人間としての「加藤くん」が感じられる
――この映画の面白いところは、加藤さんを適切な距離感でとらえて、フラットに撮っているところだと思います。妖怪になりたい人なんだけど、人間の加藤さんが出ている、というような。
綿毛 加藤さん、同じことをずっと繰り返して話すんですね。だから、加藤さんの中で人に話していいワードというのがちゃんと決まっていて、加藤さんは絶対、話さないこともいっぱいあるんですよ。だから、加藤さんが話さないこととか、言葉のかげに隠されたものを撮りたいと思っていました。たとえば、映画の方で結構加藤さんの自分語りがありますね。あれは編集していたとき、聞いていて本当に苦痛だったんです(笑)。でも、あれを何で入れたかというと、加藤さんが自分のいいことだけを得意満面に喋っているのは、ある意味加藤さんの人間性が出ているんじゃないかって。そう思って、カットしませんでした。
――加藤さんは公開にあたって、この映画を見返したりはしましたか。
加藤 いままで4、5回観ていますね。やっぱり、僕の人生って、すごく説明しづらいんですよ。今までどういう風に生きてきたって、長いからみんな疲れちゃうし。でも、あの映画を見てもらえれば、妖怪の意味はわからないかもしれないけど、僕という人間についてはある程度伝わると思うんですね。それはすごく嬉しいというか、ありがたいと思っていて。今までいろんな人に観せて、最初加藤の話を90分も見たくないってみんな言うんだけど、あっという間に観られたと。時間を感じなかったと、ほとんどの人が言ってくれるんですよ。
綿毛 加藤さんの自分語りは苦痛だったと思うんだけど…(笑)。
加藤 だからこの映画は、綿毛さんのメッセージだと思っているんですよ。僕は自分の生き方があるし、僕の世界があるんですけど、この映画に関しては、綿毛さんから見た僕だとすごく思いますね。僕は妖怪になるのが夢だから、「ほんとに人間が妖怪になったんだ」って綿毛さんが驚くように、がんばって生きていかなくちゃと思いました。身を持って、証明しなくちゃいけないと。
綿毛 「生きないと」という言葉が出ましたけど、実際加藤さんはほんと健康に気を使っているんですね。人間ドックには定期的に行くし、健康診断もこまめにチェックしています。あと、野菜ジュースを毎日飲んでいたりもしていますし(笑)。
加藤 とにかく、「死なない」って夢なんですよ。一番基礎的なところというか。
――ちなみに、加藤さんはもし、妖怪を目指さなかったら何になっていたと思われますか。
加藤 漫画家か政治家かなあ。他にもあったけど、でもどれもずれていると感じていました。自分のやりたいこととはなにかが違うと。でもなぜか、「妖怪」だけはぴったり来たんですよね。これならずっと目指したいって思えると。自分の中では、フィクションとノンフィクションをつなぎたい気持ちがあるんですよ。非現実な存在である妖怪が、現実世界で活躍することはその2つの境界線をなくすってことじゃないですか。だからこそ、妖怪がしっくりきたと言いますか。
――なるほど。劇場公開が決まったときに、お母さんの反応はいかがでしたか。
加藤 映画に関しては、見てくれてはいたけど、特に反応はありませんでしたね(笑)。絵本は受け入れられたけど。父にも亡くなる前に絵本を見せたら、「ちゃんとした絵本だ」とすごく喜んでくれまして。たぶん親戚に「絵本作家です」と言うと、母親も一応の体裁が整う、ということなんじゃないかなあ。妖怪を目指している、と言ってしまうといろいろまずくって(笑)。
綿毛 加藤さん、東京では妖怪になりたいと言っていても、両親には言いたくなかったんですよね。この映画を紹介するときも、絵本作家になれたということを前面に出していましたし。
加藤 言いたくなかったっていうか、妖怪になるということを言っても理解してくれないかなと思った。上手く説明できる自信がなかったんですよね。
綿毛 ときどき客観的に見ていますよね。言ったら恥ずかしいっていうか。
加籐 でも、正直に父親に「妖怪になる」って言えてよかった。今はそう思います。
監督と妖怪、それぞれの今後の抱負
――最後に、お2人の今後の抱負について、お聞かせ願えればと思います。
綿毛 また撮りたいって気持ちはあります。でも映像関係の人とのつながりがないので、また自力で撮るのかな。
加藤 僕としては、世界中の科学者とか政治家とか起業家とか、いろんなひとと仲良くして、世の中を面白くしていきたいという思いがあります。不老不死を真剣に研究している学者と協力して、人間の平均寿命を1000歳にするとか。たぶん、もっと楽しいことができると思いますし、妖怪になるために走っていきたい。
綿毛 加藤さんは、宗教にも興味はあるよね。
加藤 学問としてはね。でも、自分がやるのは違うと思います。宗教は、内輪だけで完結してしまっている感じがして。でも妖怪は、中身はよくわからないけど、なんか楽しそうというのがあって(笑)。そうやって、誰もが面白がってくれるような、そんな存在が自分にとっての理想なんですよ。
――そこが素敵ですよね。閉じないっていうか。
加藤 全く妖怪を信じてない人でも、ほんとに加藤が妖怪になったな、っていうのが目標なんですよ。それをできるだけ、多くの人に感じて欲しい、といいますか。
【映画情報】
『加藤くんからのメッセージ』
(2012年/日本/90分/カラー/ドキュメンタリー)
出演:加藤志異
製作・監督・撮影・編集:綿毛
配給:東風
公式サイト http://www.yokai-kato.com
出演 加藤志異(かとう・しい)
1975年岐阜県生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。絵本ワークショップあとさき塾出身。妖怪になるのが夢。
病院夜勤事務の契約社員(撮影当時)をしながら、人間から妖怪になるための活動をしている。大学卒業に中退期間7年を含めて11年かかり、卒業式の日に演説をして、僕は妖怪になると宣言。井の頭動物園の象のはな子さんと会話するなどの妖怪活動を続けている。
芸術家・コーデノロジストの荒川修作氏に私淑。絵本作家として、「とりかえちゃん」(絵:本秀康/文溪堂)、「クッツケロ」(絵:本秀康/学研おはなしプーカ)、「ぐるぐるぐるぽん」(絵:竹内通雅/文溪堂)などの原作をかいている。
製作・監督・撮影・編集 綿毛(わたげ)
1982年東京都多摩市生まれ。
中央大学卒。大学時代は写真研究部に所属。大学卒業後、大手住宅メーカーに入社。その後、契約社員として映像制作会社のアシスタントディレクターになるが半年で退職。職を転々とし、2010年派遣社員で一般企業の営業事務を始める。
2012年に処女作『加藤くんからのメッセージ』を制作。