【特集 山形国際ドキュメンタリー映画祭2015】コーディネーターに聞く、今年のヤマガタの傾向と対策② 東京事務局篇

ショーン・マカリスター『シリア、愛の物語』

アラブのパーソナルな世界に注目してみよう!
「アラブをみる―ほどけゆく世界を生きるために」加藤初代さんにきく

——「アラブをみる」は前回に続いて2回目のですが、引き続き特集することになった経緯を教えて下さい。

加藤 日本では、アラブ映画の特集が何年もされていなかったこともありますが、新作を観て、こちらが考えさせられることが多かったんです。前回は「アラブの春」という民衆蜂起があって、社会変動をある意味自主的なトピックとして切り口にしたのですが、そのようにキーワードで括ると、その裏にあるいろんな事象を単純化してしまう、という問題があって、そうならないためにはどうしたら良いかを考える視点が必要でした。

多様性は前回もある程度提示できたと思うのですが、キーワード的なトピックの裏には普通の人々の暮らしがあるので、時事的な興味より視点を広げて、キーワードでは分からない世界がみえるような、パーソナルな作品を選びました。

——たしかに、日本からみると、「アラブ圏」という大雑把なくくりで捉えられがちですが、そうした地域にも、パーソナルな生活や個人の問題がありますからね。

加藤 作家も、出てくる人も、それを観る私たちも、それぞれ違った個の視点を持っているわけですから、個性というか「人」に焦点を当てることで、うまくそれを際立たせてみたかったんです。

——それでは個々の作品の話を。前回に続き、ショーン・マカリスター監督の新作『シリア、愛の物語』が上映されますね。2009年の映画祭で『ナオキ』を撮られて話題になりましたが、その後の彼の変化も含めて教えて下さい。

加藤 私は今回『シリア、愛の物語』を観て、シリアのナオキさんをみたような気がしました(笑)。ショーン監督の映画は、主人公に選ぶ人が、なぜかどこの国でも似ている(笑)。

——それを『ナオキ』に続き、シリアで展開したというか。

加藤 たまたま出会った人や紹介された人に密着して、交流の中で自然に映画が撮れる監督なのでしょうね。今回もあるカップルとその家族を5年くらい撮っているのですが、人と人とのつきあいや夫婦の愛憎、家族の分断や別離が、自然と彼のカメラに収まっています。『ナオキ』よりパワーアップしているような感じを受けました。

——『シリアの窓から』(ハーゼム・アル=ハムウィ監督)は、絵を描くことで抑圧を乗り越える人の話ですね。

加藤 政治犯として不当に逮捕され何十年も刑務所で暮らしている親戚がいたり、お父さんがバース党機関誌の編集者で、体制に歯向かったという理由で辞職せざるを得なかったり、そういう家庭環境がテーマです。そのような家族は、国家の中で本当に生きにくい。画はフィクショナルですが、子供の頃から受けてきた抑圧がストレートに出てくる、私的なドキュメンタリーと言えますね。

——『アスマハーンの耐えられない存在感』(アッザ・エル=ハサン監督)という、女性歌手を追った作品も面白そうですね。その歌手の人気から、社会を分析していくような作品ですか。

加藤 アスマハーンというのは、1940年代に7年間だけ活躍した国民的歌手です。アラビア語圏では、彼女が主演の映画も撮られるぐらいの人気歌手ですが、絶頂期に事故で亡くなり、歴史に埋もれていました。それが「アラブの春」が始まった頃から再び聴かれるようになり、その人気はなんだ?ということに、監督が考察を加えていくのです

アスマハーンは、歌い方はすごく伝統的なんですけど、消費のされ方は西洋のポップ・カルチャーそのものなんですね。監督は東方から西洋に対するまなざしは何かという問題を、個人的経験を踏まえながら問い直しています。オリエンタリズム的視点の映画はこれまでもたくさん作られてきましたが、逆は余り作られておらず、アスマハーンをたどることで、そういった問題が見えてくる、と。監督は西洋で教育を受けたパレスチナ人で、アスマハーンもまた、同じパレスチナ人なんですね。

——ヨーロッパの影響を強く感じさせるという意味では、『城壁と人々』(ダリーラ・エッナーデル監督)も同じテーマですか。モロッコのカサブランカが舞台です。

加藤 北アフリカには、また異なる文化があるかももしれません。モロッコはフランスの影響が強いし、ヨーロッパに多く移民がいるので、カサブランカというローカルな地域を撮っていても、独特の空気がありますね。

この作品は、ほとんど人の会話と日常を撮っているだけなのですが、人々が「王様、万歳」みたいなことをキャッチフレーズ的に言いながら愚痴をこぼしたりしているのが、手に取るように分かるんです。個人の視点に、ひとつ“神の視点”が加わることで、いろんな声が立ち上がり、ポリフォニーになっていく魅力があります。

——『シリアの窓から』と同じような立ち位置で、『離散の旅』(ヒンド・シューファーニ監督)という作品もありますね。これ、説明だけ見たらヤン・ヨンヒ監督の『ディア・ピョンヤン』(05)のシリア版かと思いました。

加藤 そういう感じもしましたね。お父さんへの愛を感じます。彼女の父親は元PLOの幹部ですが、家族を政治活動から遠ざけたため、子供たちは父親の職業すらよく知らないような環境で育っています。近年になって父親の人生に向き合って行く様子が作品に表れています。

——『子のない母』(ナディーン・サリーブ監督)はエジプトです。いわゆるアラブ圏とは、すこし違った歴史と文化を持つ国ですが、どのような映画ですか。

加藤 エジプトは、ナイル川の上流と下流で経済格差があるし、文化も少し違うんです。カイロに住む監督は、長年子どもを望み不妊治療を続けている上エジプト出身のハナーンさんという女性と出会い、はじめは独特のカルチャーに驚きながらカメラを回しているのですが、徐々に彼女のルーツである上エジプトの、独特の風土に飲み込まれていくんですね。ひとりの人間を追いかけているのに、大地と人間の生命みたいなものが密着していて、ハナーンさん個人の死生観も浮かび上がってくる。哲学的な問いが立ち上がる、魅力的な作品です。
ナディーン・サリブ『子のない母』

——作品解説を聞きながら感じたのは、これまでヤマガタの「アジア千波万波」でみてきたような世界が中東にもあるのだな、ということです作家たちは職業的映画人なのですか。ショーン監督は別として、どのような映像教育を受けているのか、気になります。

加藤 『アスマハーンの耐えられない存在感』のアッザ•エル=ハサン監督や、『離散の旅』のヒンド・シューファーニ監督は欧米で映画教育を受けていますが、『城壁と人々』のダリーラ・エッナーデル監督は独学です。エジプトは昔から映画文化がある国で『子のない母』のナディーン・サリーブ監督も国内で映画を学んでいるし、『シリアの窓から』のハーゼム・アル=ハムウィ監督はシリアの芸術学部を出ています。最近はでヨーロッパ以外にも、ドバイを中心にアラブ圏からの支援もあったりするので、個人製作の映画も作れるようになってきたのだと思います。

——このプログラムにおける「日本とアラブ世界の繋がり」に関しては、加藤さんはどのようにお考えですか。

加藤 個の視点によって、両者が大きく繋がる可能性を持っていると思います。一方でアラブ圏は社会変動が大きくて、革命やデモが起きて、近代国家の枠組みが変わっていくのを見ていると、日本で暮らす自分にとっても切り離せない問題のように思えます。

「アラブの春」のような、近代国家という確かで強固なものがほどけてきていて、個が浮き立つような事態になる一方で、これを締め付けて国家を維持する反動が起きます。それは紛争が激化する要因だし、日本でも、国家を越えた個人の繋がりが目立つようになりつつある一方で、政権が強権的になっているように感じます。

簡単に言えば、政権の統制が厳しくなる雰囲気って、どこの国でも同じなんだと思います。でも、変化は突然ではなくて徐々にやってくるということに、私たちはなかなか気づかないのではないでしょうか。

▼映画を撮ることは 本当に楽しい!
「Double Shadows/二重の影―映画が映画を映すとき」 土田環さんにきく