【Report】愛に恐れはない──周冠威と香港人の「時代革命」

周冠威(キウィ・チョウ)監督

8月13日より、香港で民主化を求める大規模なデモが起きた、2019年の180日間を追ったドキュメンタリー『時代革命』が公開されている。カンヌ国際映画祭でのサプライズ上映をはじめ、世界に衝撃を与えた本作は、製作者を「香港人」としながらも、これまで「焼身自殺者」(オムニバス映画『十年』の一篇)や『幻愛』といった映画で称賛を浴びてきた、周冠威(キウィ・チョウ)氏のもとで完成された。本稿は映画の背景や周氏自身の歩みについて、昨年2021年に台湾国際ドキュメンタリー映画祭でプログラマーを務める林木材(ウッド・リン)氏が執筆した取材記事を、翻訳者であり、長年中国や香港のドキュメンタリーに関心を持ち続けている鳥本まさき氏が訳出したものである。

ドキュメンタリーが記録する香港の真実

2019年、香港で逃亡犯条例反対運動が起こってから、運動を主題とした多くのドキュメンタリー映画が続々完成した。例えば、廖潔雯(カナス・リウ)が運動の前線で事件を捉えた『手足〔同志兄弟〕』『Be Water』『缺一不可〔一つも欠かせない〕』『Trial and Error[試行錯誤]』及び多くの短編ドキュメンタリーや、外国の監督たちによる『不割席(Do Not Split)』『Faceless』『If We Burn』など。さらに、香港のドキュメンタリー制作者による『立法会占領』や『理大囲城』など。パワフルな作品が続き、多くの反応を引き出している。

これらの映画は真実の瞬間を記録している。その意義と価値は、抗議運動をめぐる情勢の浮き沈みに伴い、また時局や政治情勢の変化に伴い、当初の現場からのリアルタイムの記録から、一つの時代の忘却への抵抗の重要な刻印へと転化していった。特に、2020年6月30日に香港で「国家安全維持法(国家安全法)」が施行された後、映画の制作と上映に対する弾圧が続き、香港立法会は2021年10月末までに「映画検閲修正法案」を審議の上可決した。映画上映が国家の安全に利するか否かを検閲員が審議し、利しないと判断すれば、香港政府は上映許可証を取り消し、興行を禁止する権利を有するとした。

言論の自由の急速な引き締め具合は当初の予想を超えるもので、上記の映画はどれも香港で公に上映することができず、多くのニュースメディアの音声とビデオの記録もこの間、削除を余儀なくされた。乱暴な禁止の背後に垣間見えるのは「真実」への恐怖である。なぜならこの運動においては、闘争における人々の血と涙や感情と記憶が、闘争の道具としてカメラを使用する記録者たちによって、まさに完全な形で書き留められ、抹消できなかったからである。したがってこの「禁止」は、別の文脈では、ドキュメンタリストへの一種の礼讃としても解釈されうる。

周冠威監督の原点

2021年7月、世界映画の殿堂、カンヌ国際映画祭の閉幕前日、香港のドキュメンタリー映画『時代革命』が特別サプライズ上映された。それまでリストにはなかったこの映画により、長らく沈黙していた香港の独立系映画界は励まされた。映画祭ディレクターのティエリー・フレモー氏は声明で、「この映画を上映できることを誇りに思う。映画は世界のニュースの重要な瞬間にスポットライトを当てることができるのだ」と述べた。

知らせの発表後、制作チームで唯一名前が出た周冠威(キウィ・チョウ)氏が多くのメディア取材の対象となった。素材整理と編集を担当しただけだと謙遜する彼が映画の責任者であることに間違いはなく、匿名でないのは内なる恐怖を克服したことを意味する。また、『時代革命』のエンディングの字幕は製作者「香港人(Hong Kongers)」と打たれている。彼は『時代革命』が香港で上映できないことを予期し、映画の全素材と著作権を海外に移譲しており、香港でこの映画が上映されることはないだろう。

幼少時から映画に憧れていた周冠威は、香港演芸学院を卒業後、『霍元甲(邦題:SPIRIT スピリット)』『殺破狼(邦題:SPL/狼よ静かに死ね)』など数多くの商業映画の舞台裏ドキュメンタリーを撮影した。2015年,彼は5作の短編からなる映画『十年』の中の「自焚者(焼身自殺者)」を監督し、2019年、初の長編フィクション映画『幻愛』(邦題:『夢の向こうに』)」が「黄色[デモ支持者]経済圏」効果の影響で興行収入を伸ばし、香港の市場だけで黒字化させた。1979年香港生まれのこの青年監督を振り返るなら、創作の発展期が2014年の雨傘運動時に重なり、創作の軌跡も映画の効果も、香港社会のダイナミクスと切り離せない。

周冠威は次のように話す。「私は2014年の雨傘運動を含む、これまで香港で起きた多くの出来事をカメラで撮影したいと思っていた。それが2019年に反逃亡犯条例運動として再現し、時が来たと思った。ちょうどある友人が「自焚者」を見て電話をくれ、撮影資金を提供してもいいと言った。この電話は非常に大きな励ましだった。この機会を失ってはならない、そして運動に貢献したいと思った。この友人は美しい香港のために努力して何か役割を果たしたいと望んでいた。私自身も同じでした。私の役割はカメラを手に取りドキュメンタリーを撮ること。ですから最も重要なのは2019年の抗議者たちが私への最大の刺激となったということです。」

実際のところ、この最初の資金はすぐに使い果たしてしまい、運動のゆくえも予測できないため、彼は撮影しながら様子を見ることとし、創作の計画はとりあえず棚上げしていた。

一般的に言って、抗議者でも勇武派の撮影は非常に困難である。彼らは顔を覆い神秘的で、他人に対して高度に警戒している。だが、抗議者の間で「自焚者」の存在が次第に知られ観られてゆくにつれ、周冠威は徐々に彼らの信頼を得ていった。彼はその中で同じく現場にいたレポーターやカメラマンが持つ様々な利点、使命、価値を見出すと同時に、この特殊な「作家の位置」と「撮影関係」を極限まで押し進めることを決意した。周冠威の言葉を借りれば、「このドキュメンタリーが出来事の記録にとどまらず、覆面抗議者たちの内なる世界にもアクセスし、運動の核となる魂を捉えられたことを願っている。」

「追跡撮影」という戦略

こうして『時代革命』の撮影戦略も確立されていった。カメラは抗議者が行くところどこへでもついて行く。これが「黎明行動」「理大囲城」「見張り台」「家長車(支援者を親に見立てた送迎車)」「塗鴉客(デモのスローガンや風刺画を落書きしていく人)」「市民による自発的救援」の画面など反逃亡犯条例運動における重要な出来事がダイレクトに多く記録されている理由である。また、事後当事者へのインタビューが加えられることで、彼らの選択の際の意志と心の声を聞けるだけでなく、抵抗システムの有機的な運用ロジックが明確に提示されている。

実際には撮影の過程でインタビューを拒否したデモ参加者がいた。周冠威は言う。「大きなトラウマを抱えているためだ。理工大学でデモに参加した女子高校生がいた。彼女は地下水路を這って逃げた。彼女と電話で連絡が取れ、しばらく話し、撮影したいと思ったが、彼女が負ったトラウマは余りにも深く、その点については二度と触れられたくないとのことで、電話によるインタビューさえも断られた。撮影には確かにリスクがあり、身元を隠さなければならない。リスクとトラウマのために多くの人に取材を婉曲に断られました。」

このような「追跡撮影」戦略を取ることにより、香港の抗議者を追いかけるカメラは2020年1月に台湾にも来た。総統選挙直前にあたり彼らは民主制度下の台湾人がどのように国家指導者を選ぶかに関心を寄せていた。

開票当日、一団は民進党の選挙本部前に到着した。徐々に得票数が明らかになる。蔡英文の当選発表の瞬間、香港の兄弟姉妹が思いの丈に歓呼の声を上げたのは、民主と自由を失った痛みを深く体験していたからかもしれない。彼らの笑顔は複雑な感情が入り混じっており、『時代革命』のこのシーンは香港と台湾の運命を微妙に結びつけ、私たちに様々な感情を思い起こさせる。

アーカイブ映像の意義

しかし、比較的長く続いた反逃亡犯条例運動では出来事も多発し、「追跡撮影」だけでは限界も生じる。『時代革命』のもう一つの驚くべき特徴は、運動における重要な出来事を包括的にまとめていることで、その鍵となるのは「アーカイブ映像」の入手にある。

周冠威は次のように述べている。「素材クリップのソース収集源は主にテレビ局や大手メディアで、慣例でお金を払うと版権を買うことができるからです。初期にはこうしたテレビ局は積極的にアーカイブを提供してくれました。しかし国家安全法の制定後、多くの主要メディアは2019年の反逃亡犯条例運動に関わるクリップをオープンにすることに消極的になった。中共の管理を受けてのことだけでなく、恐れからでもあります。これは映画の完成の一種の妨げとなったが、多くの独立系の記者やドキュメンタリー作家、オンラインメディアがニュース映像を喜んで提供してくれました。無料でもです。実際に多くの素材を撮影した同業者がいたのですが、国家安全法の制定後、彼はどのように進めればよいかわからないため、撮影したクリップすべてを私に任せてくれました。多くの香港の人々が圧力に直面しているためです。」

『時代革命』は、大量のアーカイブ映像が現場に出られない撮影者の不足を補い、それにより「違った意味での臨場感」を出している。例えば、MTR(香港の鉄道)元朗駅で乗客が大勢の武器を持った白シャツ隊やマフィアによって無差別に襲われ多くの人が殴られ流血した元朗襲撃事件、抗議青年の自殺、デモ参加者が近距離から警察に発砲されるなどの映像シーン。誰もがコラージュを通して撮影が可能な多様なアーカイブ映像。並びに銅鑼湾書店のオーナー林榮基(ラム・ウィンキー)氏や元朗事件を目撃した記者の何桂蘭(ギネス・ホー)氏、真の普通選挙を推進する戴耀廷(タイ・ユウティン)など重要証人へのインタビュー。映像によって真実がダイレクトに復元され、香港政府の嘘が暴露されるだけでなく、国家暴力の残酷さへの非難となっている。
これら様々な運動中のリアルタイムのビデオ記録は、抗議運動の新しいタイプを代表している。常に見つめている目が存在し、携帯電話のカメラでも撮影され、もはや真実を隠し去るのは容易ではない。『時代革命』におけるアーカイブ映像使用の意義は、ドキュメンタリーの撮影が実際には人々の集団的(collective)行為であり、アーカイブ映像の数だけ市民記録者の支持が存在することを示していることにある。つまりその意味で『時代革命』はひとつの「眾志成城(皆が城壁のように堅く団結し困難を克服する)」映画なのだ。