。数の子さんは、学校の卒業記念の合唱レコードや家庭のラジカセで録音したテープなどを「身内音楽」と名付けてジョッキーする人で、今や地下カルチャーのけっこうな顔だ。守備範囲は聴くメンタリーとやや被るのだが、メジャーの会社から発売されたものはこうして潔く譲ってくれる。

しかしまあ、タイトルとジャケットの写真だけでズシンとくるでしょう。内容のほうもガチだ。

【A面】
1 手記―中国文学科K・T (朗読 小山田宗徳)

2 九・三〇大衆団交(その1)

【B面】
1 九・三〇大衆団交(その2)

2 反逆のバリケード巻頭詩 (朗読 田村正敏/日大全共闘書記長)
  獄中インタビュー (秋田明大/日大全共闘議長)
  実音 4.28沖縄デー
3 詩 僕等の長い夜に (作・朗読 田村正敏)
  地下インタビュー (田村正敏)

1960年代後半に巻き起こった学生運動のピークである、1968年の日大大衆団交(大学経営を私物化するトップを学生が批判し、退陣を約束させた)の録音がハイライトになっている。
……さっそく、政治運動や左翼アレルギーの人がページを閉じるためにクリックする、カチカチ音が聞こえてくるようだ。
ちょっと待って! 僕も左寄りではあるけど、そんなに偏向した文章は書きませんから。むしろ、日大全共闘=左翼というイメージはちょっと違うってところを、このレコードを吟味しながら考えてみたいと思っていますから。

数の子さんから喜んで受け取ったものの、内心は自分だって(来た……これを聴くのか……)と怯んだのだ。
学生運動については、実はずっと敬遠気味だった。僕の学生時代、当時の人達は40代前後で元気が良く、青春の記憶がまだ生々しかった。「あの頃の俺達は熱かった。真摯に社会の矛盾と戦った。それに比べてお前らは」式のクドクドした説教を仕掛けてくるのが大好きだった。

こういう人達に当たることが多かったせいで、ゲバラやマリゲーラ、高野悦子は読むけど日本のおじさんから話を聞くのはイヤ、ジガ・ヴェルトフ集団の映画は見るけど日本の場合はあまり知りたくない、という屈折した成長をとげてしまった。
当時どこかの大学でゲバ棒を持っていたと語る環境問題の活動家さんに、この人なら甘噛みしても大丈夫そうだと、
「〈政治の季節〉もひとつの流行でしょう? 時代の属性に無批判に乗っていたのなら、それこそ主体性が問われるんじゃないスか」
と言ったとたん、右の頬をしたたかに殴られた夜もある。ゴールデン街で言うことではなかった。

なので、僕も虚心で一から知りなおそうと思うのは、今回がほぼ初めてなのである。


全共闘のカリスマ・秋田明大の演説

それでも本盤に針を落とし、日大全共闘議長・秋田明大の演説を聴いた時には鳥肌が立った。日本の学生運動の最大のカリスマの声を、ほぼ初めてちゃんと耳にした。
両国にあった日大講堂での九・三〇大衆団交の、3万人以上集まったという学生の前でのスピーチ。

「ここに結集した日本大学の、全ての学友の諸君に、全学共闘会議を代表して挨拶を述べたいと思います。(拍手と掛け声) 学友諸君、我々はあの3ヶ月前を、考えてほしい。我々はなにゆえこの戦いをなにゆえ起こしたのか。あの春の、そして5月の、あの神田三崎町を我々は喜びを持ってデモに参加し、そして、集会に参加した。それは、なんであっただろうか? あの日本大学の腐敗した、そして巨大な機構に対して、我々が数十年間、我々10万の学生が抑圧され、そして日大に不満を抱いても、それを我々は積極的に改革することはできなかった。それはなんであったか? あの検閲制度、集会の制度、あるいは暴力装置を持った日大の、巨大な機構に対して、我々は常に闘いを挑まなかったわけではない。我々のこの、闘いを起こすにあたり、数十人の、いや数百、数千名の学生がこの日本大学の闘いに、この巨大な機構の中で、闘いを挑んだ。しかしながら、処分あるいは暴力という形で、全てこの日大の学生に知らされず、闇に葬らされた。我々はこのような、このような暗黒の、そしてマスプロ化された巨大な日大に対して、徹底した挑戦を、あの5月、時点で蜂起したのである。我々はその闘いの中から、自ら、自ら闘わなけれは、そしてデモに参加しなければ、集会に参加しなければ、そして日大のことを真剣になって考えなければ、この日大というものは、教授会に、そして理事者に任していたんでは、絶対に良くならないんだと……(ここからは別の学生の演説のオーバーラップ)


句読点が多いのは、秋田がそれだけ言葉を切っているからだ。
原稿を用意していないのがすぐ分かる、くどさとまとまらなさ。しかし、文字にすればムダな繰り返しになっているところほど声で聴くと力強い。そのアクセントの置き方は自ずと音楽的なリフレインになっていて、頭脳警察が赤軍派の宣言文を曲にしながら詠んだ「世界革命戦争宣言」(72)そっくりに聴こえる。パンタはおそらく、いやまず間違いなく、秋田の演説をどこかで聞いている。声もそっくりなのに驚く。

それに。何度も聴くとこの演説には、かすかに情味がある。今までよく耳にしてきた当時の激しい政治的アジテーションとほぼ同じなんだけど、何かが違う。
数回聴いて、文字起こしをしてみて、皮膚感覚のほうが先に分かった。秋田さんはどうも日本大学が、自分の学校が好きなんですよね。思考が破壊と否定には向かっていない。少なくとも、日本大学の学生として生きている今の自分を自分が嫌いになりたくない、と願っている。

理解のとっかかりは、そこだと思った。そうなると、この演説の熱気に至る過程は知っておく必要が出てくる。

▼Page2 社会の歯車予備軍の叛乱だった に続く