【リレー連載】ワールドワイドNOW増刊号★大阪&香港発/大阪~香港2013春季電影祭つれづれノート ~シネマクロスオーバーの現場を訪ねて text 香猫


|3/17[sun]day

スプリング・フィーバー(花粉+黄砂?)に足止めをされ、辛くもたどり着いた最終日の大阪アジアン映画祭。そしてこの日は香港国際映画祭の初日でもあった。映画祭に駆けつけるモチベーションはやはり作品+映画人。昨年も短い大阪滞在で『セデック・バレ』(1・2部完全版、ウェイ・ダーション)に滑り込み、今年の映画祭ではプレイベントで全国公開に先立ち上映された。昨年秋以降の反日運動の状況を考えると、大阪発だからこそ、劇場公開が実現したとも言える(ちなみに台湾外の映画祭では国際版の短いバージョンが上映されていた)

さて、最終日17日は昼前に到着、まずは十三第七藝術劇場でのインディーフォーラムのトークセッション2「アジアン・ミーティング2013」に駆けつける。昨年より従来の「アジアン・ミーティング」とCO2(シネアスト・オーガニゼーション大阪)が合体し「インディーフォーラム」部門となった。今年は「越境」をテーマに『卵と石』の監督ホアン・ジー、『貧しき人々』の主演・プロデューサーのワン・ホンシン、『離ればなれの』の監督キム・ペクジュン、司会にコンペでワールドプレミアの『Fly Me To Minami ~恋するミナミ~』のリム・カーワイ監督が集った。

今年の作品は、「境界」というキーワードで見ると、『貧しき人々』は「脱」境、 『離ればなれの』は越「境」のその後、『卵と石』は「帰」境、そして『恋するミナミ』は大阪・ミナミをターミナルとした日・韓・香のパーソナル・クロスオーバーな物語だといえる。

『恋するミナミ』最終回も立ち見!の盛況で急遽追加Q&A/左から加藤順彦さん、リム・カーワイ監督、ペク・ソルアさん/なお撮影はすべて筆者による。

インディーフォーラム部門の作品セレクションは、本数は多くないが「駆けつけたくなる」作品が必ずある。各国の映画祭ですでに紹介され評価を得ているが、日本でまだ紹介されていないインディー系の作品・監督達が来阪。毎回、お互いの作品・制作・映画界の状況を「アジアン・ミーティング」で語り合う。CO2ディレクターの富岡邦彦氏は長らく大阪で映画人育成・プロデュースを手がけていて、アジアンのインディーズ映画人とのつながりから、今までイン・リャン(『好猫』、『慰問』)や、イ・サンウ(『トロピカル・マニラ』、『父、吠える』)、リュウ・ジャイン(『オクスハイドⅡ』)といった気鋭の映画作家たちを招聘するなど、大阪とアジアを直に結ぶ重要なポジションを担っている。また、重慶でイン・リャンが主催していた重慶民間映画交流展に招待され、CO2の作品を上映している。

「アジアン・ミーティング」に期待するところは、アジアの映画人達の状況を発信すると同時に、アジアと日本の映画人とのダイレクトな交流、そしてコラボ、そういう場として発展して行って欲しい。後述する投資マーケットの香港国際のHAFやプサンのAPMはずっと大規模でプロフェッショナルだが、基本は人と人との繋がり。むしろアットホームでゆるいストリートスタイルで大阪流・発の映画が生まれる場が成長していって欲しいと思う。映画に限らないけど日本人は、そういう個々のネットワーク力が弱点だと常々思う。

実は大阪ではそういったクロスオーバーな映画は既に幾つか生まれている。マレーシア出身、大阪卒業・在住だったリム・カーワイ監督の『恋するミナミ』では、CO2の助成で撮った『新世界の夜明け』に続き、大阪出身・シンガポール在住で領土問題に発する日韓反日現象に違和感を感じていたシンガポール在住のプロデューサー加藤順彦氏と意気投合し資金を得、昨年のインディーフォーラム韓国作品『ホーム・スィート・ホーム』(ムン・シヒョン)に出演していたペク・ソルアと出会い、ヒロインにキャスティングし、昨年末クランクイン。クリスマス~年明けまでにミナミ・ソウル・香港ロケを敢行、まるでかつての香港映画のような猪突猛進モードで、今年の映画祭一週間前に完成させた。

またイム・テヒョン『大阪のうさぎたち』も、丁度映画祭会期中に撮影を予定していた所、その真っ最中に起きた311の震災のため女優が来日出来ず、プロデューサー兼主演作品の『歓待』(深田晃司)で参加していた杉野希妃が急遽出演、完成作品は翌2012年の映画祭で上映された。

『卵と石』上映後のトーク/左から大塚竜治カメラマン、ホアン・ジー監督と長女千尋ちゃん

『卵と石』は、ロッテルダム2012年でタイガーアワード(最高賞)を獲得した注目作。北京電影学院で脚本を学んだホアン・ジーが語学留学のため北京に渡ってきた、現在の夫でもある大塚竜治と二人で作り上げた、ある意味中国新世代の真の意味での日中合作。

状況説明的なシーン、台詞を最小限にしぼって、親の出稼ぎで叔父夫妻に長く預けられている少女の孤独で不安な心情を映像でビビッドに写し取っている。一方、この地方のお祝い等の折々に卵を贈ると言う風習や伝統的な女性の穢れを払う鶏の生贄の儀式といった農村の情景や、盲目の老人の自宅に遺影用の額写真を逆さまに掲げるユーモラスな演出など、中国農村の暮らしを魅力的に写し取っている。

大塚によると 第一稿の脚本には、少女と村の少年のも恋情など色々な要素が盛り込まれていたが、監督自身の実体験であり、長年のトラウマであった近親相姦のエピソードによりリアリティがあり、脚本を削いでいったという。

ホアン・ジーも撮影監督、製作(資金調達)も担当した大塚あってこそ、作品が完成したと語っている。彼は元々テレビドキュメンタリー界で活躍、中国への留学と平行して北京オリンピック前から日本のテレビの撮影を当地で多数こなしている。電影学院の友人に撮影を頼まれホアン・ジーと知り合い、映画界での人脈・映画作りも体得していったと言う。ちなみに昨年の東京フィルメックスでも上映され、監督のイン・リャンが中国当局により圧力を受けた『私には言いたいことがある』の撮影も担当している。『卵と石』の受賞でロッテルダム映画祭から助成も得て、次回作の準備中である。

『貧しき人々』のミディ・ジー監督は、今回来阪したプロデューサー兼主演のワン・シンホンと幼馴染。ビルマ・シャン州ラーショー出身の華僑で高卒以降台北で教育を受け、ずっとタッグを組み映画を作っている。前作『RETURN TO BURMA』も本作も、ロッテルダム映画祭をはじめ香港国際映画祭など各国に招待されている注目株。今年のカンヌ監督週間では、丁度大阪アジアンの期間中編集していたタイペイフィルムコミッションとのコラボレーション「Taipei Factory」で四組の台湾と外国監督の共作短編オムニバスの一編を担当、オープニング作品として招待されている。

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|3/17[sun]night-18[mon]early night

この後、梅田の居酒屋貸切でゲストも関係者・観客も入り混じって打ち上げ。大阪アジアンらしい?スタイルで皆好き好きに語り合い深夜まで痛飲……。ゼロ泊二日で一旦帰京。

|3/26[tue]midnight

さて第37香港国際映画祭。9日後の26日、再び大阪(関空)に舞い戻り、LCCピーチエア深夜便で香港へ向かった。当たり前だが、成田発より一時間弱早く着く。アジアは大阪から大分近いのだ。

香港国際映画祭は例年3月末のイースターの連休を挟んで足掛け三週間の長丁場。今回筆者の滞在はクロージング(最終日コンペティション受賞式)までの7泊8日。大阪アジアン映画祭最終日でもある3月17日に、オープニング作品『イップ・マン-final fight(ハーマン・ヤウ)を皮切りに、翌18日にアジアン・フィルムアワード受賞式と映画祭本体のプログラムがスタートし、香港コンベンションセンターで後述のHAF (Hongkong-Asia Financing forum)が20日まで、さらに24-27日はFILMART。香港国際映画祭、HAFに加え、アジア映画賞が2007年スタートして三部門体制になった。メインコンペティションは以前のイースター休暇前から、昨年より最終日が授賞式となったので、もし一週間ほどの滞在予定なら、前半か後半選択が要検討だ。

香港国際映画祭のアジア映画賞と大阪アジアン映画祭の作品は、会期が近いので不思議では無いのだが、セレクションの志向が通じる所が多く、共通するタイトルは多い。スタート当初は「ちょっと’変わった’映画賞」と評されていた。また香港映画祭のすぐ後には、30年の歴史がある中華圏映画の香港金像(アカデミー)賞があり、「その存在意義は?」との声もあった。このところは、香港、中華系、東南アジア、インド・イラン、韓国、日本のアート・インディー系を含むユニークなノミネーションで独自の境地を展開している。そして様々なアジア映画人が一同にレッドカーペット・壇上を賑わすのがお馴染みの光景となった。

昨年は『セデック・バレ』が作品・監督・助演俳優にノミネートされ、昨年の大阪アジアンでも上映されたインドネシアの『ラブリー・マン』で男娼役のドニー・ダマラが主演俳優賞を獲得(!)、今年は男優女優とも、フィリピンの大ベテランであるエディー・ガルシア(『BWAKAW』)とノラ・オノール(『THY WOMB』)が主演賞を獲得。フィリピンメイド人口の多い香港らしくもあるが、両作品とも文句無しの秀作。作品賞は、『天安門、恋人たち』で国内での映画製作を5年間禁じられていたロウ・イエの中国復帰作『MYSTERY』(が、早速検閲を巡り紛糾している)、監督賞は北野武、主演俳優賞はジョセフ・チャン『GF*BF』(ヤン・ヤーチェ)、助演女優賞に渡辺真紀子『チチを撮りに』 (中野量太)。ちなみに今年の大阪アジアン映画祭の観客賞作品『恋の紫煙2』(パン・フォーチョン)は2012年香港映画祭オープニング作品。

HAFは今年11回目を迎えた、アジア地域でプサンのAFM(98~旧PPP)と並ぶ規模の投資会議マーケット。アジア、特に中国語圏と東南アジアのエッジなプロジェクトが集う。2013年は特にタイから国際映画祭常連のアピチャートポン・ウィーラセタクン 、アノーチャ・スイッチャーゴーンポン(ボスニアヘルチェゴビナの監督と共同) 、スラロジ・コンサクン+アディトヤ・アサラット+プラモート・セーンソン (オムニバス)の三つのプロジェクトが目立つ。

また河瀬直美が自身の新作とプロデュース作(なら国際映画祭製作)で参加。また今年のifva(獨立短片及影像媒體節3/8-17)でも審査員を務め、オープニングに新作『塵』が上映された。ifvaは18回を数える香港アートセンターによる、香港とアジアのインディー映画・ビデオ短編映画祭。

なお香港映画祭は、1977年に東アジア各国に先駆け香港市政局が世界の映画を紹介するべく始まり、翌年からはローカルの広東語映画のレトロスペクティプ、毎年の英・中国語の映画書籍出版を始め79年第三回から、ワールドシネマ、香港映画の今と回顧、アジア映画の紹介というプログラムの骨格が確立した。

香港本来の歴史と地勢から言って「世界と中国アジアへの映画の窓口」的な性格を帯びているのは必然である。特に中国語圏映画に置けるポジションは、返還以降紆余曲折経るもその規模・プログラムの質でユニークな位置を確立している。メインプログラムは、コンペティション部門はヤングシネマ、ドキュメンタリー、短編に、FIPRESCI とSIGNIS(天主教人道賞)が他の非コンペプログラムも含んでノミネーションされる。トータル60カ国300本以上の上映本数と規模を誇り、映画祭の年間カレンダーの終りにあたるので当年度の世界の主要な映画を網羅していると言える。

|3/28[Thu ] 

大阪アジアンでは不覚の大遅刻のため見逃した『貧しき人々』は、中国語タイトル『窮人 榴槤 麻藥 偷渡客』(『貧民、ドリアン、麻薬、非合法移民』)で分かるように、ビルマから新天地を求めてタイ国境から脱出して来た華僑ビルマ人のリアルな生活・状況をベースにした劇映画で全編ほぼ中国語。バンコクとタイ北部チェンマイ西部の国境地域を舞台に、より良い暮らしを求めてかなり危ない道を歩み苦闘する日々が綴られる(前述の前作『RETURN TO BURMA』は2010年の総選挙時に監督が久々の帰国し、台湾にに多くいるビルマ労働者の実情をベースに撮り、こちらもワン・シンホンが出演している)

『貧しき人々』ミディ・ジー監督

『貧しき人々』ミディ・ジー監督

終盤、ビルマ・タイ国境山岳部で墜落したアメリカ軍機(VFXによる)の幻想的なシーンなどは、ドキュメンタリータッチとエクスペリメンタル手法の、インディー的ブレンドが映画的な成功をしている。

香港は元来移民を多く受け入れ成り立ってきた都市国家。ベトナム難民キャンプも長らくあったし、越境の物語は普通の香港人にもとても感心が高いようだ。以前『ビルマVJ 消された革命』(アンドレス・オステルガールド、2008)の映画祭の上映でも熱烈な反響だったし、テレビ放映もされた。

|3/31[sun]day

今年のドキュメンタリーコンペティションでは、日本から各紙で速報された様にドキュメンタリー部門ファイヤーバード賞を獲得した『先祖になる』(池谷薫)と、前述した『卵と石』のホアン・ジー、大塚竜二共同監督の『痕跡 Trace』を鑑賞。

ワールドプレミアとなる後者は、昨年9月、時正に「島」を発端とした反日の烈風のさ中、二人の間に生まれた娘をホアン・ジーの故郷湖南で戸籍登録するための旅をユーモラスに綴る心温まる作品。偶然にも二作品ともに31日の上映を訪れた。

『先祖になる』でファイヤーバード賞を受賞した池谷薫監督

『先祖になる』でファイヤーバード賞を受賞した池谷薫監督

池谷監督は『延安の娘』以来毎作が上映され、映画祭の常連。香港ローカルの観客のドキュメンタリー作品に対するリアクションやQ&Aでのリアクションはとても’アクティブ’だ。午後の上映、会場のサイエンス・ミュージアムの300席はほぼ満員。はじめに池谷監督が震災後16回も岩手を訪れている香港人ボランティアグループに感謝を述べ、この作品を撮るに至った背景、共に登壇した福居正治カメラマンは、映画の主人公である佐藤直志さんと同じく最近息子を亡くしていたので当初撮影依頼を躊躇していた件、などを語った。

ロビーにて/取材陣に囲まれる池谷薫監督と福居正治カメラマン

ロビーにて/取材陣に囲まれる池谷薫監督と福居正治カメラマン

直志さんのがんこだが逞しい独立自尊の様なユニークな人物が、香港人はとても好き。加えて人情話に強く共感する。佐藤夫妻が自宅の完成後別居したことに関する質問には、夫人は元々着付けの先生等手に職を持つ女性なのでお互いを思いやった「発展的別居」だろうとの事。会場のサイエンス・ミュージアムはほぼ満員で、時間切れで会場ロビーでも引き続き熱心な観客とのやり取りが続いていた。

振り返ると、過去の香港映画祭で上映された中国のドキュメンタリーは、錚々たる作品揃いだ。香港返還の前年、1996年の『天安門』(カーマ・ヒントン、リチャード・ゴードン)の映画祭での上映は。当時の映画祭は香港市庁主催で、当然映画祭運営側と行政側との方針は軋轢を生み、その後映画祭運営が2004年に非営利団体として独立するまで、所謂中国政府の審査を経ない独立系中国作品の上映は波乱と紆余曲折を経た(96年は『天安門』は香港の劇場公開でもロングランをして、当時出張等で香港を訪れる機会を持てた中国人達の間の密かな口コミで必見と目されていた)。

第6世代で電影局からの映画製作禁止処分を受けていたチャン・ユアン(張元)・ドゥアン・ジンチャン(段錦川)『広場』(95)など、上映と監督招待も含め主要な独立系中国ドキュンタリーを紹介している。21世紀に入るとデジタル化による上映フォーマット、中国人自身の移動の自由度も広がり、プサン等も含め中国独立系映画はまず海外での発表、国内では自主上映を目指すという流れは定着した。

2008年にはワン・ビン(王兵)『原油』をプレミアのロッテルダムに続いて監督との討論会も併せて14時間全編を展示上映しており、2010年には中国政府によりで最も厳重にタブー視されている地方の腐敗を訴える運動、民族問題を捉えた二作品、北京の直訴村を12年に渡り撮った『北京陳情村の人々』(チャオ・リャン[趙亮]、ディレクターズカット5時間版)、新疆の映画館火災で300人の児童が亡くなった事件を追った『Karamay』(シュー・シン[徐辛]、ワールドプレミア、356分)と言った快挙の上映もしている。ちなみにこの作品をシークレット上映しようとした2010年5月の北京の中国紀録片交流週では、直前にどこからか情報が漏れ、テープは公安に没収された。この2・3年は関係者が上映素材は人づての手渡し以外は困難な状況が続いている。両上映には中国からの映画留学生達もグループで見にきていた。

社会全般においては中国政府・経済的にも様々な影響圧力が増加しているが、映画やアート分野ではむしろ返還10年目以降の方が一国二制度としての対中国の香港の意義と意味に自覚的になっているし、今のところ一応自由を保って(守って)いると言える。

日本作品で過去のドキュメンタリー上映で特に印象に残っているのは、例えば2003年SARS流行最中映画祭の香港、連日死者が多数報じられ、殆どの映画祭ゲストが招待をキャンセル、街中が息を潜めていた時期。『追臆のダンス』(河瀬直美)の上映に満員に近い観客が訪れ、食い入るようにスクリーンを見つめていた。『精神』(想田和弘)では、競争・ストレス社会の香港でメンタルな悩みを抱える観客が劇場ロビーで延々と真剣なやりとりを続けていた。

|3/31[sun]night

夜はスペース・ミュージアムで先にふれた『痕跡』のワールドプレミア上映。今回は大塚監督のみの登壇。実はこの作品はホアン・ジー自身が家庭用ビデオで撮っており、冒頭テロップで「家庭用機器での撮影につき笑納下さい」と振って冒頭からくすっとさせる。この作品の主人公は夫の大塚と娘の千尋なのだ。去年の尖閣列島問題で最高潮の反日の烈風中、ホアン・ジーの故郷、湖南省に帰郷して長女の千尋の戸籍登録に至るまでの珍?道中を描いている。大塚監督曰く家庭用ビデオフォーマットは人の普通の視野に近く自然に見ている対象を切り取れるとの事。確かに身近にいる家族を見つめる視点が自然に展開していて、同時に道中起きる政治や政府や社会との等身大のやりとりを淡々と撮れている。

Q&Aでは、このご時勢での日中カップルとしての二人の出会いの経緯、現状に割とストレートな質問が続き、大塚監督は飄々と答える。 時正に昨年9月、駅前や公共の広場あちこちに堂々と反日スローガンが張り出されている地方都市で、自身の家族とはともかく、日本人の配偶者、というのはかなり悶着呼びかねない状況。しかし大塚自身の容貌は余り「日本人らしく」なく、本編中の色々なシーンでほぼ違和感が無く溶け込んでいる。ちなみに上映後のQ&Aも中国語で直に応じていた。壇上でも「自分の中国語は方言のような訛りがあり、『新疆人だよ』と言っておくと大抵通ってしまう」との答えは観客の笑いを取っていた。日本人らしからぬ中国語を操るとは、ある意味、中国在住の達人(笑)。

『傷跡』日中両国版?フライヤー

『傷跡』日中両国版?フライヤー

映画のフライヤーにある「娘よ、島よりも大事なことがある」の言葉どおり、政治や国間の建前の軋轢があっても、故郷の皆(普通の中国人)は、大塚が常に肩掛けしている日本製のベビーキャリーと中ですやすや眠っている赤ん坊の方が興味深いし、話題にしたいに決まっている。また、故郷=『卵と石』の舞台の町なので、作品完成後の後日談や見覚えあるホワン・ジーの親戚や知り合いの出演者の素顔も織り込まれていてその点も興味深い。

エンディングでは日本の戸籍法上、22才時点で国籍を選べるとの条項がながされ、それは今後の状況と本人の意思で自分の人生を選べるように、日中夫婦から両方の世界を繋ぐ娘の将来に託すメッセージとなっている。

上映には、かつて大塚と組んだイン・リャンも駆け付けていた。先述の『私には言いたいことがある』において公安捜査の不正に触れ、厳しい圧力で現状では中国への帰国は困難。香港で香港演芸学院で教鞭を執りながら留まっている。

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|4/2[Tue ] evening

ヤングシネマ・グランプリとFIPRESCIをダブル受賞した『In bloom(美少女戦時)』はNana Ekvtimishvili, Simon Gross によるグルジア映画の再生を告げるポエティックな魅惑的作品。

『The Patience Stone』ポスター

『The Patience Stone』ポスター

審査員賞にエミリー・タンの『愛の身替わり』、スペシャル・メンションに山形国際ドキュメンタリー映画祭でもよく知られたヤン・リナ(楊荔鈉)の劇映画デビュー作『Longing for the Rain(春夢)』。そろって女性監督による女性の物語。特にセレブ妻の性的トラウマと昨今の都市市民の中国新興宗教への依存を描く『Longing・・』ヤン・リナのドキュメンタリー作品の世界とのギャップに少々、度肝を抜かれる(笑)。中国は新世代女性監督が確実に育っているようだ。更にSIGNIS(天主教文化賞) の『The Patience Stone』(アフガン系監督アティク・ラヒミ、右)は、銃撃で植物状態の年の離れた夫を看るため、空爆の絶えない市街のアパートに留まらざるを得ない若妻の内心のダイアローグ、抑圧から次第に自己解放するまでの驚くべきドラマ(主演女優はアジア映画賞にもノミネートされていた)

授賞式にて

授賞式にて

コンペの受賞作を全部(短編除く)見ていたのは、大変ラッキーだけれど偶然とは思えないと、少々ご満悦気分のまま、クロージング・フィルム『Closed Curtain』(ジャファール・パナヒ)を鑑賞。昨年日本でも公開された『これは映画でない』に続き、自宅軟禁、20年間の映画製作禁止処分中のパナヒがカスピ海沿岸の別荘でカンブジア・パルトヴィ(『チャドルと生きる』共同脚本)と組み、再び「違法」に完成させた、シニカルでユーモアも含む快作。来年も!?新作期待します。

なお香港映画祭の運営団体「The Hong Kong International Film Festival Society」は映画祭期間のみならず通年映画のイベントを運営しており、今年からはアートセンターで毎月開催のシネ・ファンがスタート。先月末はアッバス・キアスタロミを招待しての初期作品上映、6/4からは天安門事件24(6×4)周年記念の上映で既述の『天安門』と『サンレス・デイズ』(シュウ・ケイ、1990)が上映される。また同時期にドキュメンタリー賞の『先祖になる』もアンコール上映。8月にはSummer IFF(夏日国際電影節)も開催している。実は映画祭期間中は少し遠いので中々行けない、香港電影資料館も通年アーカイブ、クラシック作品の上映もある。かつてとは別の意味で香港は名実ともに電影都市として発展を続けている。(了)

【映画祭情報】

★第8回大阪アジアン映画祭(OAFF) 2013年3月8日―17日開催
 公式サイト http://www.oaff.jp/2014/ja/index.html
★第37回香港国際映画祭(HKIFF)  2013年3月17日―4月2日開催
 公式サイト http://www.hkiff.org.hk/en/index.php

【執筆者プロフィール】

香猫(シャンマオ)

90年代初頭より日本・アジア間をせわしなく行きかい、撮影・ルポ・制作・コーディネート等々・・名目で基本人に会いに赴く。ネットの進歩で世界の誰とでもおしゃべりは常時可能になったけれど、今(特に魑魅魍魎のニホンにおいて)大切なのはface to faceと誠実なアーカイブと検証なのではと感じています。その為の具体的なアクション・プラン思案中。
★Facebook アカウント https://www.facebook.com/studioscentcatmali.aka.maco

 

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