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■場があるから映画ができる
——今回『ヤマガタ・ラフカット』で、制作途上の作品をお客さんに見せるというのは珍しい企画だと思うのですが、そういうことをやってみようと思った着眼点というか、きっかけは何だったんですか?
橋浦 制作途上の作品を見せる、ということで言えば、ワーク・イン・プログレス(制作指導)やピッチング・セッションをやるところは他の映画祭でもあります。でも『ヤマガタ・ラフカット』は、製作資金を集めたり、上映の機会を獲得するためのプレゼンテーションとは違うんですね。
たとえば映画学校で制作途上の作品を評ずるということは、どこでもやっていますよね。あるいは友達の映画を仲間同士で観て意見しあう、みたいなことも日常的にあるけども、それが非常に濃密な、面白い時間というか空間になったりしますよね。完成していないからこそ、作り手もみる側も話しやすい。その空間を映画祭にも持ち込んで、国内外から集うさまざまな来場者とともに「場」として開いてみたらどうなるのか、という試みです。
——それは、作家を育てる場を作る、ということですか。
橋浦 いや、恐らく逆の発想ですね。『ヤマガタ・ラフカット』は、作家の育成だけが目的ではありません。むしろ作家も含めた参加者ひとりひとりがみて、話しを聞き、考えることのできる「場」作りを目指しました。
「映画」があるから「場」があるのではなくて、「場」があるから「映画」ができる、という考え方もあると思うんですね。そもそも映像をみるという行為は、「ともに世界をみる」点においては「作家」も「観客」もありません。「作品」というのは、ひとりひとりの意識の中で作られるわけだから、そこに「観客」や「作家」という区別はつけられないですよね。まずはじめに、そのような固定された立場や関係とは違う形で、映画を観たり、聞いたり、作ったりできないだろうか、という思いがありました。
一般に映画祭の質疑応答というのは、作り手の意図を確認することに終始する感じもあるのですが、その確認のために映画をみるのではなくて、みたものから感じたことをアウトプットすることで、もう一度、世界の見方や感じ方を考えていくことを、製作者も来場者も、同じ地平でできたら良いですよね。そこで、みて、ひとの話を聞いて、話して、考えたりする場自体が映画なのではないかと。みる人こそが映画や映画祭を作っていると思ってもらえたら、と思います。
——どうしても作り手ベースの目線で考えてしまうところもあるのですが、一人で作品を作っていると、他者と対話をする機会があまりないので、作品の世界が広がっていかない、という考え方がありますよね。『ヤマガタ・ラフカット』という場を設けた背景には、今の日本の作り手の問題や製作環境に対して何か働きかけをしたい、という意向はありました?
橋浦 結果的にそうなれば良いかな、という感じで、それが最初のモチベーションではないですが、個人制作の作品、ということには間違いなく注目していて、一人でコツコツ作品を作ってきて、誰かの視線を必要としている人にこの場を使って欲しいという思いはあります。その意味では、別に日本の作品にこだわる必要はない。次回も続くようであれば、例えばアジアの作り手にも拡げていきたいですね。アジアの作品が並べば、また別の広がりが生まれるでしょうし。
■撮られた映像からはじまる対話
——選考の話しが出たところで、作品選定の基準についてお聞きします。応募された三十数本から、この5本を選んだ基準はどこにあるのですか。
橋浦 選考は3人(東京事務局の矢野和之さん、映像作家の川部良太さん、橋浦さん)で行いました。撮った素材をそのまま並べる人もいれば、いわゆる「OKカット」を集めた人もいるし、ほぼ完成している人もいる。ホームムービーのような素材もあるし、集まった映像の種類は千差万別です。
3人が同じ映像をみても、違うものを捉えていたということが、ひとつのポイントになりました。テーマ設定の仕方やトピックにとらわれてみると、それは企画書の話になってしまいますよね。既に撮って作り始めているわけだから、結局、撮られた映像に何が映っているのか、という話になるのです。
——ということは、会場でもあくまでも、撮れている映像をベースに議論をするわけですね。
橋浦 そう。作品の優劣ではなくて、作り手がよく分からない所で悩んでいたり、作り手は意識していないけど何かが撮れてしまっているとか、そういう映像が入っているものに注目したいと思っています。これは何だろう?という引っかかるカットがひとつでもあれば、その意味に変換できない感じから受けるものが、見ている人と一緒にものを考えられる入り口になる可能性がある、と思うんですね。
——具体的な進行については、どうするのですか。
橋浦 今、考えています(笑)。5人の映像を毎日少しずつみせるのではなくて、1日1本ずつ、最初に60分の映像を見せ終わると、その後、ディスカッションの時間が1時間半もあるから、毎日毎日、変わっていくんじゃないかな。この「ラフカット」という企画自体が途中のものだし、最終日の5日目に何かが完成するというのでもないですよね。今回コーディネーターとして関わっている大木裕之さんも、毎回毎回、違うバージョンの作品を見せる人ですしね。
コーディネーターや、著名な作家や、プロデューサーの意見に耳を傾けましょう、という場では全然無いです。未完成の映像をみて、みんなで丁々発止話をし、それに耳を傾ける。私も作り手も来場者も一緒になって、映画制作のプロセスに立ち会える「場」を作っていけたらいいなと考えています。
■ヤマガタ・ラフカット参加者のことば、プロフィール
2013年10月11日(金)−15日(月)連日 19:00-21:30
山形美術館5にて開催
10/11 『せいぞんかくにん』 高橋亮介
父の冗談まじりの「“せいぞんかくにん”して来い」という言葉をきっかけに、岩手県に住む祖父母のひと夏の暮らし を2009年から記録している。 撮影を重ねる度、持続し、繰り返される日々の中に潜在するもろさが浮き彫りとなり、 家や周辺の様子も静かに変化していく。この映像は当初家族や親戚に見せるだけのつもりで撮っていたが、今回初めて広く他者に向けて上映する。映されたものから果たしてどのような言葉が紡ぎ出され、或いはそれぞれ の身近な存在が抱える問題をも見つめ直す契機になるだろうか。
髙橋 亮介(たかはし・りょうすけ)
1988年東京都生まれ。2012年 に東京造形大学映画専攻領域を卒業後、映像制作や編集を中心に多方面で活動している。
【関連記事】【Eassy】誰かにとってのラーメン(前編)- 映画『ラーメンより大切なもの』によせて text 髙橋 亮介
10/12 『voyage』 池田 将
撮影や編集を試行錯誤していく中でゆるやかに浮上してきた“漂流の感触”を、私はまだ名付けることが出来て いない。なぜこのような映画を必要としたのだろうか。ただ、「未完」の不調律を積極的に捉え、他者を交えて受け入れていくことのプロセスにこそ、「未来」へ繋がる 重要な鍵が潜んでいるのかもしれない、と現時点では考えている。 来場者の方々と共に『voyage』を巡って語らい、未知なる発見や更なる漂流の感触を味わいたい。
池田 将 いけだ・しょう
1983年生まれ。監督作品は『えび』 (2005)、『くらげ』(2007)、『亀』(2008)、『ツチノコに合掌』 (2011)。 プロ•アマ問わず 役者の身体を静かなる跳躍へと導く独特な演出法で鋭意制作活動中。
10/13 『夕方の月』 田中圭
私たちが撮影していることは、神奈川県の公営団地に住む人々の生活です。そこは生活困窮者、高齢者ばかり が住む小さな社会ですが、誰の周りにも存在する社会です。登場人物が高齢者ばかりなのは、私がおじいちゃん おばあちゃん子であるからなのですが、それはそれとして、そこから何が生まれるかは模索状態です。なので、素材 のもつ可能性について、様々な年代や地域の方とラフに話し合える場になればいいと考えています。違った見方 や考え方に出会いたいので、経験の有無に関係なく、足を運んでいただきたいと思います。
田中 圭(たなか・けい)
1987年静岡県生まれ。神奈川県育ち。芝浦工業大学建築学科を卒業後、日本映画学校に入学。 今年の春に卒業し、現在はフリーで映像制作をしている。
10/14 『水と八丈島』 松林要樹
完成してしまった処分場を前に映画の終わらせ方がわかりません。当初、処分場建設反対の映像作品にする つもりでした。今回1時間の映像で強調したのは行政との対立構造でした。水の動きを追うことによって、八丈島 の人の営みを強く残す感じにしたいと思っています。いま3時間半のOK出しのラッシュがあります。くさや屋さん を中心に編集していますが、水を必要とする産業として、他にも焼酎屋さんや黄八丈という絹織物の製造過程の 映像もあります。島の歴史も相当面白いのですが、映像にどう組み込むといいのでしょうか。
松林要樹(まつばやし・ようじゅ)
1979年生まれ。2009年に未帰還兵を追った映画『花と兵隊』。2011年、映画『311』を共同監督、 福島県南相馬市の人々の姿を捉 えた映画『相馬看花 第一部 奪わ れた土地の記憶』を発表。
10/15 『フォントンジュ』 阿部正子
私事ながら、出産、育児とここ暫く自分の夢はほったらかしになっていました。好奇心の塊、とにかく前向きな大きなエネルギーに溢れた、でもまだこんなに小さい子ども達。私は何を見せてあげられるのだろう?とにかく、自分をもう一度見つけなければ。私は、 些細な日常から拾いあげた人々の心の動きを映像に映していけたらとずっと思ってきました。表面からは想像できない心の奥底 やそこに隠れた人生を映像に映しとりたい。この奥底にあるものが、私たちの生活や社会を動かしていると思うからです。このプログラムは、多くの人との関わりの中で、それを再確認する場になるような気がします。自分の道筋をもう一度つけるといったような。
阿部 正子(あべ・まさこ)
山形市出身。パリ郊外在住。テレビ番組・CM・ミュージッククリップ等の映像制作を経て渡仏。パリ第8大学 d’études cinématographiques et audiovisuelles (ECAV)Maîtrise 課程終了。卒業制作『Il y a tres longtemps』。
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【コーディネイター・プロフィール】
橋浦太一(はしうら・たいち)
1977年東京生まれ。2005年より山形国際ドキュメンタリー映画祭に関わる。以降、2007年のドイツ・ドキュメンタリー特集「交差する過去と現在―ドイツの場合」、2011年の「わたしのテレビジョン青春編」のプログラム・コーディネイターを務める。
【聞き手・構成】
佐藤寛朗(さとう・ひろあき)
1976年生まれ。neoneo編集委員。ヤマガタとの関わりはまだ学生だった1999年の衝撃から。『あんにょんキムチ』(監督:松江哲明)や『新しい神様』(監督:土屋豊)に新たな時代の始まりを確信し、『ハイウェイで泳ぐ』(監督:呉耀東)『I Love(080)』 (監督:楊力州 )など、ナイーブな台湾発の作品にドキュメンタリー表現の可能性を感じる。以来毎回必ず参加している、重度の山形映画祭中毒者。