そして母は“女優”となり 『毎アル』シリーズは続く
——『毎アル1』の時に「昔はお母さんが怖くて、踏み込みきれない部分があった」というお話をされていましたよね。『毎アル』を撮り続けて、関口監督とお母さんの関係が変わってきた部分はありますか?
関口 私からみた母の認知症の状態でいえば、母は楽になってきていますよね。今まで猫をかぶって生きてきた部分が終わりつつあって、彼女の中のいろいろなものがそぎ落とされている。本当に死ぬ恐怖からも解き放たれて、やりたいようにやっている、そこの幸せは見ていて感じます。
『毎アル』を作って素晴らしかったのは、私たちの、母と娘の関係性の結び直しができたことです。私は自由に母を撮れるようになったし、母も私に対して、カメラがあってもなくてもわっとストレートに感情を出すようになった。『毎アル1』を撮るまでは、そういうあけすけな親子関係ではなかったんですよ。映画を撮ることで2人の間で扉が開いて、とてもオープンないい関係になって、私も初めて「くそババア」と母にいえるようになった(笑)。昔だったら、そんなことを言ったら母は、1ヶ月は口を聞いてくれなかった。それが今では「そう、ほんとにくそ垂れるババアになっちゃったよ!」と大笑いするんです(笑)。最高じゃない?
最近では、みんなが母を女優のようだ、と言いますね。花は演技をしない、亡くなった新藤兼人監督が求めるようなすばらしい女優(笑)。ふつうはカメラを向けると誰しも照れるところがあって、「カメラを意識して、カメラを向けられていないという演技」をするじゃない。でもうちの母親は、時々は「なにやってんだよ!」とカメラに向かって言うけれど、自意識が全然違うんですね。もうカメラを超えている(笑)。
予告編で使っている、タクシーが迎えにくるシーンなんかは、助監督が撮っているんですけれど、突然門を出てから、深々とお辞儀のようなことをする。あれはタクシードライバーに対してやっているんだけれど、監督がやってほしいと思うような動作を、自然にやってくれるんですね。カメラがあっても言いたいことを言うし。「あんた、私が主演女優なんだからさ、ギャラをよこせ!」とか。よく分かっているじゃん!って(笑)。
——カメラを向けているうちに、そのような関係性が日常化してきちゃったんですね。
関口 それはみんなにもよく言われるんですが、編集の時により一層分かるんですよ。編集マンが「ドキュメンタリーでは、お母さんみたいな人を撮りたいと思う」ってよく言っていました。言いたいことをいっても、本人はケロっとして忘れちゃった、というノリじゃないですか。だから映画を観てくださった人たちが、さらけ出して正直な母を好きって言ってくださるんでしょうね。今、彼女は本音で生きていると思います。そういう本音を出してくれる被写体は、ドキュメンタリーの監督としてはやめられないですよね(笑)。
——確かに、お母さんの魅力は、『毎アル2』でより増したような気がします。
関口 もう本人なりにマイペースというか、やりたいことしかやらないから。そういうふうに生きている人間って素敵なんじゃないですかね。本人も言っていますが「食べたいときに食べて、寝たいときに寝る」。そんなのは日本の社会では普通はできない。社会生活が終わった後の、理想的な隠遁生活ですよね。
これは『毎アル3』での予定なんですけれど、母はずっと父と商売(米穀店)をしていたから、足腰をばっちり鍛えているんです。近場のイオンの5階に上がったり下がったりする運動を必ず毎日やっていたんですね。この間、血液検査をしていたら、私より結果が良かった(笑)!鉄分が足りないだけで血糖値もばっちりだし、コレステロールはちょっとあるけど、83歳にしたらいいでんですよ。
でもちょっと思ったんです。身体もそうだけれど、それって心のありよう?って。認知症前にストレスを感じていた時よりも、今の母はストレスフリーな状態になって、身体にも良い影響を与えているんですね。
——次回作の構想が出てきたところで、『毎アル3』の話も少し聞かせてください。『毎アル2』を見ると、もっと監督自身の方に話がシフトしていく気もするし、人生の終幕を描いた、壮大なシリーズになりそうな予感もします。
関口 私は今まで29年間、母から逃げてきた人生だったのが、『毎アル2』である意味ガチンコで向き合えた。そういう意味では、母の思いに寄り添って、人生の最終章に最後まで付き合いたい。今の幸せのまま逝く手だてをどうしたらいいかを考えてあげたい、と思っています。それはもしかしたら、初めて監督の私というよりは、娘の私の気持ちがすごく出ているのかもしれませんね。
まじめに言えば、『毎アル3』は、人間がどう尊厳を持ったまま人生を終えていくのかという「人生の終活」を、私たちの親子関係なり家族関係なりでみせていくことになると思います。実はプロデューサー(山上徹二郎氏)には、そこをすごく心配されていて。『毎アル』シリーズの良さは明るさで、認知症の母をそこでみられるのが良いし、笑うところがいっぱいある。でも、認知症の最終ステージの人たちは、どうしても混乱が進み、口もきけなくなったりするじゃないですか。そのような母になっていくと、観ているお客さんは辛くなるんじゃないかって。でも最終ステージって、そういうもんなのかなって。結局、私が腹をくくるしかないんですね。
今回、私自身が入院ということになったでしょう?これはストーリーとしては、ネガティブな展開ですよね。4週間近くも母と離れるのは、2010年に私がオーストラリアから帰国して以来初めてで、母もちょっとめそめそしているんですよ。でも、家でめそめそしている母が私の病院にお見舞いに来たとき、さて、カメラの前でどういう反応を示すか。監督ってホント、いやだねえ(笑)。
しかも、私の執刀医が超イケメンで、私が恋をしてしまった(笑)!全然予想していなかった展開なんですけど、とにかくカッコいいの〜。久しぶりの恋ゴコロ!そこはもうおばさんで、失うものは何もないから、オープンにしちゃう。「先生、朝と晩に会いにきてね」とかお願いしちゃって、先生も困っちゃって。結局『毎アル3』もコメディ路線になりそうですよね(笑)。
【映画情報】
『毎日がアルツハイマー2〜関口監督、イギリスへ行く編』
(長編動画/2014年/51分/HDV/カラー/日本) ©2014 NY GALS FILMS
主演:母 関口宏子 娘 関口祐加
企画・製作・監督・撮影・編集:関口祐加
プロデューサー:山上徹二郎 ライン・プロデューサー:渡辺栄二
AD・撮影・編集助手:武井俊輔 整音:小川武 編集協力:大重裕二 撮影協力:関口先人
医学監修:新井平伊
イラスト:三田玲子 宣伝デザイン:宮坂淳
製作: NY GALS FILMS
製作協力・配給:シグロ
協賛:第一三共株式会社
8月16日(土)より、ポレポレ東中野にて延長上映決定!
<平日>10:10、11:20
<土日祝>11:20(9:40より『毎日がアルツハイマー』)
8月16(土)〜22日(金)横浜ニューテアトルでも上映が決定!
10:00、13:10『毎日がアルツハイマー2』
11:10『毎日がアルツハイマー』
※ 8/16 13:10の上映後、関口監督の舞台挨拶あり
公式サイト:http://www.maiaru2.com
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【監督プロフィール】
関口祐加 (せきぐち・ゆか)
1957年横浜生まれ。大学卒業後オーストラリアに渡り、天職であるドキュメンタリー映画と出合う。1989 年『戦場の女たち』で監督デビュー。ニューギニア戦線を女性の視点から描いたこの作品は、世界中の映画祭で上映され、数々の賞を受賞した。その後、アン・リー監督(『ブロークバック・マウンテン』『ライフ・オブ・パイ』他)にコメディのセンスを絶賛され、コメディを意識した作品作りを目指し、『THE ダイエット!』(09)などを発表する。
2010年1月、母の介護をしようと決意し、帰国。 母との日々の様子を映像に収めYouTube に投稿を始める。2012 年、それらをまとめ長編動画『毎日がアルツハイマー』として発表。劇場公開、現在に至るまで、日本全国で上映会が開催されている。2014年『毎日がアルツハイマー 2 〜関口監督、イギリスへ行く編』を発表。作品には、いつも一作入魂、自分の人生を賭けて作品を作ることをモットーとしている。