【連載】documentary(s) ドキュメンタリーの複数形 #02「存在と類似――『美味しんぼ』「福島の真実」編を読む」 text 萩野亮


連載再開にあたって

2014年5月から開始したこの連載は、月に一度のペースで発表する予定でいましたが、筆者の健康状態から、半年のながいお休みをいただくことになってしまいました。読者のかたがた、および本誌編集部にふかくおわび申しあげます。

きょうはようやく第2回をお届けします。テーマは『美味しんぼ』「福島の真実」編。そうです、この春「ビックコミックスピリッツ」に掲載されるやいなや、大きな反響をよんだ問題ぶくみのシリーズです。もうほとんど「消費期限」をすぎてしまった話題ながら、すでに8割がたの原稿を用意していたこともあって、編集部の諒解のもと、ここに掲載します。

けれども、そもそもこの連載は、できごとから「遅れて」書き、読まれることを意図していました。情報の加速度的な氾濫、とりわけSNSの普及によって、ときにできごとはすぐさま「炎上」し、やがて冷笑さるべき「ネタ」となっては鎮火し、風にさらされてゆきます。第1回であつかった佐村河内守と小保方晴子両氏のケースはまさにそうだったし、その後の「号泣会見」も「アイスバケツ・チャレンジ」も、ひとはもうほとんど忘れてしまっています。その定型化したサイクル、その速度に、わたしはつよい危機の感情をいだきます。

できごとから「遅れる」こと、「遅れ」のなかで考えること、なげかけること。それを、速報の可能なウェブ媒体で実践すること。ほんとうは、こうした本意は、本文の行間から読みとってもらうべきことなのですが、今回はあまりに「遅れて」しまったために、あえてここに付記します。できごとに、ほんとうは「消費期限」などあるはずもありません。

2014年11月30日 萩野亮

 


 

|『美味しんぼ』をめぐるアイロニー

2014年4月、ある青年誌に掲載されたグルメマンガが、首相が国会答弁で言及するなど、全国規模の騒動の渦をまねいた。『美味しんぼ』である。現地で取材をかさねて描かれた「福島の真実」編で、主人公の山岡士郎は唐突に鼻血を垂らした。そればかりか、井戸川克隆前双葉町長が実名で登場しては、鼻血は福島では日常に起きていることだと滔々と語った。

こうした描写と証言が、事実無根であり、風評被害を拡散する悪質なふるまいだ、とする激越な批判が巻き起こるいっぽう、これは隠された「真実」であると擁護する向きとが真っ向から対立し、掲載誌である『週刊ビックコミックスピリッツ』が事態の収拾を図ろうとするなど異例の展開をみせた。『美味しんぼ』は、2014年25号をもって(当初の予定通り)現在は休筆中となっている。

 

 

雁屋哲原作、花咲アキラ作画による『美味しんぼ』は、小学館刊行の青年誌『週刊ビッグコミックスピリッツ』1983年20号より連載され、2014年11月現在、単行本は110巻をかぞえる。主人公は東西新聞社文化部記者の山岡士郎と、彼の同僚でのちに妻となる栗田ゆう子。初期のストーリーは、ライバル紙・帝都新聞側に就いた山岡の実父・海原雄山との「究極」対「至高」のグルメバトルとして展開された。

『美味しんぼ』の連載が開始された1983年とは、バブル景気のさなか、70年代に芽吹いた外食文化がすっかり根づき、80年代後半から90年代前半にピークを迎える「グルメブーム」へと展開してゆく端緒としてあった。原作者の雁屋哲は、そもそもそのグルメブームを批判するために『美味しんぼ』を書きはじめたというが、むしろ当のマンガが明らかにブームを加熱させ、「グルメマンガ」ということばを生む結果となったことは皮肉である。

今回の騒動でも、「福島の真実」編にはじめから目を通せばわかるように、雁屋哲は福島へのいわれなき風評を批判する立場で、地域ごとに取材を進めている。けれどもストーリーが進むに連れて、いつしか話は福島県全体を評するせりふで充たされ、くだんの場面にいたる。「風評被害」を批判するはずが、むしろそれにいつしか加担してしまう(とみなされる)。その構図は、グルメブームをかえって加速させる結果となった連載当初の風景によく似ている。

 

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