【Pickup】特集★山形国際ドキュメンタリー映画祭2013 「分かりやすいシステム=ストーリーに寄りかからないために――それぞれの『アラブの春』」加藤初代さんインタビュー 聞き手=萩野亮


チュニジアの「ジャスミン革命」を嚆矢として、2010年から2012年にかけて中東と北アフリカで起きた大規模な反政府運動(民主化運動)の波が、「アラブの春」と呼ばれてすでに久しい。FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアが情報インフラとして活用されるとともに大きな動員力をもち、新しい世紀の革命運動としても注目を集めた。アラブ圏の政治的動乱は、なおもつづいている。

今回ヤマガタでは「それぞれの『アラブの春』」と題した特集上映を企画。「アラブの春」は、日本人にとっても決して「対岸の火事」ではない、とコーディネイターの加藤初代さんはいう。今回のプログラムの意図と作品についてお話を伺った。

(聞き手・構成=萩野亮/neoneo編集室)

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「それぞれの『アラブの春』」コーディネイター 加藤初代さん

――加藤さんはどういうふうにヤマガタに関わって来られたのでしょうか。

加藤 1997年が初めてのヤマガタで、そのころからずっと「デイリーニュース」でボランティアをしていたんですね。それが最初で、今回この「それぞれの『アラブの春』」を担当することになりました。それまでは、映画ではなく、テレビ番組の仕事をやっていました。

――今回のプログラムにはどういう特集意図があるのでしょうか。

加藤 2010年から翌2011年にかけて、中東と北アフリカで民主化運動が各地で起こりました。それが「アラブの春」と呼ばれているわけですが、「アラブの春」という言葉を与えられると、途端に何か分かったような、安心したような気もちになってしまうところがあると思うんです。しかし、実際には、「アラブの春」という言葉で言い表しきれない、人それぞれの関わり方、理解の仕方があるはずです。それでタイトルを「それぞれの『アラブの春』」(Another side of the “Arab Spring”)としました。

『悪意なき闘い』

『悪意なき闘い』(ナディア・エル・ファーニー、アリーナ・イサベル・ペレス/フランス)

――FaceBookやTwitterなどのソーシャルメディアが「アラブの春」に果たした役割は大きいと思うのですが、その影響は映画にも表れてきていますか。

加藤 たしかにソーシャルメディアで情報を得て、反政府デモに参加した人は多かったようです。ですから、「アラブの春」に大きな影響を与えたと言えるとは思います。ただ、それが直接的に映画制作そのものの変化に結びついているどうかは難しいところです。けれど、たとえば今回上映する『悪意なき闘い』(ナディア・エル・ファーニー、アリーナ・イサベル・ペレス/フランス)は、エル・ファーニー監督が、作品でイスラーム主義批判をしたために、自分自身がインターネット上で攻撃を受ける様子を、パーソナルな視点で描いています。

――この監督はもともと映画を作ってきた方なのですか。

加藤 はい。今回の上映作品には、アマチュアに近い作り手はいませんね。『気乗りのしない革命家』(イギリス)の監督は、2009年のヤマガタで『ナオキ』を発表したショーン・マカリスターという映画作家です。

――あのショーンさんですか! どこにでも行く方ですね(笑)。彼の作品だと、ユーモアというか、可笑しみがあるのではないでしょうか。

加藤 そうなんですよ(笑)。この作品もイエメンの観光ガイドが革命にどんどん巻き込まれていく話で、彼はそこにカメラを持って入り込んでゆく。先ほどもお話ししたように、「アラブの春」といっても、反政府デモに関わっている人もいない人もいる。深刻な出来事も描かれていますが、普通の日常をユーモアを交えて描いていますね。

――『共通の敵』(ハイム・オテロ・ロマーニ/スペイン=チュニジア)はどういった作品でしょうか。

加藤 これは個人というよりは、チュニジアの社会そのものをテーマにした作品で、制憲議会選挙の選挙運動の様子を追いかけたものです。タイトルからもわかるように、最初は、各政党は、ベン=アリー大統領のアンチとして自分たちの正当性をアピールしていたんだけれども、そのうちにお互いを敵に見立てて、選挙運動を展開することになるんですね。人物を描くつもりで撮影し始めたのだけれど、結果的に、政治的な意見の対立という社会構造が露になったのだと思います。

『選ばれた物語』

『選ばれた物語』(ヨハンナ・ドムケ、マルワーン・オマラ/ドイツ=エジプト)

――『選ばれた物語』(ヨハンナ・ドムケ、マルワーン・オマラ/ドイツ=エジプト)についてもお聞かせください。

加藤 これは、人物はほとんど描かれておらず、ヴィジュアルが前面に押し出された作品です。「アル=アハラーム」というエジプト政府の御用新聞といわれてきたような大手新聞社があるんですが、革命のあと、この映画の監督たちは、なぜかその社屋の上から下までエレベーターで降りながら、各階の様子をフィックス(固定画面)で撮っているんです(!)。言論の自由が一応保障されている国でも、企業が会社の内部をそこまでは撮らせないですよね。そこにナレーションで、それまでエジプトの為政者とメディアの関係をフォトジャーナリストの独白という体で語っていく。

――実験映画やアートフィルムに近い領域ということでしょうか。

加藤 アプローチとしてはそうですね。監督自身も「社会的テーマを芸術的アプローチで撮る」というふうにいっています。

――現代アートの領野でも、森美術館で開催された「アラブ・エクスプレス」でアラブ圏の作家がまとめて紹介されたり、舞台表現でも今年のフェスティバル/トーキョーにレバノンのラビア・ムルエの作品が3作上演されます。こういうものと合わせて見ると興味ぶかいかもしれませんね。

加藤 日本にいると、アラブ圏のことは直接関係ないようにも思われますよね。しかし、「アラブの春」といわれる一連の民衆蜂起は、日本のわたしたちにとって、重要な問いかけをしているように思うんです。確固としたものだと思っていたものが、あっという間にもろくも壊れてしまった時に、自分はどのように振る舞うことができるのか。そして、何か、国や共同体のようなものが、ゆるゆるとほころびていくような今の世の中で、どのようにすれば、一人の人間として自立して物事を考え、なおかつ、社会とつながっていけるのだろうか……。そんなことを、私は考えました。

そのあたりを描いているのが大木裕之さんの『SSS-2013YAMAGATA mix』だと思っています。大木さんは、一人の映像作家として、社会的事象である「アラブの春」を、自分の身体感覚の延長としてどのように捉えることができるのか、ということを考えながら作品を作っているわけですね。「アラブの春」は自分たちに関係がないと思おうとすれば思えるけど、どんな関係があるのだろうかというぎりぎりの探究をして、それを映像に昇華している。彼の日常的なアートプロジェクトの映像と、彼がエジプトで撮った映像とを、交錯させながら作られたものです。すごく考えさせられる作品だと思います。

――上映後のQ&Aではどういった方がいらっしゃるのでしょうか。

加藤 シリア人のジャーナリストで、日本で活動されているナジーブ・エルカシュさんという方に「アラブの春」の背景についてお話しいただきます。監督は三名、ショーン・マカリスターさんとヒンド・ブージャーマアさんと大木裕之さんがいらっしゃいます。(了)

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yidff2013|開催情報

山形国際ドキュメンタリー映画祭2013
期間:2013年10月10日(木)―17日(木)
会場:山形市中央公民館(アズ七日町)、山形市民会館、フォーラム山形、山形美術館ほか
主催:特定非営利法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭共催:山形市
公式サイト:http://www.yidff.jp/home.html

 

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|プロフィール

加藤初代 Hatsuyo Kato
1997年より、山形国際ドキュメンタリー映画祭のボランティアスタッフ。その間、IT講習会講師、テレビ番組ディレクタ−などを生業としておりました。

萩野亮(聞き手・構成) Ryo Hagino
本誌編集委員。批評。立教大学非常勤講師。編著に『ソーシャル・ドキュメンタリー 現代日本を記録する映像たち』(フィルムアート社)。

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