【連載】「ポルトガル、食と映画の旅」第12回 セジンブラで魚を食べる  

福間恵子の「ポルトガル、食と映画の旅」
第12回 セジンブラで魚を食べる

<前回 第11回 はこちら>

リスボンの南には、テージョ川をへだててアラビダ半島がある。海のようなテージョ川の河口に近いところに「4月25日橋」があり、車はそれを渡ってこの大きな半島に入っていく。もしくは、テージョ川沿いのカイス・ド・ソドレ駅から船で、対岸の町カシーリャスに渡って半島に入る。地図で見るとこの半島は、かつてはリスボン側の陸地とつながっていただろうことが歴然とわかる。テージョ川の水の勢いが、まるで陸地を二つに裂いたような地形になっている。

アラビダ半島には、西の大西洋側に「リスボンっ子の海水浴場」コスタ・ダ・カパリカ、南東のアラビダ山脈近くにワインの産地アゼイタオン、山脈の終わる西に漁業の町セジンブラ、そして半島の南東のつけ根にはポルトガル第4の都市セトゥーバルがある。リスボンからセトゥーバルまでは列車もバスもひんぱんにあって、片道1時間。この広いアラビダ半島は、リスボンに住む人々の休日の日帰りコースとして、とりわけ夏は人で賑わうところである。

セジンブラに初めて行ったのは2007年。この連載の第10回「アルガルヴェ、ポルトガルのなかの異郷」で書いた旅の、アルガルヴェを出てさまよったのちにたどりついた。ひとり旅のときは、無計画に動くことがけっこうあるけれど、このときもアルガルヴェ以外は決めていなかった。リスボンに戻る途中に、アレンテージョ内陸部の小さな町を転々とするつもりだったのだが、移動を重ねてもちっとも気に入った町に出会えなかった。もうリスボンに戻ろうと決めて、セトゥーバルのバスターミナルまで戻ってきた。そこでバスの発着便表示を見ていたら、「Sesimbra」の文字が飛び込んできた。あ、丹田いづみさんの本『ポルトガル[小さな街物語]』に出てきた町。たしか漁師町のはずだ。よし、行くぞ!そんな行き当たりばったりで、セジンブラに向かった。

有名な会社のキンタ(ワイン農園)があちこちにあるのを見て、アゼイタオンを通っていることを知り、ぶどう畑を左右に見ながら約1時間、海が見えてきたと思ったら、バスは急な坂を一気に下りはじめてセジンブラに着いた。山裾にへばりつくように町があり、海が目の前に迫っている。ちょっと神戸の縮小版というような町のでき方だ。寒かったアルガルヴェが嘘のように、午後の光が町と海を照らしている。ワクワクしてきた。

トゥリズモ(観光案内所)に行き宿を紹介してもらう。「一人ならとてもいいところがあるわよ」と言われて、電話で問い合わせてくれた。地図のとおりに行くと、看板も出ていないふつうのおうちのようなところだったが、ちゃんとしたペンサオンだった。「いま学生たちでふさがっているけど、この部屋なら」と案内された屋根裏部屋。そこは広いキッチンもリビングも、広いダブルベッドもシャワーもベランダも付いているすばらしい部屋だった。「一泊25ユーロでどうかしら」と、気さくな女主人フェリシダーデさんが言う。わたしは目を丸くした。日本円で3,000円。

「最高です!」

「2泊でも3泊でもしてくれていいのよ」とフェリシダーデさん。

あらためて挨拶する。日本人の写真家の男性が毎年来てるのよと言う。

すぐにベッドを用意するから散歩してらっしゃい、そう言われてわたしは外に出た。

セジンブラの浜。向こうの山の下の白い建物あたりが漁港になっている。

わが宿は、砂浜がすぐ近くだった。この砂浜は直線に近いほどのゆるやかな弧を描いていて、白い砂も細かくてうつくしい。きっと夏は海水浴客でにぎわうことだろう。砂浜が途切れて、ずっと西の方に港らしいものが見えている。そこがポルトガルで1、2の漁獲量の漁港なのだろう。海には小さな漁船がぽつりぽつりと浮いている。彼方の水平線は、気が遠くなるほどの広がりだ。そうだ、ここもまた大西洋なのだった。こんな雄大な光景を持つ町に、キッチン付きの広い部屋をひとりじめして、なんだか申し訳ないような気になってくる。太陽が傾いてきて、たくさんのカモメが浜を歩いている。

この浜からうしろを振り返ると、登り坂に沿ったセジンブラの町が一望できる。東西に2キロ、南北に300メートルぐらいだろうか。そんな狭い土地に家が集中している。迷子になりそうな狭い路地と3〜4階建ての石の家。リスボンのアルファマ地区を小さくしたような、典型的なアラブの町。潮のにおいが心地よく流れている。

海沿いの山手には、近代的なホテルが3軒ほどあるが、オフシーズンで客の姿はほとんど見えない。浜の道路沿いには、ガラスケースに魚を入れて炭火焼きを売りものにするレストランが並んでいるが、ここもまた閑散としている。迷路を歩く。小さなカフェも、家族経営の小さな食堂も、町の規模に不釣り合いなぐらいにたくさんある。パン屋も雑貨屋もそろっている。市場はもう閉まっていたが、ここはまちがいなくわたしの好きな町だと確信した。

セジンブラ、とても気に入った。来てよかった。宿に戻ったわたしはすぐにフェリシダーデさんに、4泊したいと伝えた。

セジンブラの町の路地。犬も猫もたくさんいる。

さて、翌日からわたしは、自分のための料理人になった。ちょっとさびしいけれど、偶然にも出会えたキッチン付きの部屋を活かさずしてどうする。 

朝7時、すぐ近所にあるパン屋さんに行く。ここもまた看板など出ていないが、パンの匂いと人の出入りでみつけていた。中は決して広くはないが、大小さまざまなパンと、お菓子がたくさん並んでいる。どれもすごくおいしそうだ。7、8人のおばちゃんたちが買いに来ている。

このパン屋もまたポルトガルの典型的なパン屋で、あれこれ目に入って迷ってしまう。でも毎朝来ればいいのだと言い聞かせて、朝と夜の分を買った。きのうインスタントコーヒーと牛乳だけは買っておいたので、朝食は小さめのパンとコン・レイテ(カフェオレ)で十分。このパン、小麦の味がしっかり生きていて美味しかった。

午前10時、横に細長いこの町のほぼ中央にある市場に行く。1階が野菜やくだもの、乳製品、肉類・加工品で、地階を魚売り場が占めている。小さな町だからそれほど広いスペースではないけれど、10軒ほどの魚屋が入っている。日本の市場とも似ていて、貝や甲殻類専門、イカ・タコ専門、小魚専門もある。5、6軒が同じような季節の魚を並べている。どこもだいたい、母ちゃんと父ちゃんでやっている。客もどこからやってくるのか、と思うほど賑わっている。ちゃんと同じ種類の魚の山に、名前とキロ単位の値段の札があるので、それを見ながら何度も行き来する。それにしても魚の種類の豊富なこと。さすが魚の町だ。加えて日本の市場と勝負できるほどの鮮度である。

ふつうは、市場で立ち止まって見ていると、「どうだい、今日はこれだよ」などと必ず声をかけられる。あわてて「ごめんなさい、旅行中なもので」と断わるのが常だけれど、今回はちがう。買うとなるとこうも見方がちがうものか。自分でも驚くほど本気である。とはいえ、ひとりだからせいぜい2種類が精一杯。悩みながらしっかり観察する。そして、一番の鮮度と思える店で、順番を待って尋ねる。

「今日は太刀魚はないんですか?」

セジンブラは太刀魚が有名で、太刀魚祭りがあるほどらしいのだ。

「冬はあまり獲れないんだよ。5月になったら太刀魚だらけだ!」と優しそうな目の父ちゃんが応える。「今はこのカンタリルだ!」と色鮮やかな赤い魚を持ち上げた。

カンタリル、口が大きくてカサゴやメバルに似ているが、なんともあでやかな色。これはまちがいなくおいしいだろう。

わたしはニコニコしながら、ほどよい大きさのカンタリルを指さしてお願いした。

「これだけかい?」と訊かれて、欲が出た。

ずっと舌平目を食べたいと思っていた。安食堂ではお目にかかれない魚だ。

「レンガードも1匹お願いします!」

父ちゃんはすぐさま見事な手さばきで鱗を取り、ハラワタを処理している。どちらもとてもイキがいい。きれいな内臓だ。2匹で4.5ユーロ。600円ほど。どちらも高級魚だから、ポルトガルでも安くはないと思う。しかし、日本では2,000円でも買えないだろう。

「また明日もおいで」と父ちゃんに言われて、すっかりその気になった。

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