【特集 山形国際ドキュメンタリー映画祭2015】コーディネーターに聞く、今年のヤマガタの傾向と対策② 東京事務局篇

パトリシオ・グスマン『チリの闘い』©Courtesy Icarus Films

笑って、泣いて、喧嘩する……熱い世界へようこそ!
ラテンアメリカ特集 濱治佳さん、小林みずほさんにきく

——今回、なぜラテンアメリカを特集しようと思ったのですか。

 直接的には、2011年にキューバ特集を組んだ時に、追いきれなかった領域を手がけたかったんです。

あの時は、キューバ革命の時に映画芸術産業庁ができ、イタリアなどに留学していた監督たちが戻ってきて、映画を作る地盤が産業化されてできた作品を中心に上映しました。なぜそのようなムーブメントが起こったかというと、政治的な運動がラテンアメリカ中で起きて、相互の強いつながりや刺激があったからなのですね。

プログラムを組みながらそのことが見えてきて、キューバ特集の時も、その大きな波を扱いたかったのですが、それだけでひとつの映画祭ができるぐらい規模が大きく、もう少しリサーチをしなくては、と思って、2013年に1年間、キューバ、メキシコ、アルゼンチンへ在外研修に行ったんです。

——ラテンアメリカ映画のバラエティに富んだ状況は、「neoneo web」でもご報告いただきましたね。
【メキシコ編】 【アルゼンチン編】

濱 ラテンアメリカと言っても、中米と南米で雰囲気は全然違いますが、映画祭はどちらも活況がありましたね。国家による製作支援が手厚いんです。半分以上のドキュメンタリーが支援を受けて作られていて、本数が非常に多い。その状況は日本と大きく異なりますね。それだけ国が期待しているんですよ。映画産業に。

——でも今回の特集の出発点は、現在ではなく、1960年代の「サード・シネマ」です。これにはどういう理由があるのですか。

濱 1960年代の政治や文化の状況は、日本やヨーロッパも含めてどこも面白いですよね。だからこそ、今とどうつながるのか、今やることにどういう意味があるのかを考えてプログラムを組みました。ラテンアメリカ各国は、60年代後半から軍事独裁政権になっていきますが、その当時思いもしない時にカメラを回していた空気が如実に変わっていくさまが、2015年の日本とつながっているんじゃないかとか。

小林 今年はコンペでもラテンアメリカの作品が6つも上映され勢いがあるけれど、そこにつながる土壌が1960年代の映画にはあるんですよ。抑圧された時代の映画の重みを知ることで、どんどん深みにハマっていく。30本以上上映しますが、まだ足りない、と思うぐらいで。 

——特集を通じて、どのような問題がみえてくるのでしょうか

濱 例えば、これまでも山形映画祭では、折にふれアメリカを扱ってきたと思うので、アメリカの反対側にラテンアメリカがあった、と思えるかもしれません。資源であったり経済戦略であったり、50、60年代にアメリカの政治工作が無ければこんなに分断されることも無かったでしょうし。

小林 この特集を見ていると「アメリカめ!」と思うかもしれない(笑)。直接描かないからこそ、より見えてくるアメリカ合衆国とアジアの中の日本、という視線が交錯したら面白いですね。

——若干、話がずれますが、ラテンアメリカということで、フィルムの手配など、準備に苦労した部分はありましたか。

小林 まず時差が問題です。12—14時間もあるから、こちらが寝る時間に向こうは起き始めるんです。メールが夜中に盛り上がって、昼間は大使館に電話をかけて許可を取ったりするから、もう不眠です。あとは送る送る詐欺(笑)。「アスタ・マニーニャ」という、「またあしたね」という意味の言葉があって、それを言われても一ヵ月半送られてこないとか、中を開けたら別の作品が入っていた、ということもありました。あっという間に1週間とか経ってしまうから、もう上映ができないんじゃないかと思う時があって「誰だ!ラテンアメリカ特集をやると言った奴は!」という話になっちゃう(笑)。 

——それでは、オススメの作品を具体的に聞いていきたいと思います。

 まずは何といってもパトリシオ・グスマン監督の『チリの闘い』ですかね。コンペで新作『真珠のボタン』が上映されますが、グスマン監督がどういう経緯で今の地点にたどり着いたかがより明確に見えてくる。アジアで言えば、カンボジアのリティ・パン監督のように、自分の経験を苦心しながら映画化しているタイプの監督です。

小林 私はルイス・オスピナ監督を推しちゃおうかな。コロンビアのカリという地方都市で映画運動が始まって、自分たちでドキュメンタリーを作ったり、コロンビアの貧困、という視点でカメラを回す欧米人に対してそれは搾取じゃないの?といって、わざとそういう映像を撮ったりしている。一種のモキュメンタリーですが、どれも短編で見やすいんですよ。山形で映画を作る動きとも連動するように思います。

濱 連動といえば、彼自身を撮ったセルフ・ドキュメンタリー『すべては終わりから始まる』が「Double Shadows/二重の影」でも上映されますよね。70年代の「カリウッド」の映画活動から現在までの流れがみえて、面白いですよ。

——「映像の搾取」に関する問題は、他のコーディネーターの方も話されていて、ドキュメンタリーのひとつの課題ですね。コロンビアからはもう一組、先住民の映像を撮っていたマルタ・ロドリゲス&ホルヘ・シルバ監督が紹介されますね。

 コロンビアに多彩な作品があった、というのは今回のひとつ発見でした。マルタ・ロドリゲス監督は若い頃、ジャン・ルーシュのもとで人類学と映画を勉強して、先住民を撮り続けるだけではなくて、映画と運動をコミットさせていった人ですが、作風が結構エクスペリメタルで。80歳ですが来日するので、ぜひ話を聞いてみたら良いと思います。

小林 どこか小川紳介に通じるというか、地元の人と密着しつつ、様々な映像手法を駆使しながら、撮られる側とも向き合って、丁寧に映画を作っているんです。

——ベテランといえば、アルゼンチンのフェルナンド・ビリ監督も上映されます。

小林 日本でいえば新藤兼人監督や、今村昌平監督レベルの重鎮でしょうか。映画学校を作っており、そこの学生の短編映像も上映されます。彼の『ティレ・ディエ』も『燃えたぎる時』も、貴重な35ミリフィルムでの上映なんですよ!

——ブラジルからは、去年惜しくも亡くなったエドヴァルド・コウチーニョ監督が2本(『主人—コパカパーナのある建物』『死を刻んだ男』)上映されます。彼は有名ですが、昨年『祭の馬』の松林要樹監督がneoneo webに書いてくれるまでは、僕も全然知りませんでした。

小林 91年の映画祭で審査員をつとめた縁もありますしね。とにかく、人のこころを開かせるのがうまい。話を引き出してその人の持っているものを掘り下げていく過程が素晴らしくて、絶対好きになりますよ。

エドヴァルド・コウチーニョ『主人ーコパカバーナのある建物』

——ブラジルにはもうひとり、シネマ・ノーヴォ(50年代にブラジルで起きた映画運動)の提唱者のひとりである、グラウベル・ローシャ監督がいますね。『ローシャの礫』(エリック・ローシャ監督)は、どのような作品ですか。

 エリックはグラウベルの息子で、キューバの映画学校で映画の勉強をしています。軍事独裁政権下で亡命しキューバで作品を撮った父の軌跡をめぐるドキュメンタリーですが、60年代後半のキューバの監督たちが、お互い近い距離で助け合っていたことが垣間見え、とても熱気を感じる作品です。サンチアゴ・アルバレス監督などがどんどん登場して、女優や役者が出てきたり、今回も上映される『ティレ・ディエ』が引用されたりね。

——『新しき人』(アルド・ガライ監督)というのは、今年の作品ですね。

濱 「新しき人」という言葉は非常に重要で、キューバに渡ったチェ・ゲバラが「ラテンアメリカ人」という思想の中で、帝国主義から脱却してみんな「新しい人間」になろう、という提唱があったのですが、その言葉とも掛かっています。

主人公はニカラグアで生まれた男の子で、サンディニスタ革命に少年兵として参加したんですが、ウルグアイからきた仲間に救われて移住し、今は女性として生きている。セクシャリティとしての「性」と、国を超えて新しい人になった「生」とが二重の意味を持っています。ニカラグアを再訪し家族と再会する映画ですが、ドラマやストーリーが分かりやすい。近年のラテンアメリカ・ドキュメンタリーに共通する「巧さ」があります。

——話を聞くと、改めて60年代のラテンアメリカでは、国境を超えた連帯が政治だけでなく映画の世界でもあった、そのことが明確になりそうなプログラムですね。

 私は彼らの強固な連帯意識には敬意を持っていますが、同時にそれをユートピアにしたくない意識もあります。サード・シネマで言及された「第三世界」というカテゴリーは、80年代にはまだまだ流通していましたが、今はそういう枠組みも取っ払われて、見えづらくなっています。60年代的な抵抗運動すら搾取されがちな2015年の現在を照射できたら、と思います。

もっとも、そのような意味を発掘しなくても、どれか一本観るだけでもよいので、日本からはすごく遠いけど、熱く笑って、泣いて、喧嘩する……そんな世界を面白がっていただくだけでも嬉しいです。

小林 ラテンアメリカは物理的に遠いし、何で今ラテンなの、と思えるけど、映画には、地球の裏側のものでも日本で共有できる良さがありますよね。これだけたくさんの作品やゲストが来る機会はそう無いですから。映画を通じて身近なところを感じていただければ。

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