広河さんは自分が出来る中で、一歩一歩あるいている
― 保養の取り組みには、少なからぬ批判の声があります。慎重にならざるを得ない話題だったと思いますが、例えば、ミンスクの保養施設でのデータなどを映画の中でより強調して示す。そういう案は考えましたか?
長谷川 当然、現地で医師や学者にも取材をしています。その意義も分かっているのですが、あえて入れないでおこうと。語弊があるかもしれませんけど、入れた途端に情報になってしまうんですよ。今回のようなドキュメンタリー映画の場合、データなどを入れて解説が過剰になったら、命取りになってしまうなと思いました。それはもう、本能レベルです。
あの保養施設には、今まで7万人近い子どもたちがやってきています。その蓄積されたデータも見せてもらっているので、保養の効果は高いと判断しています。でも『広河隆一 人間の戦場』の中では、広河さんが取り組んでいる、そこがちゃんと伝わればいい。全面に押し出すのは、映画のテーマから離れる。それ以上の保養についての情報は、映画を見て興味を持った人が調べてくれればいい、と考えました。
それよりあそこで広河さんが、たまたま見つけた子どもたちのパッチワークに心を動かされるところを見てほしいし、あそこから、広河さんのこれまでの人生を感じてほしいんです。あの場面に渡すために最低限の、少なくとも全く裏付けのない夢物語をやっているわけじゃないということさえ、ぎりぎり伝えられたらいいと思ったんですよね。
広河さんが子どもたちのために何ができるか、考え抜いた上で作った世界ですから。見せたいのはそこで、保養は正しい、みんな実践してください、といったことは、この映画ではあえて言うべきではない。見た人が個々に感じてくれればいいことです。
だけど、久米島の海岸で遊ぶ子たちは、みんないい顔していますからね。映画ではそっちのほうが大事なんですよ。子どもの笑顔のほうが伝わるんです。
ジャーナリストならば救援活動にエネルギーを注がず、もっともっとたくさん報道したほうが、より世の中を変えられるんじゃないかと常識的に唱える人もいるかもしれません。それも分からなくはないんですが。
広河さんは、目の前のひとりの子を救うためには、時にはカメラを置き、手を差し伸べるべきだと考えている。僕も最初はよく理解できなかったわけだけど、本質は自分が何を伝えたいのか、どういう世界になればよいと希求しているのかであって、カメラマンであること自体に意味はないと。そこまで突き詰めた上で実践している。僕はその人間くささ、誠実さに胸を打たれるし、たまらなく魅力を感じるんです。
保養が良くないと言うなら、アナタはアナタで別のことをやりなさい。少なくとも広河さんは、自分が出来ることの中で一歩一歩、あるいている……と、声高には言いませんけど、何かは感じてもらえればいいかなと思っています。
― 劇構造としても広河さんの人生としても、保養施設には、キブツの農業共同体に理想社会を見た広河さんの青春が重なります。どこか、円環している。
長谷川 広河さんには、ずっと自分の居場所を探してきた人、理想の社会とは何なのか考えて続けてきた人、という印象を持っています。そういう風に僕には見えました。
― こういう人物ドキュメンタリーは、今後は少しずつ減っていくんだろうなと思っています。将来、例えばイチローや現在活躍しているアーティストのヒストリーが作られるとしても、それはおそらく、個別の才能が個別のビジョンのもとに努力したという話になるほか無いんじゃないか。大きな時代の流れに揉まれて、美しい明日を描いたり傷ついたり、時には歯向かったり。そういう絵ヅラにはならない気がしているんです。
それとも、今の子ども、学生ぐらいの子が成長してドキュメンタリーを作る時に、違う、面白いアングルを発見してくれるものなのか。
長谷川 僕はむしろ、そっちの方に期待していますよ。僕らの世代は、インフラから何から出来上がっている世界で生まれ育って、その中で自分らしさを追求すればいいなんて言われてきたけど、今の子どもたちは、そんな世界すらウソだ、いつ壊れるか分からないものだ、というリアリティを持っていると思います。アンテナの張り方が、僕らが若い頃よりもヴィヴィッドになっている。
だから広河さんの生き方は、広河さんと同世代や僕らの世代よりも、もっと若い人が近く感じてくれるだろうと思っているんです。物静かなのに、世の中を良くするため躊躇なく世界に手を 突っ込んでいき、少しでも変えられることを信じる、ある意味でのラディカルさ。そこはストレートに届くのではないかと。
僕らの世代は、そこはもう無理だと思う。ダメなんじゃないですか?(笑)
― 確かに、僕らの世代の大半は飽食に慣れ、斜に構えてばかりで何の生産性も無い。せめて長谷川さんの仕事のように、上の世代にはこんな生き方をしている人がいるよと、下の世代に紹介する。僕らに与えられた歴史的役割があるとすれば、その仲介役かもしれません。
長谷川 そうですね、それが役割かもしれませんね。それでいこう(笑)。これからは、下の世代がどんな新しい世界を作るのか、それを応援するほうに回ることにだんだんなっていくんだな、とは思っているんですよね。今後はそういう若者たちを見つめるドキュメンタリーも撮りたいです。
【作品情報】
『広河隆一 人間の戦場』
(2015・日本・DCP/BD・98 分)
製作:守屋祐生子
監督:長谷川三郎
音楽:青柳拓次
撮影:山崎裕、高野大樹、井手口大騎ダグラス
録音:森英司
編集:鈴尾啓太
助監督:勝俣和仁
プロデューサー:橋本佳子
協力:DAYS JAPAN
制作:Documentary Japan Inc.
配給:東風
公式サイトhttp://www.ningen-no-senjyo.com/
新宿K’s cinemaほか全国順次公開中