【Interview】「映画を作る」より「広河さんという人間を表現する」のほうが先なんです~『広河隆一 人間の戦場』長谷川三郎監督インタビュー

広河さんが見てきた現場(世界)を、僕らも見たかった

 
『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』は、長谷川さんが福島菊次郎さんをおぶってビルの階段を上る場面から始まりました。以前のインタビューで長谷川さんは、あれは作り手のサイン、「これから福島菊次郎を若い人達に届けさせてもらう、という想いです」と仰っていた。
今回はどんなサインか、広河隆一をどんな風に登場させるのかと、楽しみにしていたんです。だから映画の冒頭、モスクの礼拝する人たちを撮っているカメラの前を、広河さんがサーッと横切る。あの姿は巧まざるユーモアとして面白かった。

長谷川
 (笑)はい。

 
『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』では、映画のカメラは基本、菊次郎さんを通して事象を見ていたから。さっきの長谷川さんのお話通り、今回は広河さんと一緒に歩きつつ、自分たちも自分たちの目で、現場(世界)を見るんだ、という予告になっています。
実際、『広河隆一 人間の戦場』は、広河さんが歩く場面が周りの風景も含めてよく印象に残ります。

長谷川
 広河さんの人生を伝えるというテーマで映画を撮ることになりましたが、広河さん自身も今回の映画で、これまでに自分が見てきた現実を改めて伝えたいお気持ちを持っていました。そのために一番いいのは、やはり一緒に現場に行くことなんです。

広河さんからは事前に必ず「ここの現場に行こうと思っている」と連絡が来て、スケジュールを合わせました。広河さんはパレスチナに行けば、かつてその土地で暮らしていた人の話をオーラルヒストリーのように聞く。チェルノブイリに行けば、現在の放射能の汚染状況がどうなっているのか汚染地図を作る、といった取材をされます。僕らはそこに同行させて頂き、いろいろと教わりながら、僕らの時代性の中でその世界をどう表現すべきか。考えながら一緒に取材をしていた感じです。

『広河隆一 人間の戦場』より ©2015 aureo


 でも精力的に動き回る広河さんには、なにか、揺れを発しているところがありますね。まだ若者の気持ちがあるというか。

長谷川
 それは本当に、その通りだと思いますね。どこにでもいる普通の若者だった広河さんは、学生運動を経験して、建国されたイスラエルに理想社会のモデルを見出し、キブツの農業共同体に身を置きました。しかしそこで、パレスチナ人の土地を取り上げ、抑圧する側の歴史に加担していたことを知ってしまった。その自分が許せなくて、落とし前をつけたい。それでパレスチナの消えた村々やかつてそこに暮らしていた人々を取材し、かつてそこにあった人々の営みや歴史をカメラで記録し続けて行こう、と決めた。そういう方ですからね。

さらにその過程で「なぜもっと早く来なかった。お前たちが現場にいれば、多くの人々が殺されずに済んだ。ジャーナリストは悲劇を抑止する事が出来るんだ」と老人に責められる経験もしている。世界に対する疑問や、理想の社会とは何なのか、その為のフォトジャーナリストの使命とは、そして、人間の生き方とは何なのか……そんな課題を、今もずっと考え続けている人だと思うんですよ。

世界って、
複雑じゃないですか。僕が生まれてから(1970年生れ)、世界で起きる問題はどんどん複雑になって正直、どうやって関わったらいいのか分からなかった。だから、これまでは少なくとも自分の足元のことをよく見ようと思ってきたわけですけど。
一人の若者が世界に出て、ある矛盾とぶつかり、それを引きずりながら自分に出来ることを考え続け、ジャーナリストになり、さらに救援活動にまで踏み込んでいく。広河さんのそういう人生に触れると、ひとりの人間が世界とどう向き合えるのか、そのヒントが見えてくるんですよね。自分にも何か一歩を踏み出させるような勇気をもらえるんです。

取材前は、広河さんを通して〈世界の嘘〉が暴けるのでは、パレスチナ問題やチェルノブイリなどを大局的に俯瞰できるのでは、と構想していましたが、そこだけには留まりませんでした。問われていたのは、人としてどう世界と関わるのか、どういう生き方をすべきなのかという、ある意味ではもっと大きなテーマ。撮っていくうちに分かってきたことです。
だから、最初に言ってもらった感想は有り難かったです。今回の編集マンと話し合ったことにとても近いので。

 編集は鈴尾啓太さん。若い方なんですか。

長谷川
 はい。若手ながらすごくセンスがあるし、優秀なスタッフです。彼と初めて撮影素材を見た時に、僕が感じていたのと同じことを言ってくれたんですよ。
「東日本大震災や福島第一原発事故など、世の中の問題に対して、どう接点を持てばいいか分からなかったけど、広河さんを見ていると、自分だったらどんな風に生きられるのか、生きていけばいいかを考えることができた」って。すごく、そういうところで響いてくれた。
ああ、そうだ、これは世界のナニナニ問題じゃなくて、人としての生き方の問題を伝えられる撮影素材なんだと共有できて、そこに向けてドキュメンタリーを作っていこうとなったんです。

それに英語版制作に参加してくれたアイビーさんも、撮影素材のダイジェストを見て、やはり広河さんの生き方に感動したと言ってくれました。事前にいろいろな人に見てもらっていますけど、特に若い人には響くところがあったようです。
広河さんはひたすら現場を歩き、葛藤しながら、自分が出来ることをひとつひとつやっていく。決してスーパーマンではないけど、とことん誠実な生き方が、若い人たちに強く伝わる時代になってきているんじゃないか、と勇気づけられています。

▼page3 人を好きになり、魅力を知り、それを差し出すに続く