【連載】「ポルトガル、食と映画の旅」第12回 セジンブラで魚を食べる  

エスピーシェルの灯台側から見た大聖堂などの建物。右端が小聖堂。

草地を道路の方に向かっていると、「ヒャンヒャン、キャンキャン」と、仔犬のような鳴き声が聞こえる。エッと思って立ち止まると、谷へと下るあたりの低木の葉の間から、もぞもぞと仔犬が出てきた。なんと4匹もいるではないか。まだ目が見えないくらい小さくて、よろよろしている。と思ったら、先ほどの犬ともう1匹の成犬が仔犬の背後から姿を見せた。やばい! 走らないが、急ぎ足で犬たちから離れた。仔犬はまだ鳴いていたが、成犬が追ってくる気配はなかった。

灯台は思いのほか遠くて、バスの時間が迫り、行くことができなかった。15時30分、バスは時刻どおりにやってきた。わたしひとりを乗せてセジンブラに戻る。まるでこの世ではないどこかに行ってきたような気持ちが身体じゅうに充満していて、バスを降りてからもしばらくぼーっとしてしまった。

あんなところに犬がいることだけでもおどろいたのに、生まれてもない仔犬までいたとは。最初に会った犬が仔犬たちの父親で、もう1匹の成犬はきっと母親だ。父犬は、人間の気配を察して大聖堂の方に来たのかもしれない。地の果てのような岬に住む犬の家族。「巡礼者宿舎」の軒下で雨もしのげることなどとっくに心得ていることだろう。エサはどうしているのだろう。仔犬たちが、鳥やキツネに襲われたりしないで無事に育ってほしいと祈るばかりだ。

浜を歩いて、現実に戻って、おなかもすいてきた。さあ料理だ。

フライパンにニンニクを放り込み、オリーブオイルで香りを出してから、塩をしたカンタリルと舌平目をじっくり焼いた。その間にレタスをちぎって塩とオリーブオイルとレモン。ワインとパンも用意した。ぜいたくなひとりディナーだ。

セジンブラの魚は、想像をはるかに越えて美味しかった。身がブリブリして、上品な旨みがほとばしりでた。ここまでイキのいい魚を食べたのは、ポルトガルで初めてのことではないか。アゼイタオンの赤も申し分なかった。レタスもちゃんと甘さがあった。夢中でたいらげた。大満足しておなかいっぱいになった。けれども、こんな美味しいものをひとりで食べていることがすこし後ろめたくて、さびしくなった。

カンタリルと舌平目でひとりディナー。

翌朝、浜で太極拳をしていたら、中国人らしきおじさんがいきなりわたしの前に立ちはだかった。わたしを中国人だと思ったのだろう、きつい口調の中国語で何か言った。びっくりしたが、日本人だとポルトガル語で言うと、表情が変わった。そして「日本ではタイチーはとてもポピュラーなんですよ」と話したら、顔がゆるんで「そのまま続けなさい」と言って去っていった。おじさんは、流派がちがうとかを言いたかったのだろうか。身のこなしからして、もしかしたらタイチーの師範で、セジンブラでクラスを持っているのかもしれない。

中国人は、ポルトガルにもまた多く生活しているが、ここセジンブラのフェリシダーデさんのペンサオンの向かいにも、中国人がやっている雑貨屋がある。日本の100円ショップのような店。これは大都市には当たり前のようにたくさんあるが、小さな町に行っても1軒は必ずあったりして、たくましいなあと思ってしまう。しかしレストランとなると、状況はちがう。小さな町で出会ったことはない。こういう構図を見ていると、ポルトガル人の自国の食への根強さがうかがえる。リスボンやポルトのような都会でも、他の国に比べると外国料理屋はとても少ない。アメリカ資本のハンバーガーチェーンがあちこちに出現することも決してない。

今日も市場に行き、魚屋のおじさんに「おいしかった!」と伝えたが、魚は買わなかった。今夜は町の安食堂に行くのだ。この町の人たちが、何を、誰と、どんなふうに食べているのか。それを体験しないで、ひとり部屋の中で調理してもくもくと食べていたのでは、知らない町に来た意味がない。なにしろセジンブラは、迷路のような小路に、わたしの好きな庶民食堂がたくさんある町なのだ。

昼間歩いて目をつけていた食堂に行った。外に大きな網焼き台を置いて、魚も肉も炭火で焼いている店だ。すごく混んでいた。でも一人だからなんとか座れた。まわりの人が食べているものをチラチラと見る。魚にイカに肉。どれもこれもとびきりおいしそうだ。そのなかにまるで日本食かと思うような煮魚があった。注文に来たおじさんに「あれはなあに?」と尋ねる。「Sargo cozido!」。Sargoの煮つけ。サルゴはイサキとエボダイをかけあわせたような風貌の魚。市場でしっかり勉強しておいた。ではそれを、と言い終わらないうちに、おじさんはもう奥の台所に叫んでいる。あわてて赤ワインとスパークリングウォーターを頼む。奥の台所では、白い三角巾を頭にかぶった女性たちが脇目もふらずに働いている。やはり、中は女、外は男である。外の炭火焼きは男だ。

上品な薄塩味で煮てあるサルゴは、イサキともエボダイともまたちがう味だったが、とても美味しかった。大きいサルゴが2匹、ブロッコリーとじゃがいもがどっさり。飲みもの入れて8ユーロ。どんな店に行ってもリスボンのニコとは比較しないことにしているが、ここはニコに次ぐほどの食堂だと思った。

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